第1話 選ぶな(4)
柘植の隣には先ほど消えたはずの瑞葉が元のように現れていた。柘植の視界には生き残ったことに安堵する者、選んでしまった罪悪感に打ちひしがれている者、その場で息を切らせて深呼吸している者、そして、いつの間にか透明なケースに入っていた草野の姿が見えた。
「はーい、じゃあ、始めまーす」
ニニィが両掌をパーにしてこちらに見せると、どこか緊張しながらも安心して見えた草野の様子が変わった。何か言っているが、柘植にも、他の者の耳にも届いていない。すぐに頭を押さえだして、必死にその場に押しとどめているように見えたのは数秒、首が千切れて、血飛沫がケースの側面に飛び散って、細く赤い斑が現れて、力の入らなくなった腕が弛緩して、頭がケース天井にぶつかって、少し揺れて、体が崩れて、首から噴き出す血の勢いが段々と弱くなって、血だまりの中に虚ろな目をした草野の頭が転がっていた。
柘植は何か不可思議な力によって最後まで草野から目を背けることができなかった。周りの人もそうだった。辛うじて幸いなことに、音も臭いもケースからは漏れていなかったが、それでも生々しい衝撃を和らげるには不十分過ぎた。耐えきれなくなった女の子が吐いて、それをきっかけにして、数人が連鎖的に吐きだした。
「こらっ! 汚いですよー」
ニニィは怒った振りをした顔をして手でバツを作った。
「そうだ! 毎日違うやり方にしようっと。明日は何にしようかな? みんなも部屋に戻ってね。ばいばい」
モニターが消えると、草野が入ったケースは徐々に地面に埋まっていって、消えた。後にはすすり泣く声と不快な臭いが残った。隣にいる瑞葉の方を見ると、呆然としているような、何か違うことを考えているような顔をしていた。
「なあ、『カードキー』、使えるぞ!」
野口がスマホを掲げ「カードキー」をタップすると、その姿は一瞬で消えた。小さくどよめきが起こったが、今さら何が起ころうと不思議ではなかった。何人かが「カードキー」を立ち上げて各自の部屋へ消えていったが、大半はすぐに未知に飛び込んでいこうとしなかった。それを分かっていたのだろうか、野口は広間に戻ってきた。
「部屋はなんて言うか、豪華なホテルみたいな感じだ」
野口は周りの反応を見て、さらに続けた。
「みんな、ニニィが言ってたように、部屋に戻った方がいいと思うんだ」
「お前に言われんでも行くけん」
学生に指図されるのが気に入らなかった青い作業着姿の中年男性は捨て台詞を吐くと、さっさと部屋へ帰っていった。親切心を仇で返された野口はすぐにスマホの「投票箱」を確認した。
「あいつ、田川竜次って言うのか……」
そう呟いた後にもう一言、より小さな声で呟いたのが近くにいた柘植には聞こえた。
「日本語使えよ、クソ」
野口は再び「カードキー」を使って部屋に帰った。
他の者も次々と姿を消し始めた。この場に残っていたらニニィの気まぐれでどんなペナルティが課されるか分からない。おまけに吐物の残った床は悪臭を放っている。
(生存確率は、単純に考えて50%か……)
柘植は、草野の死をなんとか頭の奥に一旦移動させて、自分も遅れないようにとスマホを取り出したところで、瑞葉がまたもや服の裾を摘まんでいることに気付いた。
「瑞葉ちゃん、私も部屋に帰るから、また明日ね」
瑞葉はメモ帳をポケットから出して、柘植に白紙のページを見せた。柘植がその仕草から瑞葉の求めるものを理解して、ボールペンを手渡すと、嬉しそうに受け取った瑞葉はそこにスラスラと書いて、柘植に見せた。
『私の一番大事な人は』
柘植が読んだのを確認してから瑞葉は前のページに戻って何かを書き始めた。柘植は嫌な予感がした。いまや心臓は重く打っている。いや、まさか――。
『柘植廉 さんです』
瑞葉の目は妖しく爛々と、病的な桃色のように光っていた。そして、それが決して嘘ではないと柘植には分かってしまった。
(『――その点数が一番多かった人は死ぬよ。三、死んだ人の一番大事な人も一緒に死ぬよ――』)
ニニィの言葉が鮮明に頭の中を流れた。つまり――。
(生存確率……25%……!)
**
今日の犠牲者 草野一
一番大事な人 妻
中小企業(総務部)を定年退職し、年金と配送のアルバイトで何とか生活していたところをニニィにアブられる。妻は難病で殆ど動けず、人工呼吸器が手放せない。貯金は底をつき、身寄りもなく、どうすることもできず、戻っても何も変わらないのならと自ら死を(安楽死だと思って)選んだ。ちなみに妻の病気は優秀な医師の早期診断と手術、薬代を賄える人間なら完治する。金=命。じゃあそれを税金で賄って平等に、ってなったら、健康な人の負担はエグいよね。だって今の薬って1回1億円超えているよ。何で赤の他人のために、自分や身内の自由や将来をすり減らすの、って。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます