第7話 見るな(4)

 人の噂に戸は立てられない。ほとんど全員が集合時間ぎりぎりに広間へ姿を現した。同じ場所に重なって出現しそうなものであると思う者もいるかもしれないが、そうしたことはなく、上手く分散しており、彼らは中央付近に置かれた歪な円状のブロック群に集合した。


 「はい、それでは全員集まったところで『透明な殺人鬼ゲーム』、4日目、開始! 投票は10分後! 始め!」

 薄暗い部屋の中、モニターが現れてニニィが開始を告げると、役目を果たしたモニターが消えた。


 「あの映像は嘘なの……、ねえ、みんな……信じてください……」

 開口一番、高橋は弱々しく、しかし聞き取ることのできる声で言うと、ゴクリとつばを飲み込み、よたよたと立ち上がった。


 (……)

 返答はない。高橋は車座になっている全員を見渡すと、その中の子供が固まっている辺りへ近づいていった。


 「本当なの……。誰か悪い人が、私を殺そうとして作ったのよ……。お願い、守って……」


 「では、彼女の意見に賛成の人はいませんか?」

 松葉が手を挙げてさぞ善意であるように言った。何人かは賛成云々の前に「お前が仕切るな」と言いたいはずであるが、ここで下手に声を出すことは危険なだけであると分かっている。影山、吉野、野口や時田は明らかに顔に出ている。


 (……)

 沈黙。高橋が浅く速い呼吸をしながらも、誰かが答えてくれるだろうと妙に落ち着いて顔を横に動かす。ほとんどの人が目を合わせないように下を向いている。


 (早く終わって……どっちでもいいよ……)

 柳原は必死で震えを押さえながら二瓶の隣で縮こまっていた。高橋が近づいただけで酸っぱいものがこみ上げてきていたのだから、早く自分の部屋に戻りたいと思うのも当然だ。彼女の思いは多くの人と同じである。情報の真偽はどうでもよいし、高橋がどうなろうがどうでも良いのである。自分が助かることに必死なのだから。


 「いないようなら、今日の投票先は高橋真弓さんに決まりでいいですね? では、次に決めることは……昨日の続きですね。全体が生き残るためには――」

 松葉がさらりと宣告して次の話題に移る。あっさりと終わらせた証拠に、松葉はすでに高橋を全く見ていない。


 「待てよ。高橋さんのことも聞くんじゃないのか? 全員の助けになるか?」

 時田が口を挟んだ。これは高橋の側に立って弁護しているのではない。単に、松葉の足を引っ張って意趣返しがしたいだけである。松葉はわずかに目を大きく開くと、薄い笑いのまま「僕はてっきりもう言ったものと……、では高橋さんどうぞ」と顔の向きを変えずに言った。


 「だって……、こんなのずるいでしょ? あの、私、何もやっていないのに……、だって、えっと、だって、女の子だよ? 怪我してるんだよ? 嘘、つけないよ。誰なの、出てきて! ねえ、出てきて偽物って言ってよ! あの、だって……助けて、究君!」

 ぎくしゃくとした身振り手振りを添えて高橋は喚く。最後に水鳥の名前が出ると広間は静まり返った。スッと優雅に水鳥が立ち上がる。高橋の目が輝き出す。


 「彼女が僕を頼ってくれたことは、とても嬉しいことだと思います。僕はテレビや映画に出ていますから、皆さんの中には始めから知ってくれていた方もいると思います」

 ゆっくりと、一言一言を言い聞かせるように、普段よりも少し低い声で水鳥は説明する。

 「ですから……」

 肘から先を体の前で軽やかに柔らかく動かしている。

 「彼女はきっと……」

 その指の動きに合わせて優しく顔を動かし、微笑んでいる。

 「無関係の僕を知り合いだと思ってしまったのでしょう」

 「はい、投票の時間になりました!」


 暗転。参加者が誰に票を入れるのか、判断材料は限られている。その中でそれぞれが役割を終えると参加者の目には元の広間が映っていた。


 「はい、今日の犠牲者は高橋真弓さんに決まりました!」





 高橋美帆の目の前で水鳥が悲しそうに口角を下げて覇気のない目でケースの中を見ていた。


 (かわいそう……、でも、やさしいのね……)

 変な人に絡まれて目立ち、ともすると死ぬかもしれなかったのに、その相手を助けられなかったことを悔やんでいる。高橋の描いた設定はそうであった。


 (あの人は……当然よね。いい気味よ)

 水鳥と同じ方に注意を移した高橋は心の中で暗く笑った。

 (同じ苗字で年も近そうなのに、あっちは幸せそうな格好して、いい服にきれいに染まった髪……、どこかのお嬢様でしょ。わたしなんて……)

 高橋は自分の着ている地元のスーパーマーケットの制服を嫌に思う。小さく付いた油染みは惣菜の並べ方が悪いとクレームを受けて、他の社員から注意を受けたときのことを思い出させる。


 ケースの中の高橋は何かこちらに叫んでいるが、聞こえない。叫んで、ふとピクッと屈んで、天井を見て、高橋の手が天井よりも低い位置で止まって、その天を叩いて、膝を床に着いて、叩いて、叩いて、横になって足を天に突っ張って、必死の形相で突っ張って、片方の股関節が外れて、顔を歪めて踏ん張りが解けて、なし崩しにもう一方の股関節も外れて、両腕を天に突っ張って、肘が曲がっていって、足がへし折れていって、肋骨が折れていって、顔が横を向いて、口から血の泡を吹いて、耳が天についた直後にイッ、と顔が潰れ、そのままグューっと一定速度でプレスされて、そこには赤黒い煮凝りのようなものが残っていた。


 「それでは、また明日っ」

 ニニィの声をきっかけにしてケースが床面に吸い込まれていった。またいつもの子が吐いている、と高橋は思いながらアプリの「カードキー」を使うと自分の部屋に戻っていった。



**



今日の犠牲者 高橋真弓

一番大事な人 母


 ニニィがアブる前は某女子大の文学部に通っていた、小金持ちのところの一人娘。1人暮らしをしているがアルバイトはしていない、勉学に全力を注いでいるわけでもない、自分のハマったものだけしか見えない人物。特技は他人の善意を掠め取って自分は動かず感謝をしないこと。全額仕送りをしてもらい、ずっと育ててくれた父親のことを「アノヒト」と教授や他のゼミ生の前で連呼して全員をドン引きさせたことがある。ちなみに(無職の)母親とも父親のことを「アノヒト」と呼び合っている。ニニィ的に信じられない。第一、ニニィに突っかかってくるなんていい根性しているよね。

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