第8話 見ろ(4)

 深夜、影山のスマホに入室申請が届く。影山がその相手を確認して承諾すると、影山の部屋にガスマスクを装着した、頭の上から足先まで届く黒く分厚いフードを被った人物が現れた。その背丈は影山の半分ほどである。子供かどうかも分からない。屈んでいればそれくらい容易く調節できる。


 「ア、ア……」

 その人物はやけに機械的な音を出した。ボイスチェンジャーを使っている。


 「それで?」

 影山がつっけんどんに言った。眠りを妨害されたからではないだろう。その証拠に彼はガスマスクの人物がその時間に来るのを知っていたかのようにスーツを着て、ビリジアンのネクタイをしっかりと締めている。


 「私タチハ次ノ投票先ニ田川竜次ヲ選ブ」

 ガスマスクの人物はあらかじめ原稿を用意していたように一本調子で言った。その声からも話し方からもその人物が誰なのか、男なのか女なのかさえ当てることは困難である。


 「田川か……」

 影山は確認するように口に出すと沈黙した。口元に手をやり眉根を寄せているが、それ以外は何も動いていない。


 「……」

 ガスマスクの人物は何も話さない。動かずただじっとしているようであるが、フードが少しばかり揺れている。


 「分かった。こちらも合わせよう。そちらのリーダーは……、伝えない方がいい」

 影山の出した返事はそれだった。つまり、田川に票を集中させるようメンバーに指示するということである。ただし、本当に実行するかどうかは明らかではない。相手もそれを織り込み済みであると影山は知っている。


 「分カッタ」

 ガスマスクの人物はすぐさま音を出すと、一瞬のうちに姿を消した。


 (臆病な奴……、まあ、あれくらい慎重になる必要のか……。この部屋に盗撮カメラや盗聴器がないとも限らない。俺を疑っているのではない。俺の周りを、だ)

 影山は椅子に腰かけると「ににぉろふ」で水を取りだし、二口飲んだ。それからネクタイを緩めると、寝室へ向かった。


 (『7SUP』内のやりとりは履歴が残る。消すことができない。俺が誰かに見せたときのリスク……無理矢理見せるような男に見えるのか。盗み見はできない。持ち主の意図しないところでは機能しないし、覗いてもただ真っ黒だ)

 影山は服を脱いで普段通り、ハンガーに掛けながら考え続ける。


 (『カードキー』……何故カードキーなのか分からないが、これに履歴は残らない。だから、グループ外の人物が俺に接触する方法は、履歴に残ること覚悟で『7SUP』上で、広間で会った時に直接、あるいは紙か何かに書くか、記録媒体に入れるかして渡して、といったところだろうか。そこから俺の部屋かそいつの部屋で直に会話、だな)


 (一番リスクが小さいのは、『透明な殺人鬼ゲーム』開始直後に7SUP上で接触して、直接会って話す段取りを取り付けることだ。あの混乱の中なら、ただ話をしたかったという建前がある。そして会えば、次回以降の連絡方法もそこで決めることができる)

 ベッドに横になった影山は目を閉じると眉間を指で押さえた。彼は、自分がしていることが、誰かの運命をあからさまに決定づけるということを改めて重く感じていた。その判断基準の是非や善悪が今まで培ってきたものと幾度となく違っていたことは、彼も流石に堪えていた。それでも彼は自分と自分の一番大事な人が生き残るためにその判断を下したわけであった。



**



 カメラ


 スマホの普及に伴って人間皆がフリーのアマチュアカメラマンになっていると思う。写真、動画映えする被写体は他者の評価の対象となり、それらは事実関係の解明の手がかりや重要な証拠となることさえもある。だから、事故や災害のときにやたらとスマホを向けている人たちは、ジャーナリズム精神を発揮しているに違いない。そこの誰かに危機が迫っていても、その人の生命より、映像を残すことの方が重要と考えているのだろう。あと、自分が行っても何の手助けにもならないと思っているのかもしれない。あと、誰かが映像を買えば新しい服が手に入ると思っているのかもしれない。あ、でも、肖像権は守らないとダメだよ。居場所がばれたら死にかねない人だっているんだから。他人を勝手に撮っちゃ駄目!

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