第6話 守れ(3)
政所紫音は吉野の部屋に他のメンバー全員と一緒に呼ばれていた。吉野の部屋はデフォルトの内装を取り払って高級そうな洋風の家具で統一されており、その中に置かれている柔らかい臙脂色のクッションの付いた肘掛け椅子にそれぞれが座ると、吉野は口を開いた。
「悪いねぇ、急に呼んだりしてさ」
この呼び出しは完全に予定外のものであったわけではない。時間が早まったのである。
「明日の投票先は、濱崎虎王にしようかねぇ」
(濱崎……、あの乱暴そうな子よね。理由は、それかしら)
政所は吉野の言葉を受け止める。そして、他のメンバーと同様に理由や今後の展開を質問することもない。
「それから、あたしたちは力もないし、女だ。今日みたいな奴がまたいつ出てくるか分からない。野蛮そうな奴とは距離を取るのがいいねぇ。投票で選ばれるならまだ事前に分かるかもしれないけれども、いきなりナイフでブスッてのは、逃げようがないじゃないかい? 普通に考えて、そんなことしないと思ったんだけどねぇ」
吉野は顎を上げて堂々と話した。
(普通に考えればリスクしかないわよね。だって、そんなことしたら投票されるに決まっているし、自分と自分の一番大事な人が優先じゃない? 血迷ったのかしら)
政所は目の前に座っている夏里の白髪から覗く頭皮を見ながら近藤の行動を不思議に思った。
(大体、自分の意思で誰かを殺すなんて……。やっぱり血迷ったのよね)
「ただ、誰も見ていないってのなら話は別にならないかい? 一応警察サンはいるけどさ、鑑識じゃない。どれくらいできるのか分からないけれど、人前でやるのに比べたらずっと安全さ」
吉野はその続きを言う前に一度沈黙を設ける。彼女はそうすることで聞き手が自分の言葉を飲み込むまでの時間を作ることができると知っている。
(それはそうかしら、ね。でも、見つかったら確実に死ぬのよね。それに、人が人を殺すなんて……、私たちのしていることは、まだ、ニニィにさせられているって理由があるけど……)
「それに、悪い言い方だけれど、殺せば得をするんだ。このゲームを生き残って終わらせやすくなる。少しだけれど、それでもやる奴はやるってもんだ。こんな状況だ、良識や倫理は通用しない。だから、誰かを部屋に招くときなんかは本当、気を付けないとだねぇ」
吉野は目を細めた。それから、水を一口飲んだ。
「野蛮そうな人には近づかない。でも、露骨にじゃあダメだろうよ。あくまでも善良な人間として応対しないと。そうだねぇ、1.5m、自分の身長くらいかね、絶対に近づいちゃいけない。野蛮な人から身長分離れる。覚えておいて損はない」
「野蛮な人から身長分……」
何名かが頭に刻み込むようにぶつぶつと呟く。
「野蛮な人から身長分。明日の投票先は濱崎虎王。それじゃ、終わりにしようかねぇ」
その合図をきっかけにそれぞれが動き始めた。自分の部屋へ戻る者、誰かと寝る前に雑談をしようと誘いかける者、吉野に話しかける者……、政所も自分の部屋に戻るのにスマホを取り出し「カードキー」を使った。視界が一瞬歪むと、そこは誰もいない自分の部屋であった。
「さて、と、今日は何にする?」
政所は癖でつい独り言を呟くと、それに返事をしてくれる夫の存在がここにはないことを思い出して寂しげにくすりと笑った。
(別に作らなくてもいいのよね。何にしようかしら)
少し考えた後で政所は結局食べ慣れている夕食のメニューを「ににぉろふ」を使ってテーブルの上に並べる。
(そう言えば……)
箸を持ってコロッケを2つに割ったとき、政所は近藤が最期に言った言葉を思い出した。
(『――お前らだって昨日! 一昨日! 殺したじゃないか! 何が違うんだよ! 目に見えてないだけだろお! お前らだって、これで得したんだろお――』)
近藤の言葉は事実であった。政所はそれに気付く程度には聡い。
「そんなこと言われても、ね……」
しかし、何が違うのか、と言われると言い訳はいくらでも思いつくが、根本のところは同じような、違うような、と政所は思う。現実でもそうだ。非道徳は薄めれば非道徳ではなくなるのか。法に触れるか触れないか、もっと言えば、不法行為と裁判所で判決が出るかどうか、そうならないのなら、そうならないうちは、それは――。
(それより、これからも生き残ることを考えなくちゃ)
政所は潰れかけたコロッケを箸で器用にまとめると、口に入れた。それはただのコロッケなのに、ジャガイモの甘みと牛肉の旨みが極上で、高級なデパートでも並んでいないような、一流のシェフが作ってようやく追いつきそうな味であった。
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