第8話 見ろ(2)

 出澤信也は高邑や時田たちと一緒に時田の部屋でビールを飲んでいた。彼らは酔うことで死の恐怖から逃れようと、あるいは単に酔おうと連日酒を飲んでは、寝る前に「ににぉろふ」を使って、酔い覚ましの薬を取り出していた。そうすれば翌朝に酔いを持ち越さなくて済むことを運良く気づいていた。


 「次―、出澤さーん、出番ですよー」

 ヘロヘロの田名網が出澤の肩を叩くと、彼は「あいあい」と返事をして、部屋の中央に用意されていた膝丈半分ほどのステージに上がった。



 「15ばーん。エスカレーター」

 そして、背が低く小太りな割には身軽にパントマイムを披露し始めた。


 彼らが食べ物と酒、煙草の次は無理としてその次に求めたのは、娯楽であった。しかし、「ににぉろふ」にどう呼びかけても、筐体や外の中継、スポーツの試合を見ることも、配信動画を見ることもできなかった。もちろんインターネットを経由する最近のゲーム、スマホで流行っているようなものは軒並み何も呼び出せなかった。


 「やっぱ出澤さんすげーっすうー」

 畚野が歓声を入れる。やいのやいのと紫煙と共に飛び交う。


 一昔前のレトロゲームなら用意できた。しかしそれよりも面白いものを彼らは見つけた。それは、彼ら自身であった。始めは武勇伝や珍体験であったが、色々な芸を大なり小なりそれぞれができると分かると、このように宴の席で1人ずつやるようになった。


 「17ばん。おわりー」


 「最初と番号ちがうぞぉー」

 時田が野次を入れる。これもお決まりごとのようなものである。

 「ありゃりゃーつぎー時田さーんばとんたっちー」

 そうやって声をかけた人を指名するのが出澤のやり方である。


 「よっ大将! 待ってました!」

 畚野がツボを押さえた合いの手を入れる。

 「そんなあれじゃねえって……、っと、おっし」

 時田は照れくさそうに否定すると、舞台上に移った。その間だけはアルコールがどこかに飛んでいくようで、顔つきがまともになった。


 見ている方は面白く、広間での出来事を忘れられる。やっている方も、自分に称賛と喝采が集まる。つまり、価値が上がる。そうすれば、代替できないのだから、守りの票が入りやすくなる。代替できないのだから、メンバー内で結束する。時田と中川が、要は話し合いの時に表立つ人たちがまともな芸を覚えていたことがこのシステムを生み出したのだろう。


 「っす。お疲れっす」「どもっす」

 時間になると、野口たちが姿を現した。ちょうど大歓声のさなかであった。その音は、時田の部屋が安アパート、いや、普通のマンションであったのなら、上下左右からぶち殺されて、その後でなます切りにされそうなほどの振動であった。


 「おーし次は、おまえだああぁぁ」

 一仕事終えた時田は満足気に彼らの中の一人、濱崎にタスキを渡した。


 「ういっす!」

 濱崎は気合を入れると台に跳び上り、「片手逆立ちで腕立て、やります!」と宣言した。


 「がんばれよー」

 「怪我すんなよー!」

 芋焼酎、煙草、牛モツ、イカ焼き……、色々なにおいが濱崎を応援する。


 これは、失敗するまでがパフォーマンスであるようだ。同じことを繰り返しても自分にできない、痛いということを覚えられないほどではないだろうし、受け身も取っている。見ている方もやっている方も笑顔だ。


 そうやって、野口たちもステージに上げられて、芸を披露していく。与太話を聞きながら、一緒に2度目の夕食を食べながら、話し合いが始まるのをじっと待っている。


 (これで投票先決めなかったら、マジで終わりにっすからな……今日はアレだけどさ……。ま、50日の我慢。俺、大人っしょ)

 野口は心の底からそう思うと、次の出番のために台上にいる濱崎と場所を交代した。


 「鼻でリコーダー吹きながら牛乳飲みまーす」


 「野口くーんファイトおー」

 彼らは、酒や煙草を勧めないくらいの良心は持ち合わせている。そうでなければこの芸は、鼻で煙草をふかしてテキーラ一気飲み、あるいはその逆にでもなっていただろう。


 (馬鹿じゃねえの……、勘弁してくれよ……)

 加藤は白けてしまい、ますます酒におぼれていく。自分と、自分の一番大事な人のために我慢して、ますます酒におぼれていく。

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