第4話 選ばれろ(2)

 水鳥の部屋のリビングには、いくつかの椅子がちょうど学校の教室のように並べられていた。そこには何人もが座っており、その前方にいる水鳥に熱い眼差しを送っていた。その内の1人、美容師を夢見る専門学校生、住本理沙もやや後ろの席に座って同じく熱い眼差しを送っていた。


 (やっぱりかっこいいな……)


 「じゃあ、みんなの自己紹介も済んだし、僕から説明することは大体終わったよね。これからみんなに仕事、あっ、仕事といってもそんなに難しいことじゃないよ。仕事を割り振っていきたいんだ」

 水鳥が聞き手を安心させるような優しい声で話を始めると、皆が体の向きを変え、真剣に耳を立て出した。生き残るために話を理解することはもちろん、アピールの意味も込められている。いかに水鳥に気に入られるか、それは生き残るためでもあり、もしかしたらその先も……、と考えてしまうのはこの状況ならまともなのかもしれない。


 「じゃあ、加藤ちゃん」

 名前を呼ばれた小学生、加藤芽衣は「はいっ!」と起立して固まった。

 「そんなに緊張しなくてもいいよ。座ってね。それから優香ちゃん」

 人文学部人文学科の北舛優香が「はいっ」と返事をした。

 「それから、早矢香ちゃん」

 ボレロ姿の女子高生、沓内早矢香が「はい」と小さく声を出した。


 「3人には交代で広間に行ってほしいんだ。それで、何か理由、そうだね……、眠れなかったとかでいいかな、そういうことにして、他の人がいつ頃来て、誰と誰がよく話をしているかだとか、気になることを教えてほしいんだ」


 「えっ、でも、そんなことしたら……」

 沓内は自然に声を漏らした。


 「もちろん、メモを取ったり、写真を撮ったりしたらダメだよ。僕たちはあくまでもこのゲームに乗り気じゃないようにしなきゃだから、ね。絶対に無理をしないで、でも、変だな、って思ったら覚えておいて」

 乗り気であることが早くに公になれば、それはつまり他の者にとっては、自分を嬉々として死なせることを大っぴらにしていることと変わらないのだから、当然、標的になる。無論すでにこのゲームに積極的に参加している者が大半を占めていたとしても、建前は、何となく嫌々参加していることになっているのだから、堂々と明らかになってしまえば、水鳥も、それを黙っていたということで他のメンバーも、生き残ることが難しくなるだろう。


 「だからね、朝一番じゃない方がいいな。でも、できるだけ長く広間にいて、そっと観察をしてね。話しかけられたら自然に、あくまでもこのゲームには気が乗らないって立場でね。頑張ってくれると、とても嬉しいな」

 水鳥が優しく話を締めると3人は高揚して、「はいっ」と口々に言うばかりであった。


 (やっぱりかっこいいな……。私は何をするんだろう? 何であってもがんばろっと。でも……)

 住本は最前席に座って身を乗り出している人たちを見る。

 (私は近くで顔見ていられればいいや。やっぱりかっこいいな)


 「じゃあ、次はね――」





 学生服を着た太り気味の男子、有松大学は自分の部屋で電気も点けず、ベッドに横たわりながら抑えきれない動悸を少しずつ、少しずつ元に戻そうとしていた。


 (危、なかった……! 危な、かった……! 危、なかった……!)


 (危なかった……、危なかった……。青井さんが、いなかったら、自分だった……、絶対……)

 有松は自分が死というものに耐性を持っていると思っていた。動物の死体にも、身内の遺体にも、それから今日昨日のあの死に方にも、人並みの感情を持つも、それは憐惜であって、恐怖ではなかったからだ。しかし今日、青井が死んだ後にニニィが言った言葉で有松は気がついた。死そのものよりも自分の死が眼前に迫っていたことで、有松は死が恐ろしいものであることに初めて気がついた。


 (青井さん……多分、何も、話していなかった……。そうだよ、目立っていない……、だから絶対そうだ……! だって……、理由……、理由……)


 (というか……、ニニィが、気を利かせてくれなかったら……、僕、明日、死んでいた……)

 有松は頭の中で自分が透明なケースに入って、ぼんやりとその外を眺めているのを想像した。それからどうやって死ぬのか、そのことは考えるだけでも恐ろしく、考えたとしても想像できることではなかった。そしてその死は自分の一番大事な人をも巻き込むことに、有松は吐き気を覚えたが、何とか食い止めた。


 有松は何とかして上体を起こすと、枕元に置いてあった水を飲み、再び倒れて静かに目を閉じた。そうして、ようやく、鼓動が緩やかになり始め、長い時間をかけて元に戻ろうとするそばで、ある考えが顔を覗かせた。


 (待って……。ニニィが、ニニィが青井さんを参加者に選ばなかったら、僕、死んでいた……?)

 有松はだんだん自分が考えていることがよく分からなくなっていた。おもむろにスマホを手に取ると「7SUP」を起動し、そして宛先に笠原を選択したところで……「7SUP」を閉じた。


 (そうだよ。ニニィが僕を助けてくれたんだ)

 暗い部屋の中で、有松の顔をスマホのバックライトがぼんやりと照らしていた。


 有松は「ににぅらぐ」を立ち上げた。そして、「お休み中です。ごめんね」とニニィの絵付きで表示されている画面をずっと見つめ続けた。動悸はすっかり治まっていた。

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