第1話 選ぶな(2)

 モニターは再びすぐに現れた。誰かが「ににぅらぐ」を使ったからだ。


 「ここはどこなんだ! なんなんだ!」

 スマホに向かって話しかけられた声はニニィの横にSMSさながらの吹き出しとして現れて、ニニィに似た声で読み上げられた。

 『ここはどこ?』


 「ここがどこかは言えません。ごめんね」

 ニニィが手元を目の下にやりながら答える。


 『どうして私たちがここにいるの?』

 それは声ではなく、手動で入力された質問だった。もっともこの通りに打ち込まれたのかは不明だが。


 「ランダムだよ」

 ニニィが指を立てて何度か、どれにしようかなと言わんばかりに動かした。


 「そもそもどうやって生きていけっていうんだよ!」

 「ふざけるなよ! 選べるわけないだろ!」

 「お願い! ここから出して!」

 皆が口々に叫んでいる。その中にはアプリを立ち上げていない者もいる。しかし、誰かのスマホを通してその声はニニィに届いているようであった。


 『衣食住はどうするの?』

 ただし、ゲームに必要のないと思われる言葉は省略されていた。


 「もう少ししたら入り口を開けるよ。そこから自分たちのお部屋に行けるからね。そこにペレットとお水が用意されているからね。自動で補充されるから安心してね。服も、今みんなが着ているのと同じ物が自動で補充されるよ。トイレもお風呂もベッドも、そこで使う物は何でも自動で補充されるし、自動できれいになるから安心してね。完全プライベートだよ」

 ニニィが耳を手で塞いで、それから両腕を元に戻すと今度は腕組みをした。 

 「ペレットは1袋で一食持つし、アレルゲンフリーの植物由来だけだから、色々な人でも大丈夫だよね? 他にもお酒や煙草、本なんかも言ってくれればある程度出てくるよ。大サービスだよ」


 「俺は飲まないと死ぬ薬があるんだ! 出してくれ!」

 「誰も選べないよ…」

 「怖いよ…。助けてよ…」


 『お薬はどうすればいいの?』


 「それもお部屋にあるよ。お医者さんにお世話になるようなことはある程度まで良くなっているよ」

 そう言われて何人かは自覚症状が消えていることに今更ながらに気が付いた。その大半は関節痛、風邪、熱っぽいといった類の緊急時には気にならないものであるから仕方がないのだろう。


 『スマホアプリには何があるの?』


 「ニニィとおしゃべりする『ににぅらぐ』、写真も動画も音もとれる『カメラ』、誰かと直接チャットができる『7SUP』、アラーム付きの『時計』、お部屋やこの部屋に入るための『カードキー』、名簿と一緒の『投票箱』、『ルールブック』、『メモ機能』それから、さっき言った色々なものを出してくれる『ににぉろふ』があるよ。無くしてもすぐに出てくるから安心してね」


 『どれくらい票が入ったか分かるの?』


 「全部、内緒だよ。だから安心してね」

 ニニィが口元を手で隠しながら答えた。


 「ここから出られたら、何かあるのか? 賞金とか!」

 『ゲームが終わったら生き残った人はどうなるの?』


 「元の世界に元に戻るよ」

 その言葉に、明らかに落胆する者の姿が見えた。


 「頼む! 午後から大事な手術があるんだ!」

 「誰も死なずにここから出られないの?」

 「そこから出てこい! おい!」


 『今、世界はどうなっているの?』


 「止まっているよ」

 ニニィが目隠しをしながら答えた。話に合わせてとにかくコロコロと動きが変わっていく。


 『ゲームに勝つ以外の脱出方法はあるの?』


 「ないよ」


 『ここには何人いるの?』


 「100人だよ」


 『ゲームオーバーって何?』


 「全員が死んじゃうことだよ」



 質問の中に徐々にノイズが混ざっていく。この現状を嘆くものから、いかにここで生きていくか、さらにはいかに生き残るか、つまり、いかに誰かを殺すかに思考がシフトしている者が出始めている。そして、モニターには目を向けず会場をずっと見ている者もいる。


 「」「」「」

 質問は止まらなかった。そうし続けることで現実から眼を背けられるかのように。事実、そうだったのかもしれない。しかし、それを制したのは他でもないニニィだった。


 「ごめんね。もう質問は終わりです。投票時間まであと30分くらいだよ。詳しい時間はスマホの時計で確認してね。ばいばい」

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