第2話五月の乱
「コラァ! 黒蓮寺!
筋肉粒々の体育教師であり、生活指導係の谷原先生に怒鳴られた俺たち三人。
職員室の先生方は「またあいつらか……」という顔をしていた。
周りには『五月の乱対策会』と書かれた文字が飾られている。
「生徒巻き込んで学校への抗議活動をするんじゃあない! てめえらが首謀者だってことは割れてんだ!」
「違うんです、先生。これは誤解なんです」
三人を代表して俺が言い訳を始めた。谷原先生は「何が誤解なんだ?」と額に青筋を立てながら、一応聞いてくれるみたいだった。
「俺たちはただ、許せなかっただけなんです」
「……何が?」
「学校が体操服のデザインを変えようとしているのが! だって今や絶滅危惧種に認定されようとしているブルマを! あの健康的な太ももを露わに見せてくれるブルマを!」
「……黒蓮寺、お前本当に修行僧なのか? ちょっと生臭すぎねえか?」
俺はつるつるに剃った自分の頭を見せ付けて「惑うことなき修行僧ですよ」と言う。
「先生だって、ブルマが無くなることは悲しいと思いませんか? もうすぐ体育祭なんですよ?」
「戯けたこと抜かすな。それで、進藤や秋草も同じなのか?」
怒りを抑えながら二人に聞く谷原先生。
今度は進藤が「ふひひひ。黒蓮寺殿の言うとおりですな!」とメガネをくいくい上げながら答えた。
「僕たちはブルマが見たいために、この
「てめえらの趣向に文句を言うつもりはねえが、それでもちったあやりすぎじゃねえか? 生徒たちを扇動して、授業をボイコットさせたり、デモ行軍させたり。しかも名目が『学校にクーラー付けろ』とか『学食をグレードアップさせろ』とか『バイク通学の許可』とか。大半の生徒たちが飛びつきそうな要求並べやがって」
うん。それは俺たちの予想外だった。まさかブルマ廃止を無くすためだったのが、ここまでの騒動になるとは。
「秋草。どうしてこんな騒動になったんだ?」
「ソーリー。分かりません……」
秋草は金髪をかき上げながら困った顔をして答えた。
「私はクラスの女子たちに『人を集めるように頼んだ』だけなんですけど……」
「……集めてどうするつもりだったんだ?」
「男子を中心に騒動が大きくなりそうだったので、止めてもらおうと」
まあその女子たちを言いくるめたのは俺と進藤である。
秋草は悪くないが、ここまでの大騒動になったのは、奴が原因である。
「そんで罪深いのは『学食のメニューを充実させる』ことで手打ちしようとしたのを、てめえらが勝手にぶち壊したことだよな?」
「当たり前じゃないですか。それしか要求が通らなかったらブルマが廃止されますし」
「バイク通学とクーラー希望者を学食派と対立させて、内部分裂でますます混乱させやがった……マジでふざけるなよ?」
ぽきぽきと指を鳴らす谷原先生に進藤が「ふひひ!? 殴るんですか!?」と怯え出した。俺も秋草も焦る。先生の拳骨はかなり痛いのだ。
「ひ、人に暴力を振るったら、祟られますよ!?」
神主の息子、進藤は手を前にして制す。
「み、右の頬を殴られたら、左の頬を差し出さないと!」
牧師の養子、秋草は手を組んで祈った。
「ほ、仏の顔も三度までって言うじゃないですか!」
修行僧の俺はそう言って宥めようとする。
「あのなあ……俺は! 無宗派なんだよ!」
ゴツン、ゴツン、ゴツン! と三連発が俺たちの脳天に直撃した!
「い、いってえ……」
「ひ、酷いですな……」
「おお、神よ……」
悶絶する俺たちを余所に「とりあえず騒動を収めてこい」と冷たく谷原先生は言う。
「これ以上大騒ぎになると、学校でも隠し切れない。警察沙汰になっちまう」
「ぼ、暴力教師……」
「黒蓮寺、何か言ったか?」
周りの先生に助けを求めようとするが、全員目を逸らしやがった。
見て見ぬふりをする日本人って感じだな……
「反省文は原稿用紙二十枚。前みたいにふざけたもん出しやがったら拳骨だからな」
「前みたい? お前、ふざけたのか?」
俺が進藤に聞くと「大真面目に書きましたぞ?」ときょとんとした顔になった。
「秋草殿ではありませんか?」
「ノー。私はふざけていませんよ」
「……てめえら全員だよ! 黒蓮寺! 何でもかんでも仏の言葉を引用して書くな! 進藤! てめえのは神話をモチーフにしたライトノベルだ! 秋草! 英語で書くんじゃあない! しかもほとんどブラックジョークじゃねえか!」
盛大に怒鳴られた後、俺たちは騒動を収めるために、抗議活動をしている生徒の群れの中に入り、説得を始めた。
「はあ!? どうしてクーラーの設置が認められないのよ!」
「それにバイク通学が駄目なのに、学食が充実するのおかしいだろ!」
女子や男子が口々に不満や不平を述べる。まさに暴徒だった。
俺は「学校には予算というものがある」と柔らかな口調で語りかける。
「今の予算だと、クーラーの設置は半分の教室しかできないらしい。これだと不公平だ」
「……それは、分かるけど」
「無い袖は振れないんだよ。それにバイク通学がありになると、風紀の乱れや騒音を理由に近隣の住民が抗議してくる。下手をすれば裁判沙汰になるかもしれない」
「裁判は怖いなあ……」
みんなが押し黙った後、進藤が「それに学食のメニューが充実するだけではありませんぞ!」と良い報告をした。
「売店のデザートも充実させると言います! これは美味しいですぞ!」
これは嘘ではない。交渉に当たったとき、谷原先生が提示してくれたのだ。
デザートの充実は女子たちにとって魅力的だったらしく、歓声が上がった。
「みんな、私たちに免じて、このくらいで収めてくれないだろうか? お願いだ」
最後に爽やかイケメンの秋草に言われた女子たちは黄色い声を上げた。
「秋草くんが言うなら、仕方ないかな……」
「そ、そうね。学食も美味しくなるし、デザートも増えるなら」
女子たちが納得し始めるのを見て、男子たちにも徐々に「まあいっか」という空気が流れ出した。
「そろそろ授業受けないとやばいしな」
「単位もらわねえと留年しちまうよ」
説得が通じたようで三々五々に解散する生徒たち。
俺たち以外誰もいなくなったのを見計らったように谷原先生が現れた。
「相変わらず、口先だけは上手いな、てめえら」
「酷いなあ、まるで俺たちが詐欺師みたいじゃないですか」
「詐欺師というより扇動家だよ。将来考えると末恐ろしくなるな……」
谷原先生はしげしげと俺たちを眺め回す。
「真言宗黒蓮寺の修行僧、
小学校からの腐れ縁というのは否めないが、それでも気が合うからつるんでいるのだろう。
「てめえらを『馬鹿の大三角形』って評したのは誰か知らんが、上手く表現したものだな」
「感心ついでに反省文短くなりません?」
「ふざけるな。さっさと教室にもどれ」
三好高校の『五月の乱』はこれにて終了か。
教室に戻る前に進藤が「あ、大事なことを訊くのを忘れていました」と谷原先生に言う。
「ブルマは……」
「なんでそこまで熱意が持てるのか、不思議で仕方がないが、まあいいだろう。廃止はしない」
俺と進藤、秋草はにっこりと笑って、手を叩き合った。
「よっしゃああああああああああああ!」
正義が一つ、守られた瞬間だった。
「黒蓮寺殿、秋草殿。今回の勝利を祝して、乾杯しませんか? 僕の家で」
「ああ、いいぜ。秋草はどうする?」
「イエス、喜んで参加するよ。何なら手料理も作るし」
それから進藤はにこにこ笑いながら「御ふた方に見せたいものもありますしな」と付け加えた。
「見せたいもの? なんだそりゃ」
「倉庫から珍しいものを見つけたのです」
にこにこする進藤に秋草は言う。
「進藤くんの珍しいものは、本当に珍しいから、楽しみだよ」
「ふひひ。期待していただきたいですな!」
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