第7話 見るな(3)

 広間は前日同様にざわついていた。その中心はやはり件の映像が流れるタブレットとそこに映る高橋であった。すでにどこからか連絡を受けた高橋は急き切って広間に現れ、それから半ば強制的に動画を確認させられると始め真っ青な顔をしていたが、動画が終わったときには顔全体が紅潮していた。そして、鼻孔を大きく開きながらタブレットを伏せた。


 「嘘よ……こんなの……。誰……? こんなことして……」

 高橋はそこに座って伏せこむ。近くにいた保育士の鰐部広美が、思わず高橋の肩を抱く。

 「大丈夫よ」

 ただ、その次の言葉はない。


 「嘘だって言うなら、証明できないのか?」

 橋爪隼が野球部のトレードマークである汗臭そうな坊主頭を突き出しながら声を張った。その目は彼女ではなくそれとなく水鳥の方に向けられている。


 「証明、って……、だって……やって、いないし……」

 高橋が下を向いたまま返事にもなっていない返事をした。証明するのは極めて難しいだろう。わざわざ高橋の方を同じ時間に撮っていた別の誰かがいて、その人が動画を提供する可能性はどちらも極めて低確率である。なぜなら、このままなら今日、高橋が選ばれれば、自分は助かるからである。従って、目撃者も期待できない。同じメンバーが見たと嘘をつくことも、この動画が本物なら道連れになるわけだから、あり得ない。第一、仮に動画が出てきたとして、そのどちらが事実なのか確かめる術は――ある。


 「ニニィ、この動画は実際にあったこと? 作り物?」

 マーメイドスカートが特徴的な細身の女性、鳥居升美がスマホに向かって話しかけた。広間の天井近くにモニターが何枚も、ブラウン管のスイッチを入れたときのような音を出して現れた。ニニィが画面の中で体を左右に揺らしている。


 『広間に置いてあるタブレット内の動画は事実?』

 そして、「ににぅらぐ」が起動したことを示すように画面の右方に質問がポップされた。

 「事実だよ」


 「違うよ……」

 高橋は顔を上げるとその周りを見渡してその表情を素早く窺いつつ、その中にいる水鳥を見つけると早口の小声で話し出した。

 「だって、あんなのの言うこと、嘘に決まってるでしょ……。私たちをさらったんだよ……」


 「本当だよ。あんなの、って感じ悪いなぁ」

 ニニィがムスッとしたように見えつつも余裕を感じる表情で返事をする。


 「じゃあ、誰がやったの、だって、こんなことするの、酷いじゃない……」


 「それは言えないよ」

 モニターの中のニニィは指でバツ印を作って口元を隠している。


 「そんなのおかしいよ、だって、不公平でしょ? だから、これは――」

 高橋がタブレットを指す。

 「嘘だよ……」


 ニニィの存在が謎であることはこの場の誰もが反対することのない共通の理解である。すでに全員が日常的に使っている技術を超越したものを目撃して、使用している。しかし、ニニィの言うことに嘘があったかというと、勿論それも証明のしようがないが、あからさまなものは現状、ない。


 「こういうときさ、GMの言葉は嘘じゃないってのが決まりごと、だよな?」

 野口が周りに聞こえるくらいの声で隣にいる三石に言うと、三石はニヤニヤと笑った。その言葉に疑問を持った二瓶が尋ねる。

 「GM?」


 「ゲームマスターの略だよ。このゲームを仕切るニニィが嘘をついたら、成り立たなくなるっしょ?」

 野口は髪を軽く撫でる程度に頭を掻くと、待っていたと言わんばかりに答えた。


 「ゲームっち、遊びじゃねえけん」

 田川が歯向かうように諫めた。「透明な殺人鬼ゲーム」と銘打ってはいるが、彼の言うこともまた事実である。ただ野口はこの横槍が気に入らなかったようで、「あーはいはい」と顔の向きを変えずに口から音を出した。


 「とにかく、そのニニィはGMなんですか?」

 間を持つように二瓶は尋ねる。彼女からしたら野口と田川がどうなろうが構わないはずなのに、どうしても目の前のギスギスした空気を緩和したかったようだ。


 「それが、分からないんだ。聞いても答えてくれないんだよ」

 野口は得意げに答えた。そこに、すでに事情を知った様子の吉野が悠然と現れた。


 「なんだ、まだ話し合いの時間じゃないのにどうしたんだい?」

 すぐに横幅の広い体を揺らして沼谷が近寄ると、「実はネ――」と始めから説明し出した。よく見ると何人かがスマホに文章を打ち込んでいる。メモを取っているのか、他のメンバーに実況しているのか、ともかく、彼らは話に加わるよりもここでのやりとりから次手を考える方を選んだらしい。


 沼谷の話を聞き終えた吉野はきっぱりと言い切った。

 「人の嫌がることはしない、それ以上の事じゃないか。それでニニィは嘘をついていないんだろう? 今までもそうだったじゃないか。ということは今日の投票先は高橋さんに決まり。そうだろう?」


 「ちょっと待ってよ! あれ、偽物なの! 誰かの仕業なの! 誰なの!」

 高橋は早口で声を荒げる。体を、特に前に出した手を大きく動かして色々な方向に顔を動かしている。そして、そこに水鳥がいることに気づいた高橋が、助けを乞おうと一歩前に進んだとき、声がした。高橋はその方向を無意識のうちに向いていた。


 「言い訳は後で聞けばいい。話し合うなら全員が揃う投票前だ。今言っても聞いても何にもならない。冷静になる時間が要る」

 影山が全体に向かって毅然と言っていた。高橋が元の方向を向いたとき、そこに水鳥の姿はなかった。


 大半にとって、高橋の行ったことが嘘か真かはどうでもよいことである。絡まれて巻き込まれる方が危険だ。勘の良いものはすぐに、そうでない者も、リーダーからの指示や、あるいはどんどん消えていく人影、あるいは高橋の形相を見て自分の部屋へと戻っていった。モニターも消えていた。

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