第4話 選ばれろ(3)

 農作業着を着た麦藁帽が似合いそうな中年男性、高邑義雄は自分の部屋で作業着姿の中年男性2人、加藤育夫、田名網十三と一緒に缶ビールを飲んでいた。彼らもまた、自分たちの身構えや何と言っても服装で、お互いが似たような仕事に就いていると思い、会話を始めて何となく固まるようになっていた。後に高邑は他の2人と職種が違っていると分かったのだが、それは分裂するほど重要なことではなかった。


 テーブルの上には蓋の開いていない缶ビールが何本も置かれていて、つまみに出した枝豆はほとんど減っていなかった。3人はそれを囲って時々思い出したように手元にある缶を口に持っていっていた。

 「あれですよね、青井さん……」

 高邑がその続きに何を言おうとしたのか、2人には分からない中、高邑はビールを飲み干して空き缶をテーブルの上に置き、新しい缶を開けた。そうして少し口に付けて、置いた。田名網は自分も何か思うことがあるのか、口を開いた。


 「俺、年近そうでした……」

 出てきた言葉は、それだった。


 加藤もそれに倣う形で口を開いた。

 「俺も、かもしれません……。何も話していないけれど……」


 「だからと言って、こうしているだけではいられないですよね……」

 高邑の言葉で、3人は出だしに戻った。


 彼らは青井の死に対する、自分たちへの慰めの言葉を持っていなかった。ぼそり、と誰かが言葉にならない音を出して、ごまかすように缶を口に付ける。そうやって、缶が空になって、新しい缶を開けて、また誰かがぼそりと話す。それを何度も繰り返して、いったい何のために集まったのか、酔いが回って分からなくなったころ、高邑が立ち上がった。


 「よし!」

 高邑が空元気で大声を出すと、2人は何となく自分たちも大きな声を出した方が良いような気がして、立ち上がったが、酔いがふらっと来て、言葉は出なかった。高邑はそんな2人を気にすることもなく、続けた。

 「悔やんでも仕方がない。自分と、自分の一番大事な人が生きるためにも、頑張って行きます! 行きましょう!」


 「そうだな、俺たちがどうこうできるものでもないし、それより自分だ」

 加藤が同意すると田名網も「そうだな」と短く答えた。


 「俺は、豚カツ定食! あと冷や奴!」

 高邑が声を張ると「ににぉろふ」が起動して、テーブルの上に料理が現れた。高邑は上手く説明できなかったが、近所の店のとは輝きが違う、と思った。


 「じゃあ、俺は竜田揚げ、の定食だな。定食。やっぱり」

 田名網が同じように声を出すと、同様のことが起こる。田名網好みのさっぱりとした味付けなのが不思議と見た目だけで分かってくる。


 「やっぱり定食ですよね。俺も……、迷うなぁ……、ステーキ定食にしようか」

 加藤の言葉に応えてジュウジュウと音を立てる鉄板の上に、ちょうど良い焼き具合の歯ごたえのありそうな分厚い牛肉が現れた。


 「それ、美味そうですね、明日、俺、そっちにしようかな」

 田名網が加藤の分を見てそう呟くと、誰となく、3人とも顔がほころんだ。


 それから3人は夕食を楽しんだ。食べることで、それもまさに好みのものを食べることで3人とも自然と体がリラックスしていくのを感じた。


 腹も膨れたところで加藤が自分のスマホに目をやると、右上が光っていた。画面を開くと、「7SUP」のアイコンの右上に「1」と表示されていた。3人が、いったい誰から来たのだろうかとそのアプリを立ち上げると、それは時田からのもので、『同じチームにおいて投票しませんか? 入室申請にてお待ちしてます』とあった。高邑と田名網も自分たちのスマホを見ると、時田から全く同じ文が届いていた。


 「どうします?」

 田名網は怪しみながら文章を読み返している。


 「どうって……、みんなが組んでやっているのなら、俺たちもそうしないとじゃないか?」

 加藤も何となく時田のことは好きになれそうになかったが、他に行く当てがあるのかと考えると、特になかった。かといって、3人だけでこのゲームを乗り切れるほど、3人は賢くなかった。


 入室申請はすぐに承諾された。そして、3人が時田の部屋へ向かうために、酔った頭で「カードキー」を使うと、いつの間にかテーブルの上のビールや空き皿は影も形もなく、高邑がこぼしたソースさえも、全く存在していなかったかのように消え去っていた。





 太った中年女性、沼谷光代はリビングでソファに座りながらモニターに映したお気に入りのドラマをぼーっと眺めていた。


 「やっぱり相方は彼よねぇ」

 沼谷は独りで頷くとスマホで音量を少し上げ、その右手でバウムクーヘンを1つ掴み、顔の向きを変えないまま口に入れて、咀嚼した。テーブルの脇には包装用のビニールがいくつも積み重なっている。


 沼谷は部屋に戻ってから少しの間を除いてはこのソファに深く座り、ずっとバウムクーヘンを口に運びながらこのドラマを見ていた。元々ただの気晴らしのために出したのであったが、今はすっかりはまってしまい、ずっと同じものを楽しんでいる。もっともドラマの方は話が進んでいるが。


 「アハハ」

 モニターの中の俳優が滑稽に転ぶシーンで沼谷は野太い笑い声をあげると、ペットボトルのジュースを一気に飲み、再びバウムクーヘンを口に入れた。


 (あー、家事しなくていいのって楽よねー。うちの旦那もたまにはやってくれてもいいのにねー。稼ぎも少ないのに……)

 沼谷は一瞬、今までの生活のことを考えた。しかし、現実に引き戻された。

 (何食べても美味しいし、掃除はしなくていいし、化粧品も何なのかねぇ、絶対高級よね、あれ)


 (それに吉野サンの言う通りにしていたら2000万円よ。何に使おうかねぇ。服……この服、着なければよかったわ)

 沼谷は自分が着ている服のほつれのあるところをベタついた指で無意識のうちに触った。部屋着にしているくたびれたそれは、「ににぉろふ」で真っ先に取り替えたいものなのに、どうしてか服を呼び出すことはできず、クローゼットにある替えは全てがコピーされたものしかなかった。

 (ホント、嫌よねー。でも、ペンキの付いた服よりましねぇ)


 沼谷は欲しいものをあれこれ考えながら引き続きドラマに夢中になっていたが、ちょうど1クール分見終わると、急に現実に引き戻された。


 (まあ、でも結局何かあった時か、大学に行くとき……あの子大学行くのかねぇ)

 ふと沼谷がスマホを見ると、すでに普段寝る時間をとうに過ぎていた。もう1話見ようか、と沼谷は少し迷ったが、重い体をゆっくり持ち上げて、服にこぼしたバウムクーヘンのかすをパッと床に落とすと、寝室に向かった。沼谷がスマホを忘れたことに気づき取りに戻った時には、床に散らばったクズも、包装用のビニールも、飲みかけのジュースも、きれいに片付いていた。

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