第2話 選べ(4)

 「FSH、hCG」

 柘植は瑞葉にひとしきり自分の解釈したこのゲームの仕組みを説明した後で、スマホの音声召喚機能で何が出てくるのか試していた。それらは、無論自分たちに必要だからという理由だけではなく、誰かの手中にそれがあるかもしれないことを推量するためでもある。柘植は傍らの紙にチェックを2つ入れた。


 「鉈……、包丁……、果物ナイフ、昨日の新聞……、夏目漱石の『こころ』」

 出てきたものは使われることもなく、部屋の片隅に積まれている。瑞葉はその近くに置いた椅子に座って、望遠鏡を興味深そうに触っている。


 「火星の石、牛……、牛肉、亜ヒ酸……、ヒ素、テトロドトキシン……、フグ……、フグ肉、ダイヤモンド、天然痘ウイルス……、E. coli。瑞葉、テーブルの上のを持って行ってくれないか。そっちのは冷蔵庫に」

 その言葉を聞いた瑞葉は椅子から降りて望遠鏡をそこに置くと、テーブルの上に置かれていた物を丁寧にバスケットに入れ始めた。柘植はその姿を見ながら次は何を試すべきかと考える。ふと、柘植が時計を見るとかなり時間が経っていた。


 「瑞葉、それが終わったら寝よう。休んでおかないと。自分の部屋に戻って」

 瑞葉がうなずいた。片付けは終わっていた。


 瑞葉が自分のスマホを出して、「カードキー」を開いた。それから、指が少し止まって、スマホをテーブルの上に置いた。柘植がどうしたのかと思っていると、瑞葉はメモ帳を取り出して何かを書き出した。

 『声を録音させてください』


 「声?」

 要領を得ない柘植のそばで瑞葉が続きを書く。

 『お水と、ペレットと、ハーモニカが欲しいです』


 「ああ、そうか。音声認識だからか。いいよ」

 瑞葉がスマホをたどたどしく操作しているのを見ながら、柘植は、このゲームで使うスマホは便利なようで却って不便だと考えた。無論ニニィに使い方を聞こうと「ににぅらぐ」を開いたのだが、繋がらなかった。柘植は自分も「ににぉろふ」を準備して、瑞葉の望んだ通りのものが出るか確かめることにした。


 「……準備できた? じゃあ」


 「水」 「ペレット」 「ハーモニカ」 「……録れた?」

ペットボトルに入った水、紙袋に入ったペレット、紐付きの小さなハーモニカが現れた。


 『水』

 柘植は機械を通して聞こえた自分の声に変な感じがした。それでもペットボトルは出現した。瑞葉は柘植の出したハーモニカの紐を掴むと首からかけて「ピー」と可愛らしい音を出した。それに満足しているようであった。緊急時に吹く笛の替わりか、と柘植は思った。


 「大丈夫だね。また何かあったら連絡して。……じゃあ、また明日」

 パタパタと手を振る瑞葉が部屋からいなくなると、柘植は寝室へ向かい、ベッドに潜り込んだ。連絡を取って協力すべき人物がいることを当然柘植は知っていたが、そのタイミングが――特に瑞葉がいる分――非常に微妙だった。少なくとも今ではないと判断していた。


 (時間が惜しい。寝なくては)

 柘植の思考はすぐに鈍くなった。ベッドは何を特別に使っているからなのか、恐ろしいほど寝心地がよく、使用者をあっという間に眠りへと追いやった。





 『水』



 『水』 『ハーモニカ』


 『水』『ハーm』

 『水』『ハ』


 『みず』『は』『みず』『は』『みず』『は』……



**


 サバイバルP.I


 主人公の磯嵜鬼熊が行く先々でサバイバルの知識を活かして難事件、珍事件を推理する探偵もの。山で遭難したときのような自然を相手にするものから、災害が起きた都市で何が危険か、平時から何をすべきかを伝えるものまで内容は多岐に渡る。日高霞は訳あって野宿している主人公に主に調味料を提供しているエリート階級のサラリーマンで、彼も事件に巻き込まれることがほとんど。主人公のワイルドなイケメンっぷりと、クールな日高、天変地異に関心を持つ時流のおかげで視聴率は非常に良かった。ニニィはコージーミステリー好きだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る