第10話 目立て(1)
「っしゃあ!」
野口は自分の部屋に戻ると独り歓声を上げた。
(田川に完璧にヒット! 狙い通りぃ! フゥー!)
誰に見せるでもなくガッツポーズを数回取ると、野口はようやく少し落ち着きを取り戻し、床に大の字になった。そして、スマホに送られてくる入室申請を半ば自動的に承諾しながら他のメンバーが集まってくるのを待った。
彼らはすぐに揃った。全員床に座りながら「ににぉろふ」で好きな食べ物を注文し、部屋に有名なレゲエを大音量で流し、騒がしい夕食を始めた。
始めの数口の間は誰も話そうとしない。あの緊張が張り詰めた空間で今日、生き残ることができたと分かるまで、頭も体も心も、エネルギーを使った。その補充に一生懸命であった。
「大希ぃ、メシ食ってん? 男はメシっしょ!」
濱崎は意味不明な日本語を発しながらも、一応、森本を気遣っているようである。確かに彼の顔色は蒼白で、野口の部屋に来てから何も口にしていない。
「っす。食えっす」
森本は押し付けられたハンバーガーをかじった。そうして口を動かすことで少しずつ元気を取り戻していく。
(バカもたまには役に立つんだな)
竹崎湊斗は黙々と牛丼をかっ込みながら思った。
三石は手頃な高さにある椅子の上に丼を乗せて、親子丼を犬食いしている。その隣にいる野口は何か言いたそうにうずうずしているが、どうやら後の楽しみにしているようだ。
三石は一足早く食べ終わり、することがなくなったのか、スマホを手に取ると興味を他に移した。
「湊斗クン、それ、ウマい?」
「うん。ウマいよ。食う?」
竹崎は普段、年配の社員からしてもらっているように年下の三石に尋ねた。もちろん「ににぉろふ」を使えば同様の物を出せるのだから、わざわざ食いかけをつまむ必要はない。
「や、いい」
三石はそう言うとスマホを触り始めた。竹崎は、密かに傷ついた。そして、ここを出たらいつも飯を勧めてくれた人たちにお礼を言おうと、断って申し訳なかったと言おうと決めた。
「それでさ、今日のあれ、まずかったんじゃね?」
不意に橋爪が口にした。すぐに返事は返ってこない。レゲエが場違いににぎやかだ。気まずさを隠すように橋爪は炭酸飲料を飲むと「的な?」とおどけた。
「いやー、逆にグッジョブよ」
よく分からない溜めの時間を作った後で、野口は高らかに胸を張った。
「あいつ、俺たちのグループの、て言うか時田たちのグループじゃん? でも、時田たちと俺たち、ひとまとまりっぽいじゃん? だから、俺たちの数が減って弱ったっぽいけど、むしろノーダメージ、さーらーにー、数減ったっぽくて攻められない、的な?」
「っしょ! 颯真クン言うなら正解!」
濱崎が何も考えないままに賛同する。その野蛮な面は考えている人間のものとは思えないが、その目は橋爪をしっかり捉えている。
「あれよ、一応。一応颯真クンの話聞こっかって、な?」
橋爪は慌てて濱崎をなだめつつもっともらしい理由を取ってつけた。それで濱崎は満足したらしい。また「大希ぃ、これ食えよ」と森本に絡み出した。
野口はロコモコ丼を食べ終わると水をガブガブと飲み、他のメンバーを見渡した。
「でさ、明日は基本、時田たちに合わせる感じでいいんじゃね?」
「颯真クン言うなら、な? 明日、時田たちと同じとこ、な?」
濱崎が追従し、森本の肩を強く叩く。
「それからさ、これから時田たちに会うじゃん? 一応田川死んだし、悲しい顔してないとまずいってか……、できる?」
野口は面々の顔を見る。できるかどうか半信半疑だ、と思った野口はそういう自分もできるかとふと気になった。
「俺、こんな感じ。じいちゃん死んだとき……」
そうやって気持ちを入れていく。幼いころ田舎に行くと、軽トラでダムに連れて行ってくれた祖父のことを――後ろのレゲエがうるさい――。
「ップハ! 颯真クン、その顔ヤバい、ヤバいって!」
濱崎が不謹慎にも笑った。野口は内心怒りつつ「マジ?」と返事をして、顔を変えないまま近くにあった鏡を手に取った。
「ッハ! ヤバい、この顔!」
そこには、濱崎が笑うのも無理はないと野口自身が思うほどに、変に辛そうなスカした顔が映っていた。顔を上げると、他のメンバーも口元をひくつかせている。
「悲しい顔ぉ―」
野口は先ほどと同じ顔を作ると、リズムに合わせて一人一人に近づいていった。皆、笑った。そうやって、空騒ぎしていないと気を保てないのか、あるいは本当にはしゃいでいるのか、本人だけが知ることだ。
「って、これマジだから! マジに! 練習、練習いるって!」
野口は一通りの笑いを収めると、話を元に戻した。時間は限られている。
「俺、死んだじいちゃん考えたからアレだったかも。ばあちゃんならワンチャンあるかも、ってコレ、マジね」
野口たちはそれから、彼らにしては真剣に悲しい表情を作る練習を行った。その結果……、全く疑われることなく時田たちとの話し合いを終わらせることができた。時田たちが酒を飲んでいた、ということも良い隠れ蓑となったのだろう。流石に大騒ぎすることもなく、手短に連絡を取り合うと、野口たちはそれぞれ自分たちの部屋に帰った。
野口は部屋に戻っても、深夜になっても、全く眠くなることがなかった。
(やっべアドレナリン全開、超すげえ、超すげえ)
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