第5話 守るな(1)

 柘植が朝起きてから朝食を食べようとすると、瑞葉から入室申請が届いた。柘植は、折角だから一緒に食べようと思い、許可を出すと、柘植の部屋に瑞葉が嬉しそうに現れた。


 「おはよう。昨日はよく眠れた?」

 瑞葉は頷いた。


 「朝食、何か出そうと思うけれど、もう食べた?」

 瑞葉は首を横に振った。柘植は何を食べるか特にこだわりを持っていなかった。

 「瑞葉は何が食べたい? ご飯? パン?」


 瑞葉はメモ帳を取り出すとそこにスラスラと書いて、『つげさんと同じものが食べたいです』という文を柘植に見せた。


 「そうか。それなら和食にしよう」

 柘植はそう決めると「ににぉろふ」を立ち上げて、「2人前、ご飯、みそ汁、玉子焼き、サケの切り身――」と言い始めた。次々と湯気の立った料理がテーブルの上に並べられるのを柘植はやはり不思議に思いながらも、最後に箸を出すと「ににぉろふ」を閉じた。



 柘植は瑞葉と朝食を食べ始めた。どこかの高級料亭で出るような味だと、その手のことに詳しくない柘植でさえも分かる味である。どうやって用意しているのか、何故一部の点に関しては至れり尽くせりなのか、柘植はゲームを円滑に進めるためと考えている。


 (しかし、美味しい。これに慣れたらもう元に戻れなくなるんじゃないか? ……まあ、ペレットでも栄養は取れるし、あまり美味しくないが、贅沢ばかりしていると碌なことにならない。そう思うのは貧乏のせいか?)

 柘植がサケの切り身を箸で掴み、食べると、まさに彼好みの味付けであった。ふと、柘植は瑞葉が食べているのを見ながら行儀は悪くない、と思った。同時に瑞葉の素性に詳しくないことを思い出した。彼女にもまた帰る場所があって、そこでどのように暮らしているのか、柘植はあまり上手に想像できなかった。


 (問題は……いくつもあるが、まず、本人もなぜ話すことができないのか知らないことだ。さらに言うならば、話すことができないこと自体も問題だ。目立ってしまうことがあって、それが周りに特別得をさせるようなことでないのなら、標的としてこの上なく分かりやすい存在になってしまう。誰かが気まぐれで声を上げただけで終わる。瑞葉が死ねば私も死ぬ。そうなれば……)

 柘植はその考えを振り払うのにみそ汁と一口飲み、それからご飯を食べ始めた。


 (何とか乗り切らなくてはならない……グループが固まるまで……。固まれば、グループ間の潰し合いがメインになる、だろう。殺す人を選べるのは1日に1人だけだ。だからそれで死ぬ人も1日に1人、基本……、狙って同得点に揃えるのはほぼ不可能だ。だからその貴重な1票は、自分が生きるのを阻害する人に投げられる、死ぬかもしれないのだから……、個人の好き嫌いで票を遊ばせる余裕は全くない……)

 柘植はいつの間にか箸が止まっていることに気づき、急いで玉子焼きを取ると口に入れた。


 (だから今は、瑞葉は無口な、少し変わった、何故か私といる子であるように見せなくてはならない。私は……、面倒見が良すぎる、優しい人間であるように見せなくてはならない。そうして、もう少ししたら、それとなく、瑞葉が話すことができないことをごく当たり前のこととして、参加者に認知させる、いや、治した方が良いのか? 治るのか?)

 柘植は思考を巡らせるが、同じところを行き来しているだけで、前には進んでいない。ふと柘植が瑞葉の方へ目をやると、彼女はきれいに食べ終えていた。骨も皮も米粒一つ残さずすっかりなくなっていた。


 「まだ、食べる?」

 瑞葉は首を横に振った。





 水鳥究は自室にて幾人かのメンバーと一緒にこの先どうやって生き残っていくか、良いアイディアがないか、ブレインストーミングを行っていた。素より彼は全員が生き残れるとは思っていないが、それでも、なるべく多くが生き残れるようにと考え、メンバーを上手く乗せて2、3の誰でも思いつくような案を出したところで、彼は心の中で言葉が出なくなった。


 「自己紹介をして、みんなが仲良くなればいいと思います」

 仁多見の放った言葉だった。その両隣にいた女性たち、乙黒麻実と本村雅美がいったいどうしてと仁多見の横顔を見ると、その向こうにお互いが驚いているのが見えて、仁多見はにやけていた。2人とも、すでに社会人として働いている身、多少のぶれない軸を持って生活しているが、この局面で、この局面だからこそなのか、不安定になりだした。


 (え? あれ? え? 私は乙黒麻実です。工場で三直勤務しています、ってこと?)

 (ん? 何が変わるの? 嘘をつくってこと? 私は上級だとか、おじいちゃんが官僚だとか、って? 価値がある人間だから選ぶな、って?)


 「香織ちゃん、例えばどんな風にするのかな」

 その水鳥の声で2人は我を取り戻し、その声のする方を見ると水鳥が優しく微笑んでいた。


 (あ、かっこいい)

 (いい……)


 「それは、私だったら、仁多見香織です。A県で地方公務員をやっています。趣味はインテリアとアクセサリー作りです。よろしくお願いします。ってやろうと思います。そうすれば仲良くなって、頑張れると思います」


 (あれ? この人、私と同じくらいの年だよね? えっ? 怖い)

 (そのプロフで助かると思ったの? そんなに偉いの? もしかして全員が?)

 2人の頭が不可逆的な変化を起こしそうになる。水鳥ならきっとこの問題の回答を持っている、と2人は自然と彼の表情に注目する。


 「そうだね。じゃあ、それも書いておこうね。……他に誰か、あるかな? どんどん言ってね」

 水鳥はごく自然にほほ笑んでいた。


 (まずはもう決まりだ。……どうしたらそうなる?)

 しかし、心の中ではすでに非情な評価を下していた。表情は、さすが俳優と言うべき文句なしの演技であった。


 (あれ? 私がおかしい? えっ? 本村さん?)

 (え? 何? どっち? 乙黒さん?)

 ただ、完全すぎるあまり2人は脳の変化がどちらに傾くのが正解か、ますます混乱した。2人だけではない。その場の仁多見と水鳥以外の誰もが落ち着かない気持ちになった。


 だからこの後、この2人は意を決してどちらともなく話しかけ、安心したのと同時に仲良くなった。他のメンバーも同様であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る