第9話 目立つな(4)

 広間には続々と人が集まってきて、無言か、近くの者にあいさつと、よくて短い会話をするだけで、あとは静かである。別にニニィが開始の合図を告げる前から話を始めても何の問題もないのだが、それは人を殺すことを積極的に進めようとしているというように振る舞っていると判定される可能性がある。嫌々参加しているのだから、極力余計なことはしないというポージングが必要である。


 「はいはーい、『透明な殺人鬼ゲーム』5日目、全員参加で始まり始まりー。10分後に投票で、スタート!」

 ニニィの合図でそこの空気が一段と張り詰めた。


 「それじゃあ……どうする?」

 野口が真っ先に話し始めた。しかし、それは中身を伴うものではない。昨日一昨日のように槍玉に挙がっている人物がいないから、取っ掛かりを見つけられない。ということは、全員、当人からしたら、今日、自分に集まる票が最も多い可能性があるということだ。


 「それなら、一昨日の話からですね。あの時はどんどん話が進んでいきましたが、まず、ルールについて、吉野さんは人の嫌がることをしないという案を提案しましたね」

 松葉が言い始めた。

 「私たちは全員日本人ですから、日本国憲法、それから日本の法律に則るのはどうでしょう?」


 「いや、誰も知らないんじゃないですか、全部は。全員が知っているのは民意に沿うものくらいでしょう? それならそのままでいいんじゃない?」

 利原三夜子が手を挙げて反対する。君島は彼女をちらりと見てすぐに分析を行った。

 (昨日まで話さなかった女性。どんどん前に出るタイプではない……、やや派手目の私服、中年、体型は普通……、吉野さんのところの差し金か)

 ただし、口にするほど愚かではない。グループを作っているという、その、公然の隠し事には触れない。意味がない。大半が当然知っていて、そうしているのに加えて、彼らの後ろめたい気持ちを暴こうとすることになるのだから、あれこれ理由を付けて投票先となってしまう。


 「それなら多数決だ。その前に……この中に法律関係者は、いるのか? いたら、手を挙げてくれないか?」

 影山が言い放つ。誰も手を挙げない。続いて影山は2人にそれでよいかと視線を送る。


 「そうですね」「それでいいと思います」

 松葉も利原も賛成する。ここで、またうだうだ言い始めたら、例えば多数決で決めることの是非を問い始めたりすれば、時間を潰すことはできる。ただ、面倒な人物と思われて何かの拍子に、終わる。


 「それじゃ、利原さんの意見に賛成の人は手を挙げてくれ。……過半数だな。誰か自分で数えたい人はいるか? いないな。決まりだ」

 影山は念を押して、後から話をひっくり返されないようにした。誰の目から見ても明らかに多くが手を挙げていた。


 第一、法律をこの場で持ち出したところで、意味はない。ただし、「何とか罪」というレッテルを貼れば、そしてそれが物の本に書いてあれば、その人を容易に蹴落とすことができる。そうされないようにするためにはより一層、緊張と窮屈を感じざるを得ない。つまり、何が引っかかるのか分からないというストレスで行動や思考を制限することができる。


 「それじゃ、決まったところで……、せっかく全員いるから、誰か、共有しておきたいことはないか?」

 そのまま影山が音頭を取り続ける。この、話しておきたいことというのは、つまり、仁木が話し出したように――。


 「えー、この広間は朝の5時ちょうどに開きます。それで、一旦閉まるのが、ニニィが開始の合図をするのが16時、その10分後、16時10分に投票があって、私の体感だと数分経っていましたが、その前後は0から1秒でした。その後、17時までここに出入りができます」

 ほとんど意味のない事実である。


 「なら、私も」

 竹島が矢継ぎ早に落ち着いた声を上げる。

 「ニニィに連絡を取る『ににぅらぐ』なんですけど、これがニニィにつながるかつながらないか、ランダムだけど、つながるときは何度もつながりました。いっぺんに質問すると返事が遅れるようでした」

 それは、このゲームで生き残る上で役に立つことのない、限りなく薄められたプラスの情報である。


 「いいですか?」

 柘植だ。

 「『ににぉろふ』なんですけど、形容詞を付けて頼むことができましたね。例えば、『常温の水』とか『冷たい水』とかですけれども、役に立ちますかね?」

 目的は2つ。1つは時間を真っ当な体で消費すること。全員が黙っていれば、役に立つことを知っているのに隠している、つまり、誰かを積極的に殺す意思があると烙印を無作為に押されうる。


 「じゃあ、私も」

 鳥居がちらりと水鳥の方を見て、何かを確認した。

 「自分の部屋やここは勝手に片付きますよね? これ、実は、早く片付いてほしいと思えばすぐになくなりますよ。でも、見ているうちは消えないようです」

 それから、もう1つ。自分たちだけが知る有益な情報を共有しないで、嘘をつかないこと。言ったことが嘘だと分かったら、終わる。


 これらの全ては今日誰に票を入れるかの指標にならない。それは、もっと前の段階ですでに決まっているのかもしれない。


 「はいはーい、投票の時間でーす」

 ニニィの声が聞こえると、参加者たちは暗闇に包まれた。そして、仁木がつい先ほど言ったように傍から見たら一瞬で、参加者を包む暗闇が消えると参加者たちは元の場所に同じ格好で立つか座るかしていた。


 「はいはーい、今日の犠牲者は田川竜次さんにけってーい!」





 水野治樹は今日の、今さっきまで話していた田川がケースの中にいることに驚きを隠せなかった。


 (なんでだ……)

 最後の会話は、同じメーカーの作業着の色違いを着ているというものだった。水野はそれくらいしか思い出すことができなかった。あとは、取り留めもない話だった。本当の最後の最後はどういう言葉を交わしたのか、伝えたのか、記憶から抜け落ちているようであった。


 (見たくない……)

 毎日、どの1つでも衝撃的なのに、それが全て異なるのだから、決して慣れることがない。水野は、どうしても見ざるを得ないのだから可能な限り早く忘れるように、と別のことを考えてやり過ごしていた。


 (それでも、最期まで見て、覚えるのが田川さんの何かになるのなら)

 しかし、今日、水野は見る、と決意した。元々視線は不思議な力によってケースに固定されているが、何があっても終わりまで、見せられるのではなく自分で見ると決めた。そうすることが田川への供養、ニニィへの小さな小さな反抗と自分の中で定めて、水野は目に力を込めた。


 田川は驚きから覚めてケースの側面を叩いている。叩いて、叩いて、突然びくん、と体が動いて、ピチチッと血が田川の額から噴き出して、そこからケースに飛び散った血柱が下へと伸びていって、田川の体の間から血混じりの脳脊髄液がぬらぬらと溢れて、間歇的に血柱の勢いが強くなって、手足が未熟なマリオネットのように踊って、パチチッと最後に血柱ができて、赤い回転刃が見えて、左側がケースに寄りかかるように、右側が横に倒れこむように崩れた。


 「みんな、ばいばーい」

 ニニィを映したモニターが消えるのに合わせて、田川の入っているケースも地面に入り、そして、消えた。他の参加者が目を反らしても、水野はその最後までをしっかりと見届けた。そうやって、精神的に疲れ果てた水野は逃げるようにしていることを気取られないようにして、「カードキー」を使い自分の部屋へ帰っていった。



**



今日の犠牲者 田川竜次

一番大事な人 息子(長男の方)


 ニニィにアブられる前は、その県では有名な会社の工場で長年ライン工をやっていた。典型的な田舎人で、恩で世界が回っていると思い込んでいる。一見親切に見える行動は恩を押し付けているだけであり、後日、それを理由にあり得ない倍率で恩の返還を要求する。(例:雨の日に車で駅まで送ってくれたと思ったら、不適製品の数値を改竄して「適」にするのを黙認させようとしてくる。)相手にしなければ当然のけ者にされる。恩を断っても当然のけ者にしてくる。その全てから逃れるには先手を打つこと。無限大な恩のドッジボール&殴り合いを一生続けるのだ! グローブはめてボールを相手のフェイスにシュート! 一瞬でも油断すると村八分。

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