第4話 選ばれろ(1)

 柘植は瑞葉と共に自室に戻ると、冷蔵庫から水を出して椅子に座っている瑞葉に渡し、自分も座り、深く息を吐いた。それから水を一口飲んでようやく気持ちを切り替えると、自分を見ている瑞葉の方を向いた。


 「大丈夫?」

 瑞葉は頷いた。


 「それなら、また明日」

 柘植はそう言ってから声に出さずに口だけで、「30分後に、教えたとおりに」と続けた。瑞葉は小さく頷くと、スマホの「カードキー」を使って自分の部屋に戻っていった。


 柘植は洗面所へと向かった。そして無造作に、しかしやや心地悪そうに服を脱ぐと、用意していた洗濯籠に放り込み、湯を張り、スマホとタオルを持って浴室へ入った。


 (2日目からする人物がいるとは思わないが……、いたとしても私たちを狙う理由は……、どんな情報でも手に入れる価値があるか。弱みを握れば、自分の生き残る確率が上がる。ただし――)

 湯船に浸かりながら柘植は考える。

 (気づかれたら、どうする? 積極的に全員を敵に回、さないのか。その人だけが狙いだった、理由は、何でもいい、因縁をつけて。それが全員のためであるかのようにアピールすれば、話し上手なら、誤魔化しきる事ができるだろう)


 (むしろ、積極的に探していた方が怪しまれるだろうか? 自分がした、あるいはするつもりだからそういう考えで行動すると……。まあ、何にしても、両方とも投票されて終わりか)


 柘植はそうやって頭を動かしながらも、その豪華な風呂で何とかリラックスするように努めた。そうしなければ残り最大で48日、乗り切れるとは思えない。


 (さて、あるかな)

 浴室から出ると、柘植が洗濯籠に入れた服はきれいになくなっていた。そして、代わりの衣類がその横と近くのポールにかかったハンガーに用意されていた。


 (流石に……、盗聴器も盗撮機もなかったか)

 柘植は肌触りの良いタオルで水気を取ると服を着て、ドライヤーで髪を乾かし、洗濯籠から参加票を回収した。



 柘植が時間ぴったりに来た入室申請に応じると、やや上気した瑞葉が先ほどと同じ恰好で現れた。


 「あった?」

 瑞葉は首を横に振った。

 (服の折り目も……元に戻っているな)


 「今日の話し合いで何となくグループが分かった。寝室で話そう」

 柘植は、一旦キッチンに向かい、ペレットを棚から取り出すと、寝室の前で立っている瑞葉に気付いた。


 (ああ、鍵をかけていたんだった)

 柘植が鍵をポケットから出して扉を開ける。瑞葉は柘植の後に続いて寝室に入ると、隅に置かれた椅子2脚とラウンドテーブルのところまで行き、その一つに座った。


 柘植はそのテーブルに自分と瑞葉の分のペレットを置くと、ベッドのフットボードの傍まで行き、その下を持って思い切り持ち上げた。ベッドの裏側にはホワイトボードが打ち付けられており、各参加者の名前と顔が入ったマグネットが貼られていた。


 (……)

 柘植は青井のマグネットを剥がすと、草野のマグネットの上に重ねた。瑞葉はそれをじっと見ていた。それから柘植は自分の分のペレットの袋を開けて数個口に入れると手を拭き、ホワイトボードの近くに椅子を持っていった。


 「瑞葉。食べながらでいいから聞いてくれ。今日分かったのは参加者が7グループ程度に分かれていることだ」

 柘植は瑞葉がペレットの袋を力いっぱい開けようとしているのを見て、自分がやった方が部屋中に飛び散る心配もないのだろうかと考えて、手伝おうと腰を上げようとしたとき、袋は無事に開いた。


 「うん。それで、分かった7グループは、まず時田と中川、後はこの辺りの――」

 柘植がマグネットをいくつもまとめて摘む。

 「が、1つ目。時田か中川がリーダーに見えた。2つ目はその隣にいた野口たちだ。同じような年の子供たちだな」

 「3つ目は……あれだ、水鳥だ。彼と、女子や若い女性のグループ」

 柘植は自分で言いながらも、本当にこのグループは存在するのか、自分が知らないだけで、あの年代にはそれほどまでに人気があるのだろうかと考える。柘植は、マグネットを動かしているうちに、そう言えばそうだったことに気付いた。

 「瑞葉。水鳥はそんなに人気があるのか?」


 瑞葉は首をかしげるとメモ帳とペンを取り出した。

 『よく分かりません』


 「そうか。それならこのグループは仮にしようか。4つ目が、吉野が率いる中年以上の女性たち。これは分かりやすかった。明らかに頼りにしていたからな」

 柘植はマグネットを手早く剥がすとまとめて隅に貼りつけた。それから、一旦水を飲み、同じように水を飲んでいる瑞葉を見て、話しについて来ていることを確認した。

 「それで、5つ目が影山たちだ。ざっくりと同じ年代くらいの男女だろうか、よく分からない。瑞葉は?」


 『よく分かりません』

 先ほどのページにはいつの間にかデフォルメされた猫の顔が描いてあった。年相応のところもあるのか、と柘植は思った。同時に、本当に話を理解しているのか不安になった。マグネットを簡単に動かすと柘植はペレットを口に入れている瑞葉の方を向いた。


 「6つ目は松葉と別宮のいるグループ。まとめ役は……いないのかもしれない。ここも分からない。7つ目が笠原と子供たちだ。笠原は中学校の校長だったな。最後に、その他だ。どのグループからも声がかからなかった、そうだな、中年以上の男性たちが主だろう。自分たちでグループになるにも、頼りになる者がいないようだ。私たちも、分けるとすればここだ」

 私たちという言葉で瑞葉の顔は嬉しそうに変化した。


 (もしかしたら、たまたま懐かれただけで普通の子なのかもしれない……のか?)

 何となく、柘植はそう思うようになっていた。


 「それで、私たちのすることは基本的に徹底的に隠れることだ。集団になっていれば確かに投票先をコントロールできるが、投票先の候補にもなる。もう少ししたら、まずは、自分たちのグループよりも力のあるグループの人数を減らすようになる。そうしないとグループになったメリットが全くないからだ。その他を狙っている余裕はなくなるだろう」


 瑞葉が何かを書き出したのを見て、柘植は一旦話を止める。

 『グループ同士は協力しないんですか?』


 「私の予想では、しないと思う」

 柘植は自信なさげに言った。

 「協力していることがもし明るみになったら、制限人数よりも多いグループと見なされて全滅になるからだ。ただ、スパイや裏切り者は必ずいると思うから、少しは協力しているように見えるのかもしれない。瑞葉はどう思う?」


 『それで合っていると思います』


 「それなら良かった。何かあったら遠慮なく言ってくれ。それで、しばらくはグループ同士の潰し合いが起こる。悪目立ちしなければ少しは安全なはずだ。だが、それだと最後の方でヘイトが向かいうる。何もしていないのに卑怯だ、と。そうなれば全員から投票されて終わってしまう。だからこの後でどこかのグループに接触しようと思う。上手くいけば、お互いに得をする関係になることができる」

 柘植は自分の話術に自信を持っていないが、そうしなければ生き残ることができる確率が非常に低いことも分かっている。


 「それで、グループ同士の潰し合いだが、基本的にそのグループの中で守られていなさそうで、中途半端に頭の切れる人間が狙われるはずだ。優秀な人間は守られているから投票が無駄になる。頭の悪い人間は相手の足を引っ張るから放置される」

 「そうやって人数が減っていくと、どこかで自分のグループの人間に投票するときがやってくる。その時に狙われるのはその味方の足を引っ張る人間だ。勿論点数に差がつきすぎて守り切れなかったり、わざと狙われそうな人に守りの票を固めたりすることも考えられるが――」

 柘植は深呼吸をする。

 「誰が誰に入れたか分からない中で、敢えて逆を行くことは難しいと思う。そう信頼し合っているわけでもないし、一極集中型のグループはリーダーが死ねば後は厳しい。自分の命をリスクにかけてまですることはできないだろう」


 「私たちは、どこかのグループに所属すれば、ほぼ確実にどちらかから狙われて終わる。どちらかが死ねば……もう一方も死ぬ」

 だから、柘植たちはこの絶妙なポジションを確保しなければならないのである。


 「瑞葉、分かったか?」


 『はい』


 それから柘植はいくつか質問をしたが、瑞葉は正確に答えた。呑み込みが早くて助かる、と柘植は思った。

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