第6話 守れ(4)

 影山の部屋には何人かの男女が集まっており、ネームラベルの貼られたポーンを動かしながら明日以降生き残るための立ち振る舞いを話し合っていた。事務机やホワイトボードが並ぶ無機質なそこは生活のための空間ではなく、働く、つまり生き残るための情報を集約して知恵を絞る空間となっている。


 「まとめよう」

 影山が全体に向かって言うと場はしんと静まり返った。


 「まず、水鳥を中心にした若めの女性のグループ、吉野を中心にした似た年代の女性のグループ、それから、笠原を中心にした大人しそうな子供たちのグループ。この3つは一枚岩だろう。水鳥はカリスマで、吉野は金で――自分が生き残ったら2000万円を渡す、でしたか?」

 影山が猪鹿倉晶子、情報を入手したスーツ姿の表情の乏しい女性に尋ねると猪鹿倉は即座に淡々と答えた。

 「ええ。さぞ嬉しそうに自慢されました」


 「前2つは内部でポジション争いがあるかもしれないが、この3グループは基本的に1つの思考で動いていると思っていい。それから、時田のグループと野口のグループ、それから高邑のグループ。これらが裏で手を組んでいるはずだ。この3人をよく見る野郎が何人もいたからな」

 影山の説明を聞きながら関口がポーンを動かしていく。何人かは推測で配置しているが、それでも比較的見やすい勢力図が出来上がっていく。


 「このグループは元から割れているだろうが、お互いの面識がある。基本的に投票先はまとまるが、守る人はバラバラだろう」


 「それと、高円寺……そこじゃない、高円寺、高円寺稔だ」

 ポーンを探す関口が別のポーンの塊に手を伸ばしそうになっているのを見て、影山は正しい方へ誘導する。関口は表情を明るくするとその通りにする。

 「そう、それ。あののんびりした作業着の爺さんだ。残りをまとめるのなら彼くらいということだったな。 このグループは基本、情報共有程度でまとまっていないだろう。残りははぐれ者だが、ここの境界は曖昧だ。どちらにしても、そう影響力はない。こんなところか」


 「そうですね」

 藤田が相槌を打つ。

 「後はスパイですね。先の話し合いでも議題に挙がりましたように、各勢力間で情報をやり取りするにはほぼ必須です」


 「藤田さんの言う通りだ。完全に仲間ではないだろうが、利害が一致すれば協力するに越したことはない。このゲームは基本的に多数決だ。それに、相手の手の内が分かればこちらの投票先も計画しやすい」


 「でも、スパイって危険じゃないんですか?」

 関口が腑に落ちないといった顔で無意識のうちに髪をかき上げながら尋ねた。


 「メリットがあります。まず、どちらのグループからも役立つと思われている限り投票先に選ばれません。それに、仮に一方のグループが全滅しても他方に寄れば生き残る可能性があります」

 仁木佑亮が説明し出す。ブラック企業でプログラマーをやっている彼はこの手の話、パターン分類して整理することが好きだ。


 「それならみんなやった方がいいんですか?」

 関口は未だよく分からないといった様子で両腕を組みつつ再び尋ねる。


 「スパイと一口に言っても、何パターンもあります。1つは例えば、Aのグループの情報をBのグループに流すだけの場合。Aはそのことを認知していません。次に、AB間の情報を橋渡しする場合。この場合、投票先をまとめるのが目的でしょうから共有したい情報だけ、あるいは意図的な嘘が伝わるでしょう。AもBもこのことを知っているわけです。最後に、実は、どちらにも属していない場合。要は、グループの意向とは全く別に考えた嘘を織り交ぜて自分が生き残り易い状況を作るということですね」

 仁木は一旦ペットボトルの水を飲むと、続ける。

 「1つ目と3つ目はそれなりの能力が必要です。正体を隠し、相手に信用されて、時に自分の言うことが真実であるように演技し、整合性のつく嘘を組み立てなければ、つまり、裏切り者です。生き残ることは非常に難しいでしょう」


 「それならやらない方がいいじゃない?」

 長堂マリアが大きめの声で尋ねた。彼女は私服の上からは分かりにくいが、非常に筋肉質であり、それが声量に反映されたようである。


 「そうするのが、最も自分が生き残るのに適しているやり方だと判断すれば行うのだと思います。それに、大きい集団を陰でコントロールすることや、失敗したら死ぬというスリルを味わうこと、自分の有能性を何にしても証明することは、その手の人たちにとって代えがたい何かです」

 仁木は説明を終えると影山の方にアイコンタクトを送った。


 「仁木さんの言った通りだ。この中で、まずはスパイをできそうな人物は誰だろうか? どこと繋がっているのだろうか? 最適なグループと、とは限らない。相手側からアプローチされる場合もあるだろうからな」

 影山たちは机の上に並べられたポーンに改めて目をやると、怪しそうな人物の目星をつけ始めた。判断材料が限られた中で行うことができるのはあくまでも推測であり、話し合いは程なくして終わった。



 全員が自分の部屋に戻った後で、影山はその部屋の隅々まで調べ上げた。盗聴器が2つ、事務机の裏側とカーテンの内側から見つかった。影山は憎々しげにそれらを見ると、床に叩きつけてから踏んで壊し、それから初日に集まったメンバーを再び招集した。彼にとっての本当の話し合いはこれからであった。



**


 日本語


 日本人なら日本語の読み書き聞き話しができて当然というのは大分前の話かもしれない。今は、文章を音として目に入れて、耳を通し、口から出すことはできても、肝心の内容は恐ろしいほど伝わっていない人が、本当に驚くほど普通にいて、それが普通と思う人が普通にいる。そういう人の脳を経由してしまった日本語は混沌属性が付与されて、特に文章だと、わざわざ小難しい助詞や接続詞が間違えて使われていて、その文章をそういう人が読んでまたカオス変換した日本語が……ってなると常人は気が狂う。実際、ニニィのお友達のお友達も、大きくなってから今までの自分がおかしかったのかと真剣に悩んで、日本語の文法を0から勉強しようとしていたよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る