第6話きっかけ
俺の家の台所で師匠とエルマを含めた五人で夕食を食べていた。
若干、作りすぎてしまった感はあるんだが、正義を守れた祝宴としては十分だと思う。
俺と師匠は野菜ときのこ中心の料理を、進藤と秋草、エルマは肉や魚を使った料理を食べる。
だが秋草だけは俺と師匠のために揚げたての天ぷらを作ってくれるので、残ったものを食べる形になる。毎回申し訳ないと思うが、奴は「冷めた天ぷらを食べさせるのは私のプライドが許さない」と頑固な主張をしている。
「かああ! やっぱり美味えなあ! この舞茸の天ぷらだけはやめられねえ!」
「ふふふ。毎回美味しそうに食べてくれて嬉しいです」
師匠は特に舞茸の天ぷらが好きで、時期外れでも買ってくるくらいに好物だ。
俺は自分で作ったぺペロンチーノ風きのこパスタを啜りながら「美味しいか?」とエルマに訊ねた。彼女は秋草が作った肉料理をちびちびと食べている。
「ああ、なかなか美味しい。味付けも抜群だ。普段、料理し慣れているのか?」
「秋草は料理担当なんだ。進藤、食ってないでデザートの準備してこいよ」
貪るように俺と秋草の料理を食っている進藤。
口の中のものを飲み込んでから「ふひひ、準備は整っていますぞ!」と答えた。
「それでは盛り付けでもしてきますかな!」
「ああ。お前のデザート、かなり楽しみにしているんだよ」
進藤はゆっくりと立ち上がって「秋草殿、もう天ぷらはいいみたいですぞ」と言って交代した。
秋草は十字を切って祈りを捧げた後、残った料理を上品に食べ始める。
「うん。黒蓮寺くんのパスタは美味しいね。思念さんもそう思うでしょう?」
「まあな。修行のほうもこんぐらいできるようになってくれればいいけどな」
「素直に褒められねえのか……」
だけど、俺が作った混ぜご飯を美味しそうに食べてくれるのは、見ていて嬉しかった。
進藤が凝ったデコレーションをケーキに施す中、俺はエルマに「どうしてこの街に来たんだ?」と訊ねた。
エルマは「さっきも言っただろう」とフォークを置いた。
「黒蓮寺思念に会いに来た」
「話は済んだんだろう?」
「それ以外にも用がある」
「それを俺は聞きたいんだ。師匠に何の話があったのか、その後の用が何なのか――」
「信念。そんなこと聞くな。野暮じゃねえか」
師匠が耳の中を小指で掻きながら俺を注意する。
まあ師匠がいる前で聞く話ではなかったけど……
「俺はエルマちゃんと直接の知り合いではないが、ある男に面倒を見るように頼まれたんだよ」
「……共通の知り合いってことか?」
「ああ。あの野郎、まだ生きていたのかって感じだがな」
師匠が気安く『あの野郎』と言う男……本山関係ぐらいしか分からない。
しかし二人の間で決まったに口出しするなというのを言外に言われた気がした。
「エルマちゃんに手を出すなよ」
「出さないよ。知り合って間もないのに。小学生じゃないんだから」
そんな軽口を叩いていると、今度は秋草が「エルマさんに質問があります」と軽く手を挙げた。どうやら残った料理を平らげたみたいだ。
エルマは不思議そうな顔で秋草を見つめた。
「質問? ……答えられる質問なら答えよう」
「エルマさんの年齢っていくつ?」
女性に年齢を訊ねるのはあまり好ましくないが、それは妙齢の女性だけである。
現に若いエルマはなんてことのないように「十七だ」と短く答えた。
「へえ。私たちと同年代なんだね」
「それがどうしたんだ?」
「今度、どこかに遊びに行かない? 私と黒蓮寺くんと進藤くんで」
珍しいこともあるものだ。秋草が女を誘って遊びに行こうなんて。
エルマは少し考えた後に「用事が済んだら、考えてもいい」と意外な返答をした。
やっぱり秋草のようなイケメンの誘いには弱いか。
だがここで疑問に思ったことがある。
師匠との関係は共通の知り合いがいることで解決したが、こんな日本の地方都市にアメリカからわざわざ来て、何の用事があるというのだろう?
「考えてもいい、か……うん、それでもいいよ」
「話はまとまったようですな。それではデザートの時間ですぞ!」
進藤は普通の料理よりデザートが得意で、俺たち三人が集まって騒ぐときにはデザートを振舞う。
どれも天下一品で、市販のデザートよりも質と味がいい。
「ほう。良くできているな。これは凄い」
エルマは無表情だが、感動していると分かる口調だった。
進藤は「ふひひ、嬉しいですな!」と満面の笑みを浮かべた。
「お前ら料理上手すぎるだろ。高校生のくせに。ちょっと引くわ」
「なんで引くんだよ。ま、天性の才能って言うのかな?」
「偉そうに言うな」
師匠が軽く俺の頭にチョップする。その光景を見て進藤と秋草は大笑いし、エルマは少しだけ笑った。
しばらく食べたり飲んだり話したりした後、進藤と秋草は自分の家に帰っていった。
家の空いている部屋に布団を敷いて、エルマが寝られるようにする。
「これでよし、と」
エルマは風呂に入ってしばらく経つ。そろそろ出てくる頃合だろう。
俺は部屋から出ようとした――
「部屋の準備してくれたのか。ありがとう」
「――だあああああ!? お前、何しているんだよ!?」
なんとエルマは、身体にタオルだけを纏ったまま、部屋まで来ていた!
あまりの光景に鼻血が出そうになるのを堪えて、エルマのほうを見ないようにして喚く。
「なんか着ろよ! 馬鹿じゃねえか!?」
「タオル巻いているから平気だ」
「パジャマとか着ろって言ってんだ!」
「私は寝るときにパジャマを着ない。下着も付けない」
するすると布が落ちる音がする――ま、まさか!?
「なんで俺がいるのに、タオル外すんだよ!? 馬鹿じゃねえか!?」
「見ていないんだからいいだろう。それに見られても困ることは――」
「この変態! 露出狂! 思春期の男子、舐めんなよ!?」
俺は壁伝いに歩き、エルマを見ないようにして、部屋から出て行った。
自分の部屋に戻るとき、師匠がにやにや笑いながら「若いねえ」とからかってきた。
「欲望は絶つものじゃなくて克つものなんだぜ?」
「うるっさい! なんで今、良いこと言ったんだよ!」
こんな生活が一週間も続くのかと思うと、気が滅入ってしまう。
はあ。これからが思いやられるぜ……
◆◇◆◇
翌日、寝不足のまま高校に行くと、なんだかクラスが騒がしかった。
進藤は……まだ来ていないみたいだ。
「……馬鹿の大三角形はあなただけ?」
ざわめくクラスの中、戸惑った顔で俺に話しかけてきたのは、クラスの学級委員の松田博美だった。
メガネにツインテール、真面目な雰囲気。どこからどう見ても、学級委員にしか見えない女子生徒だ。てっきり五月の乱に腹を立てていて――実際抗議の意味で欠席していた――そのことを責められるのかと思い俺は身構えた。
「ああ、俺だけだ。どうした松田。顔色悪いじゃねえか」
「……昨日、私いなかったけど、野原くんと揉めたらしいじゃない」
俺は昨日の出来事を思い出した。
また何か言われるのかと思い「あれは、俺が悪いわけじゃ……」と言い訳をした。
「暴力を止めたんだから、むしろ善行だと思うぜ?」
「そうじゃないの。実は……野原くん、行方不明なの」
「はあ? 行方不明? どっか遊び歩いているわけじゃなくて?」
野原は不良で学校をサボるのはしょっちゅうだ。
しかし松田は曇った顔で「その不良仲間からの説明なんだけど」と言う。
「突然、煙のように消えて、いなくなったの」
「……幻覚でも見たんじゃないのか?」
「不良たちだけじゃないの。周りにいた人全員がそう言ったんだって」
なんとも奇妙な話だ。
俺は松田を安心させるように、わざと明るく言う。
「大丈夫だって。煙のように消えたんなら、ひょっこり現れると思うぜ」
「そうかな……」
「心配なら、俺が探してやるよ」
松田は「危ないかもしれないよ?」と心配そうに言う。
「黒蓮寺くんも消えたりしたら……」
「馬鹿の大三角形に任せておけって。さあもうすぐ授業、始まるぜ?」
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