第3話 選ばれるな(3)

 太り気味の老婆、夏里花子は細顔の眼鏡をかけた老婆、御法川加代子と薄毛の目立つ老婆、江守ミツ子を自室に招いてお茶を飲んでいた。彼女たちは前の日の夜に知り合い、今日もお互いに顔を合わせた後で、話し相手欲しさに夏里が誘って、穏やかに見える一時を過ごしていた。


 「やー助かったわよネー。吉野サン、とっても頭がいいんだものー。言う通りにすれば他の人より助かりやすいんでしょ? ワタシ、こんなに難しいの一人じゃ大変だったわー」

 夏里がのんびりと言った。話題はこれ以外に考えられなかった。


 「ホントよねー、だってこんなのよく分からないし怖いじゃない。こうやってお茶とお饅頭が出てくるのはすごいけれど」

 御法川が相槌を打つ。彼女もまた同じことを考えていたからだ。


 「そうよねー、それに吉野サン、自分を守ってくれていたら、元の世界に戻った後で2000万円もくれるって言うじゃない? すごいわよねー。でもどうしてそんなにお金があるのかしら?」

 江守も相槌を打ちつつ、ほんの少し疑問、もしかしたら疑念の範疇にあるのかもしれないが、その思いを口にすると、夏里が「それ!」と言った顔をする。

 「彼女ネ、聞いたんだけど、どこかの県の大地主さんなんですってー。マンションも株もたくさん持っていて、まあーすごいんですって」


 「あらそうなの。すごいわねー」

 江守の疑問は消滅した。この情報源がどこにあるのかは考えない。同じ思考ルーチンを持つ者同士だけに分かる真偽の見分け方があるのだろう。


 「ホントにねー」


 「ホントよねー」


 そうして、彼女たちのお茶会はゆったりと過ぎていった。日差しがあって猫がいればいいのに、と御法川は思った。





 柘植と瑞葉が広間に入ると、そこにはすでに数十人がいて、円状のブロックに腰掛ける者から取り出したであろう椅子に座る者、壁際に寄りかかる者、何もない空間を歩く者、ひそひそ話をする者まで、様々であった。


 「すみません、名前、いいですか?」

 柘植が声をした方を向くと、そこには制服姿の品の良い痩せた女子、別宮純夏が立っていた。柘植は一瞬何かの怪しい勧誘を自然に連想したが、彼女の持っているクリップボードに名簿が挟まれているのを見て理解した。


 (不参加者の確認か……)

 柘植の視線に怯えつつも愛想よく振る舞おうとしている別宮を見た柘植は、彼女が誰かの指示でこれをしていると分かった。その背後には同じく不参加者を炙り出そうとしている松葉の姿があった。微笑みながら中年女性の相手をしている。柘植が別宮に視線を戻すと、彼女は精一杯の作り笑顔で固まっていた。


 「ああ、名前ですね、すみません」

 柘植は名簿を彼女から取って、自分と瑞葉の名前を探すとチェックを入れた。それから、手製の参加票を2枚、バインダーから外して、名簿を返した。

 「お疲れ様です。ありがとうございます」


 「あ、こちらこそ、ありがとうございます」

 別宮はようやく終わったとの思いにほっと一息つくと、次の相手を探し始めた。


 (チェックが入っていたのは、子供と男性、それも比較的柔和そうな者が殆どだった。残りの、つまり、女性と粗野に見える男性は、松葉が対応していることになる。私が声を掛けられたのは瑞葉が一緒だったからだろう……)


 「瑞葉」

 柘植は他の誰にも聞こえないようにそっと呟いた。

 「あの松葉という奴には気を付けるんだ」

 瑞葉は小さく頷いた。


 柘植と瑞葉は大人しそうな子供たちと笠原の近くに紛れるようにして座るとその時を待った。誰もが最低限の会話をすること以外、息を潜めて待った。重い空気が場を支配していた。

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