第3話 選ばれるな(2)

 「颯真クン、もっかい教えてくんね?」

 濱崎虎王はこんがらがっていた。野口は紙パックの紅茶を飲み終えると、周りに分からないように小さくため息をついた。


 そこには、野口を含め何人かの学生服を着崩した男子が車座になって椅子に座っていた。もっとも1人はどこかの会社の作業服であったが、その容貌は他とそう変わらない。


 「俺、フツーに説明下手だから、ワリに。じゃあもう一回ね。ルールの十のところに参加者が8割超えていないとゲームオーバーってあるじゃん? だから、100人のときは80人より多い、81人以上いないとダメなワケ」

 野口はここまでは流石に大丈夫だろうと聞き手をちらりと見る。

 「で、てことは、100ひく81が19だから、19人よりも多い、20人以上が欠席するとアウトになるのよ。20人いなかったら100ひく20で80人しかいなくなるじゃん?」


 「いや分かりやすいって、なあ、大希? 颯真クン天才じゃね?」

 濱崎は隣にいた森本大希の小さな肩に手を回すとがしりと掴んだ。

 「あ、はい。野口さん流石っす」


 「いや俺マジでフツーだから、テストいつも赤点ギリだし」

 野口は弁明するように小さく手を振りながら答えた。


 「逆にスゴクね? ギリ狙えんのスゴクね?」

 濱崎が変なところに食いつくと、野口は内心苛立ちながらも愛想よく振る舞って続けた。

 「いやフツーにダメで赤点取りまくるし。で、てことは100人のときに20人以上のグループがあったら、みんなで欠席するって言って脅せるじゃん。だからダメなのよ」


 「そこ、そこが分かんねぇんだよ。逆に俺たちが20人以上いればいいんじゃね?」


 「ホントに欠席したらマジで死ぬじゃん。だから実際はしないんだけど、てことは、脅した人たちってみんなの敵になるじゃん? みんなの敵ってことは順番に票入れられて全員死ぬのよ」


 「あー何となく、逆に他の奴らがそれしたらどうなるん?」


 「そこは、欠席した中の誰かしらを許して、出てきてもらえば、ほら、向こうも死にたくないじゃん? で、残りを順番に投票して、最後にそいつらを始末すればいいのよ」


 「うっわ、颯真クン策士じゃね?」

 濱崎は大袈裟なリアクションをとった。


 (あれ? さっきも言ったよな?)

 野口は頭のどこかに浮かんだその考えを自分が言い忘れたからだと解釈した。

 「いやマジフツーだから。だから、今99人で、8割が……79.2、だから80人いないとダメ、てことは19人までOK、20人以上はアウトってワケ」


 「あれ? てことはさぁ、人数減ってったらどうすんの?」


 (さっき言っただろ。……でも、自分で気づいたなら言うほどバカじゃないのか)

 野口は少し驚いた。

 「そこなんだよ。今19人で固まっても、どっかでアウトになるじゃん? そうすると周りからヤバいって思われて、順番に投票されるのよ。だから逆に早めに味方潰さないとなワケ。で、50人になるまで、てことは51人が最後じゃん? 51人の8割が……40.8、だから41人いないとダメで、11人以上がアウト、10人までがセーフ、俺らクリアしてるじゃん?」


 「……あー、俺らセーフ?」

 野口には濱崎の目が離れていくように見えた。そして、理解させることを諦めて、結論だけを伝えて、話を先に進めた。

 「そう、俺らセーフ。それで、今のままだと人数少ないからさ、フツーにやっても危ないじゃん? だから、何かヤバそうなグループとくっついて、数多く見せんのよ。で、いつもは自分たち以外に票入れて、数減らすときはそいつらが目立つから、そっちから狙われて俺ら全員生き残る、的な?」


 「マジスゲェよ、颯真クン、マジリスペクト、いやマジで」


 「誰が誰に入れたか分からないし、同じグループに入れても分からないし、俺らは俺らで守り合っていればいいのよ。つか、俺多分話しまくって目立つから守ってくれね? マジで俺らに入らないように頑張るから、的な?」


 「おっし、俺ら全員、颯真クン守るわ。ヤベェ作戦で俺らマジ助かったし、な?」

 野口には濱崎の目が離れたまま戻っていないのがよく分かった。しかし、自分のためになる存在なのだからと考えないことにした。


 「マジ助かる。だからこれからどっか探すのよ、それで朝早く集まったワケ」

 野口は朝早く、の辺りに意味を仄かに含ませた。

 「で、俺ら今、誘いあるじゃん? それ乗らねってこと」


野口たちは各自のスマホを取り出すと、それぞれの「7SUP」に届いているメッセージを吟味し始めた。

 (どうしてあんな簡単な説明が分からないんだろう? もう何度も)

 森本は思った。何せ大なりと大なりイコールの概念は、小学生の彼でも知っていることだからだった。





 (はいっ! ということでですね、今回はこのフリーゲーム『透明な殺人鬼ゲーム』をやっていきたいと思いまーす。いわゆるデスゲームものですねー、いやークリアできるかなー……なんて、ね)

 若林は初日に自分たちが倒れていた、明るく静かな広間を歩いていた。スマホの「カードキー」の行き先に追加されているのを見つけた彼は、前日に協力し合うことに決めた松葉アレックスと鷲尾彰逸に相談し、他のメンバーが策を考えている間に自分が広間を調べることにしたのである。


 昨夕の痕跡は話し合いのときに各々が動かした、歪な円状に並べられた大小の白いブロックだけである。そこは、何人もがそこで嘔吐したとは考えられないくらいに清潔で、臭いも全くない。無論、草野の死の痕跡もない。ともすると、草野という存在自体がなかったのではないかと若林が思うほど、何もない。ただし、若林がスマホの「投票箱」を見ると、しっかりと『草野一 1日目の犠牲者』と表示されていた。


 若林はそこを離れ、壁際を歩くことにした。もしかしたら、もしかしたら出口が見つかるかもしれない、ヒントになる物があるかもしれないという思いはほんの限られたものでしかなかった。目的は他のグループがすでに仕掛けているかもしれない何かを見つけることであった。


 白い無機質な壁を左手に付近の天井と床も含めて若林が確認していると、不意に後ろから物音がした。深夜の散歩中に肩を叩かれたときと同じくらいに驚いた若林は壁に背と両掌を付け、音のする方を見るとそこには彼以上に驚いている、「武藤電器店」と書かれた薄いベストを羽織った白髪の老爺、武藤宇佐見がいた。危害を加えられることはなさそうだと若林は判断して、武藤の方に近寄った。


 「あ、おはようございますー。朝早いですね」


 「ああ、おはよう。年寄りは朝が早くてね……」


 「……」

 会話は途切れた。長くても昨日出会ったばかりの人物、ともするとお互いを覚えていないか、「投票箱」で知った程度の仲である。ただの他人同士なら、もしかしたら、もう少し会話を弾ませることができたのだろう。しかし、このゲームの参加者、つまり、お互いに直接的ではないにしろ、殺し合いうる関係にあるのだから、無理もない。


 「……」

 さらに発言が相手の何かに触れてしまって、それが元でトラブルが生じたら、そのわだかまりを話し合いの席に運ばれたら、どちらかが死にうることは目に見えている。今日の犠牲者は、自分でなければ誰でもいいのだ。悪目立ちしたところに入れるのが人間心理だろう。


 この2人はどちらもどこにでもいそうな誰もが簡単にイメージできる人物で、所謂善人であるのだが、互いにその本性を知る由もない。武藤が円状に並べられたブロックの方へ向かったのを背に、若林は壁際へと戻り、再び調べ始めたが、結局何も見つからなかった。時々武藤のように現れた人物たちと当たり障りのない挨拶を交わしただけだった。

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