第6話 守れ(2)

 高橋は水鳥の部屋で他の何人かとともに明日の予定を確認していた。彼女は最前列に座って幸せを感じていた。何故なら――。


 「真弓ちゃん、もう、大丈夫?」

 水鳥が心配してくれるからである。


 「ええっと……」

 高橋は何をどう返事してよいのか分からなかった。ただ、水鳥の顔に見とれてポーッとしている。すでに間近で何度か見ていても、一緒の部屋にいたことがあっても、彼の顔に慣れることはないようであり、さらに、何と言っても――。


 「もしかして、まだ痛いのかな? 辛かったら部屋で休んでいる?」

 水鳥の注意を、視線を独り占めできる。

 「真弓ちゃん?」


 「あ、だ、だいじょぶです!」

 高橋は何とか答える。ずっとこのままでいたい。そう心の中では願っているが、そうはいかない。


 「……」

 「……」


 他のメンバーからの視線が刺さる。彼女たちも怪我をしたことや襲われたこと自体は心配してくれている。心配してくれているが、水鳥との甘い一時を長々と楽しもうものなら、その次にされることは仲間外れだ。そうなれば、死、だ。その辺が鈍い高橋でも分かるくらいの鋭さである。


 「そう、良かった。じゃあ、続きだけれどもね――」

 水鳥が話を元に戻すと、高橋へ向けられていた視線の槍は下ろされた。高橋はほっとしつつ、水鳥の話を聞いていたが、その実、今の自分の状況に酔いしれていた。

 (怪我するのも、ちょっとくらいならいいかも)


 「明日、広間を監視するのは千裕ちゃんと優香ちゃんだね。2人とも気を付けて、何か気になることがあったら覚えておいてね」

 名前を呼ばれた須貝と北舛は「はいっ」と小さく気合を入れて返事をした。


 (みんな、優しくしてくれる。究君も私を見ていてくれる。気にしてくれる)

 高橋にとって一番大事なことは、大半と同じように、生きてこのゲームから脱出することである。つまり、一番優先すべきは自分と、自分の一番大事な人の命である。しかしそこに贅沢なものが、憧れどころではなく現実的な意味を持って付加されてきていることに高橋は気づいていない。


 「それから、明日のことなんだけれども、松葉さんの言っていた指名システム、あれ、よほどのことがないと誰も言わないと思うんだ。だってそんなことしたら、自分がこのゲームに乗り気ってことになるよね? だから僕たちが名前を呼ばれることはないと思うんだけど、もし、そうなったら……」

 水鳥はゆっくりと全員の顔を順々に見る。この次に言う台詞は、水鳥が彼女たちに初めて使う、厳しいものだ。だからこそ、聞き手がどの程度心を開いているのか、表情の微妙な差異を瞬時に読み取ったのである。


 (もう少しの間、痛いってことにしようかな? 怖くて眠れないって言ったら、もしかして……なんてあるかな?)

 例えば、高橋が話半分に聞きながら夢の世界に飛び立ちかけているのも、水鳥はほとんど正確に読み取っている。


 「助けてあげられないんだ」

 水鳥は優しい声を使いつつも目に映る言葉のインパクトを読み取り、次の言葉を選ぶ。そして、それに最適な間とトーンを、表情を、付け加える。

 「みんな、助けるのはすごくいいことだよね。でも、その次に聞かれるのは、それなら誰が替わりに、ということなんだ。それに、もし僕たちの何人かが庇ったら、同じグループだって知られるよね。だから、自分の力で何とかするしかないんだ」


 「あの」

 本村が手を挙げる。水鳥が笑みを浮かべて発言を促す。

 「明らかに悪い人がいたら、その人を言えばいいんじゃないかな?」


 「そうだね。そういう人がいたら、その人の方が選ばれると思うよ」

 その言葉を聞いた本村はほっとした顔になった。しかし、水鳥は続ける。

 「でもそれは、先に、だよね。今日と明日で2日、そういう風に選ばれるはずだよ。他の人にとっては、冷たいようだけれど、両方とも選ぶのが一番いいんだ。だから、自分がその人たち、全員にとって大事だってちゃんと言わないといけないんだ」

 やんわりとであるが、否定されたことで本村はしゅん、となった。何人かが「余計なことを言うな」と言わんばかりの視線を本村に向ける。

 「でも、ちゃんと考えて話してくれたことは、すごく良かったと思うよ。嬉しいな」

 水鳥は褒めた。絶妙な程度で、であった。褒められた人が張り切るように、他の人も倣うように。あまり褒め過ぎると嫉妬で足を引っ張りあってしまうことを水鳥は熟知している。


 (あ、私の番は……明後日。頑張らないと。それまでは……このままでいようかな? だって、多分、ううん、きっと、怪我をしていたら、投票先に選ばれないよ。だって、可哀想でしょ?)

 高橋は全てを自分の都合のよいように解釈した。生き残るために、水鳥と親しくなるために。死にかけた事実などのことは、とうに忘れていた。

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