第9話 目立つな(2)
佐野将史は自分の部屋で座椅子に背を丸めて座り、傷一つない床面と、そこにおぼろげに映る自分の顔を眺めていた。彼は定年したばかりで、元はプラスチック製品を作る会社のライン工であった。元々コミュニケーションが得意ではない彼は、会社を退職して人付き合いの範囲が狭くなっても、長年住んでいる地域の狭い範囲と関わりがあるというだけで全く困っていなかった。
しかし、そこと家族から分断されたことで、彼はいつ以来になるか分からない孤独を感じ出した。自分と妻が死ぬかもしれないという恐怖、死ぬ前の痛みに対する恐怖がそれを後押しした。
(……)
ただ、彼は誰と話してよいか分からなかった。まず、相手の人となりが分からない。日常的に出会う相手は性格も勤め先も家族構成も知っている人たちばかりだった。だからこそこのゲームの参加者皆が怖いのである。もしかしたら、急にキレるかもしれない、過去に犯罪を起こしていたかもしれない、自分を陥れようとしているかもしれない……。
(どうすれば……」
影山や笠原のようなリーダーシップを発揮する、社会的地位のある者のところに行こうにも、何か壁を感じてしまう。それでも、彼は勇気を出して早めに広間に行き、できるだけ無害そうな人と会話をしようと、協力するのではなく、ただ会話をしようとしたのだが、近藤が宮本を殺したことで、さらには高橋が宮本を盾にしたことで、その動画を誰かが後悔したことで、挫けてしまった。益々誰もを恐れるようになったのである。
「だいたいどうなっているんだ」
彼はおもむろに声を出した。部屋の中に一瞬、誰かがいるような錯覚を佐野は覚えたが、それはほかでもない自分自身である。
(どうして話しかけようとしないんだ? 俺は確かに不愛想かもしれないが、別に何もしていないぞ? だいたい、年寄りに親切にしないってのはどういう育ちなんだ?)
佐野は相手が話しかけてこないことに苛立ちを感じてもいたのである。
(何なんだ? こんなに他人を無視して……)
単純な話、佐野が話す相手は知り合いばかりであったから、相手も佐野を知っていたというだけのことである。
佐野はスマホをそばの座卓から取った。その画面から目を離さず、何も操作しない。
(どうなんだ、いったい?)
佐野はスマホを座卓に戻すと立ち上がり、台所へふらりと向かった。目的があったわけではない。何となく、水を飲もうとしただけである。しかし、そこにシンクこそあれども、蛇口はない。
(……)
佐野は座卓まで戻ると座り込んだ。先ほどと同じ姿勢になって数分、唐突に佐野は声を漏らした。
「もっと、弱い者に親切にするべきなんだ」
佐野はその考えに多少の満足を感じた。それならそれで話し合いのときに堂々と言えばよいのであるが、それは尻込みして、彼にとっては正当な理由で、やらないという卑怯じみた判断も付随していた。
「そうだよ大体――」
彼の独り言は今までの鬱憤を晴らすように次々と溢れ出た。そこにはこのゲームに関してだけではなく、それ以外のことも混ざっている。
このゲームの参加者は基本的に余裕がない。例え十分な食べ物や快適な生活空間があっても、明日死ぬかもしれない。何も全員が全員、誰かを邪険にしているのではない。いちいち気にかけている暇も、払う注意も、全くない。何故ならば、自分と自分の一番大事な人の命の方が、他の全てより重要であると判断しただけである。
何もこのゲームに限った話ではない。金、時間は命を左右する場合があるわけなのだから、それを有事のために……と考えるのは度合いにもよるが自然なことであろう。
(何なんだ……)
佐野は言っていて虚しくなった。話し相手がいれば、同意してくれなくてもただ聞いてくれるだけでも、気が楽になるに違いないのに、と佐野は思った。そして、いつも口下手な自分の話を聞いてくれた、長年連れ添った妻への感謝の思い、存在の大きさを改めて感じた。
彼は自分と、最愛の妻のために、つまり、いくら講釈を垂れようが、他の人を犠牲にするためにスマホを座卓の上から掴むと「カードキー」を使って広間へと向かった。
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