第5話 守るな(4)

 いわゆる主婦の中年女性、河本美香は動じることもなく立っていた。河本から見える他の参加者にも、驚いている者はいなかった。ほっと胸を撫で下ろす江守、当然のような顔でケースを見ている三石、隣にいる男の袖を握る、野良犬のような目をした子供……。


 (……気に入らないね)

 河本は不快そうに辺りを見渡したが、その興味は広間中央に置かれたケースに移っていった。


 「はいっ、じゃあ、始めます」

 近藤は先だってとは違って、縄はすでにほどかれており、ケースに向かって蹴りを入れている。が、急に蹴り足を床に下ろし、逆足を持ち上げて足裏を見て、顔を歪めてまた足を下ろし、反対の足を持ち上げて、体勢を崩してケースの壁にもたれて、顔を一層歪ませて、両腕を壁に突っ張らせて、ずるずると体が下がっていって、床上に薄赤い液体が現れて、どんどん体は下がって、全てのものを憎むような形相をして、靴がその液体の上にぷかりと浮いて、飛沫が飛んで、顔にぼつぼつと穴を開けて、ズボンが浮いて、そして、最後に5つの指末節がわずかの間漂って、後には黒赤い液体に衣類が浮かんでいるだけだった。


 「じゃあ、また明日ね。あ、そっちのも一緒に片付けておくからね」

 戻しかける面々のことは気にも留めずニニィが説明すると、モニターは一瞬のうちに消えた。そして、宮本の遺体と近藤が入ったケースが徐々に地面に埋まっていった。それを確認することもなく、次々に姿を消す参加者たちに遅れないようにと河本も「カードキー」を使って自分の部屋へ戻っていった。



**



今日の犠牲者 近藤駿介

一番大事な人 母


 ニニィがアブる前はTeam.羅武魔仁阿苦骨蛇獣蛇に所属していたそういう類の人。ゲームのルールを自分の都合よく解釈して凶行に及んだ。実際、言い訳謎解釈からのクレイジームーブを叩き出す人っているよね。なお往々にして何故か両成敗(笑)になる模様。それどころか偏頗決められてズタボロになることも。何が怖いかって、常人の思考と外れているから危険予知できないんだよね。「そこにいたから」な通り魔的気分で巻き込んでくれる。予測不可能。誰も助けてくれない。近づいたら危険。要注意(被弾経験多)。



今日の犠牲者 宮本誠

一番大事な人 孫


 都会の隅にある小さな町工場で働く職人。酒も博打も煙草もやらない、昔気質で偏屈だったのは昔の話、妻を亡くして塞ぎがちだった彼を心配した孫が勧めてくれたP○kemonGOをやり始めてからはすっかり好々爺になっていた。のんびり楽しくプレイしているエンジョイ勢の割には妙に色違いの引きがよく、孫と交換しては喜んでもらって、自分も嬉しくなる、そんな一時に幸せを覚えていた。最近は図鑑を埋めるために初海外に行こうと英語を勉強し始めていた。六十の手習い、だったね。

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