第9話 目立つな(3)
笹川結斗は自分の部屋に小野、袴田、それから山田友樹を招いていた。彼らはみな笠原をリーダーに据えたグループのメンバーである。自己紹介で3人とも自分と同じ高校生であると聞いていた笹川は、この日になってようやく声をかけたのであった。つまり彼は人と目を合わせるのが苦手な、内気なタイプである。
「あ、今日は集まってくれてありがとう、ございます」
備え付けの椅子に座った他の3人に向かって、というより目の前にあるテーブルに向かって笹川は言った。3人も口々に誘ってくれてありがとうと返事を返していく。
(……)
誘ったところまでは、あれこれ思って相当な勇気を出したのだろう。しかし、何を話せばよいかまでは考えが至らなかった。さらに、3人も自分から話す性格でないのに加えて、ホストの笹川が話すだろうと待っている。
(どうしていたっけ? この間読んだラノベだと……、高校に入学して、自己紹介の後……帰りに、地面から出てきたセンパイに話しかけられて……、そのセンパイが実は宇宙人だけど死に設定で、それで部活、地下&洞窟探検部に強制入部させられて……、それだ!)
「あの、みなさん、部活、何やっていますか? えっと、僕は文芸部です。本を読むのが好きなので。地味ですね……」
笹川の最後の言葉がフェードアウトしても、誰から話せばよいのかとお互い譲り合っていた。そこで笹川は、一度口を開いて多少吹っ切れたのだろう、右隣に声をかけた。
「袴田さんは、あの、何部ですか? ジャージだから陸上部、だったりですか?」
「あ、そうです。中学からずっと、短距離です」
当てられた袴田はピクッと小さく肩を震わせてから、丁寧に答えた。しかし、それ以上話を広げることはないし、広げられることもない。
「あの、じゃあ、小野さんは?」
笹川はその隣に、と話のバトンを渡した。
「僕? 僕は山岳部。あの、山登るやつ」
小野も誠実に答えるが、具体的な話に進んでいかない。誰も聞けない。何山を登ったやら、そこからの景色やら、どんな物を持って行くのかやら、普段何をしているのかやら、思いつくことはいくらでもある。袴田も山田も似たような質問を頭に思い浮かべているのだが、口に出せない。
(あ、この間漫画で読んだ……)
笹川に至ってはある程度の事前知識をすでに仕入れていたにもかかわらず、である。諦めた笹川は次に回すことにした。
「あ、山田さんは?」
「え? ぼ、僕はPC部だよ」
(……)
再び沈黙が訪れる。無理もないのかもしれない。彼らはそれぞれが協力して誰かに投票したと、そういうことになっていると、知っている。お互いの弱みになりかねない部分を掴み合っている。さらに余計な情報を与えたら、いざというときに、切り離されるかもしれない。しかし、露骨に避ければまた、切り離されるかもしれない。
「あの」
袴田が声を出すと他3人の注目が一気に集まった。
「山田さん、私服ですね」
「え? ああ、学校、休みだったんだ。振替で」
尋ねられた山田は激しく瞬きをしてから、笹川と袴田の中間の、何もない空間を見て答えた。
「あ、良かったです。あの、こっちもジャージだから、制服じゃなくて」
袴田が挙げたのは小さな共通点だった。
「そうだね……、確かに……」
山田の返事はまた素っ気なく聞こえる。が、これが精一杯であった。
「……あ、僕、何か本、読もうと思うんだ。こんなときだから。お勧め、ある?」
小野が、誰かが話したら次は自分の番、と無意識のルールに則って質問をした。誰に、とは明示していないが内容からして笹川に当てられたものであることは明らかであった。
「そうですね、やっぱり僕は昔の小説がお勧めです。『走れメロス』とか、『吾輩は猫である』とか――」
笹川は、読んだことがある本の中で、どの本を勧めるのが最も望ましいのかと考えてピックアップする。
「それで、あの、走れなくて、退屈ですか?」
「あ、はい。でも、ルームランナーや筋トレの道具、用意できたからマシ、です」
袴田がぎこちなく笑おうとしながら答える。ほとんど何でもそろうこの空間でも手に入れられないものの一つは広く体を動かす空間である。小理屈をこねれば広間があるのだが、そこで元気に動いていたらそれだけでいい的になる。誰かの喪に服している、という体裁がある。
「そうだよね。ここ、ほとんど何でも出てくるから、不思議だよね」
小野が相槌を打つ。この空間についての話題は、出だしとは異なるが、正解であるようだった。全員に共通することはこのゲームの参加者であること、参加者ならば当然持つ疑問は、全員にとって話しやすく同意しやすいものであった。彼らはこの話題から離れないようにして話を続けていった。
「ここ、動物出ないでしょ。だけど、僕たちの体って色々微生物がいるって、生物の時間に習ったんだ、ほら、善玉菌とか、そういうの」
小野はメンバーを見て話のディティールを調整していく。
「生物なのかわからないけれど、おかしいなって思って。だから、試しに『ににぉろふ』で菌、出してみたんだ。そしたらケースに入ったのが出てきたんだ。すぐに捨てたよ、汚いし」
「そうなんだ」
山田が不慣れな相槌を打つ。
「もう1個あってね、今度、自分の体にいるのを見ようと思って、顕微鏡を出そうとしたんだけど、出てこなかったんだ」
ただし、ぽつぽつと、である。笹川たちは、この後に話し合いと投票があることを当然知っている。だから、ここでの雑談にエネルギーを使いたくないのかもしれない。差し迫ったときに全力を使えるように。
「あ、時間……。僕、そろそろ……」
「あ、僕も」
「ま、待って。一度に行ったら怪しいから、ちょっと、時間を空けてから行こう?」
山田が口に出した。彼自身、自分の口から言葉が出たことに驚いている。そして、誰も反対しないまま、彼らはそれぞれのスマホを持つと、1人ずつ「カードキー」を使って広間へ移動して、その部屋には誰もいなくなった。
そもそも、笹川は文芸部ではない。高校に通いながらラノベ作家をしている。真実を明かさない理由は、稼ぎがあることに嫉妬されて、背後から刺されないようにするためだろう。ついでに山田も嘘をついている。彼は、多くの高校生の年を基準にすれば高校5年生、中卒の引きこもりがちなニートである。それを明かさない理由は笹川同様、バックスタブを決められないためだろう。
小野は、ふとした拍子に考えた。例え他人を傷つけることのない無害な嘘であっても、このゲームにおいては誰かが選ばれなければ他の誰かが選ばれるわけだから、誰かを多かれ少なかれ攻撃しているのと変わらない。嘘のみならず真実も同じであるが、真実の場合、それを口にすることは正当な権利だろう。では、口にしないことはどうなのか、このゲームでなければどうなのかと。
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