第4話 選ばれろ(4)

 君島は他のメンバーが自分たちの部屋に帰った後も影山の部屋に残っていた。彼らはそこで、どこの産地かも分からないが甘みの強い高品質な赤ワインを一杯飲みながら、自分たちが立てた策について話し合った後であった。


 「君島さんは藤田さんと鷲尾さん、どちらと組んだ方が良いと思いますか? 率直に聞かせてください」

 前の話題が終わるとすぐに影山が次の話題へと移った。つまり、君島に残ってもらった本当の理由はこれであった。


 「藤田さんは、まあ、あれでも高給取りでしょうから、何かしらの強みを発揮するかもしれませんし、無理に拒むこともないでしょう。私たちがしっかりしていれば彼が邪魔をするようであっても、どうとでもなりますし」

 君島は藤田が集めたメンバーではなく、藤田のことを判断の材料とした。ワインを少し口に含ませるとゆっくりとグラスを置く。

 「鷲尾さんの方は、今日も何かしていましたね。明日からは投票箱とモニターで出席者と欠席者が分かるようになりますが。誰かがニニィに言ったのでしょう。それはともかく、彼らも、特に私たちの話が分からないような人たちではなさそうです。松葉さんには注意が要りますね。自分たちの内に抱えても内部をコントロールされかねませんし、相手にいれば厄介なことには変わりません」

 君島は難しい顔をして、そこで黙った。


 「私はどちらにしても気を付けなくてはならないのなら、味方にした方がリスクは小さいと考えます」

 それを影山は意見を求められていると解釈した。

 「権力争いではありませんから、長くても50日ですし、双方が生き残っても双方が得をする。むしろそうあるように動くと思います」


 「影山さんの言う通りでしょう。念のため他のメンバーには事前に伝えておき、諸々の事項を明確にまとめて署名させますか。効力があるとは言えませんが、やらないよりましでしょうから」

 君島は補足を入れるともう一度グラスに口をつけた。空になる。

 「つまり、両方と組んでもそう不都合はないと思います」


 「しかし、書類にすると相手に悪用される可能性が考えられないでしょうか? 彼に約束の形を知らせる必要もありません。私たちの前で口にさせたところを隠し撮りしておけばよいだけではないでしょうか」

 およそ刑事とは思えない、いや刑事だからこその考えであろうか。影山は君島の案をより犯罪性の高そうな形に加工する。


 「ええ、その方が確実と思います。あの手の人間には警戒するに越したことはありません」

 君島の顔がわずかに翳る。


 「全くおっしゃる通りです。それなら、明日の早朝までに要項を作って送りますから、一度目を通してください」

 影山の顔も一瞬小さく曇るが、すぐに元に戻る。


 「ええ、お願いします」

 君島は自分のスマホを取り出して部屋に戻ろうとしたが、影山は、君島が帰る前にもう1つ、話題を入れ込んだ。


 「それで、君島さん、さっきの彼、柘植さん、どう思います? 私としては提案を受けても良いと思いますが、理由が一応あるにしろ……、この状況でどうしてでしょうか?」

 影山この件に関してどうするかすでに殆ど決めていたのだが、どうしても影山には理解ができなかった。


 「間違ってはいないと思いますが、まあ、そうですね、人によって価値観は違いますから、彼にとってそれは自分と、自分の一番大事な人の命と同じくらい大事なことなのでしょう」

 君島も本当の理由は分からなかった。それでも柘植の考えを尊重してはいた。

 「私たちにとってもデメリットがあるわけではないですから、彼の提案を受け入れませんか」


 「そうですね、そうします」

 影山は残り少ないワインを飲み干した。



 君島が自分の部屋に帰った後、影山は柘植に入室要請を送った。その直後、影山の少し離れた先に柘植が現れた。一瞬、カーテンの向こう側を興味深そうに柘植が見つめていたように見えたが、すぐに影山の方へ向いて、気さくに近寄ってきた。


 「ありがとうございます、影山さん。おかげで助かります。よろしくお願いしますね」

 にこやかに笑う柘植に影山も同じようにする。どちらも笑うのが苦手であると顔に書いてあるが、お互いにとってそれはどうでもよいことだ。

 「こちらこそ助かります。よろしくお願いします。それで、この話は――」


 「ああ、影山さんと君島さん、お二人の胸中にどうか留めてください。そうである限り、私は協力を惜しみませんから。微力ですが」


 「もちろんです。よろしくお願いします」


 「それじゃあ、またよろしくお願いします」

 柘植はそう言い残すとスマホを取り出し、姿を消した。そうしてやっと影山の目は柘植の一挙手一投足を観察する突き刺すような勢いを弱めた。


 影山には、やはり理由が分からなかった。何か隠していると刑事としてのカンで分かっていたが、自分たちを騙そうとしていない、必死の行動であることも同時に分かっていた。だからますます不思議に思っていた。





 暗い中にぼんやりとスマホのバックライトが見える。


 『participant.49.jpg を寝室の壁紙に設定しますか』


 『participant.49.jpg を寝室の壁紙に設定しました』

 『拡大しました』『拡大しました』『複製しました』『拡大しました』



**



 人名


 人の名前は難しい。それ自体は良い言葉であったり、由緒ある言葉であったりするはずなのに、どうしても連想させてしまう同一あるいは類似の何かを理由に、その名前が別の意味を持ってしまっていると考える人がいることは事実であると思う。Picassoさんならそうだし、そうでない方もそうではないだろうか。だから将来的にそうならように唯一無二の名前を付ける気持ちも、逆に連想させないように唯一無二の名前を付ける気持ちもわかる。それで頭を捻って付けると一般に理解しにくくなることがあるし、そうだろうと思ったらど真ん中直球ストレートのときもある。難しい。ニニィはルビなしで参加者の名前、全部読めないよ。みんなは読めるかな?

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