第3話

さて彼らが腰を抜かしてから数時間後、静岡は豊橋市の商店街では小さな人だかりができていた。人だかりの中にぽっかりと空いた穴の中で


「危ないので離れてくださ~い、さもないと轢かれますよ~」


と、のんびりした口調で物騒なことを怒鳴っているのは鷲崎。その横でぶつぶつ言いながら革袋をのぞき込んでいるのはわれらが主人公舞山だ。


「鷲崎、お前も轢かれるからどいとけよ〜」


と言う彼の手に握られているのは二時大戦中のドイツが誇る重戦車〈ティーガー〉。


「おいおい初っ端から虎はまずいんじゃないのか?せめてエイブラムスに…って、これ二時大戦中の車両オンリーか…」


そう言いながら鷲崎が退いたのを確認し、舞山はその手に握りしめたティーガーを天高く…と言いたいところだが実際はアーケードの天井にぶつかって鈍い音を立てて落下してきた。


模型は地面につくと同時に何やらコトコトと動き始め…数十秒後、


「スポン」


と言う間抜けな音とともにアーケードいっぱいに大歓声が広がった。


人の輪の中心にあるのは紛れもないドイツが重戦車ティーガー。道のタイルが割れなかったのが奇跡というくらいの巨体と重量のそれは堂々とした車体を鎮座させていた。


「まさか本当にうまくいくとは…お前よかったじゃないか舞山。お前最悪でも師団長までの出世は確定だぞ?」


「あ、ああ…だが、裏を返せば今からでも地域防衛隊としてこき使われかねんぞ?この能力」


そんな2人の会話を遮ったのは周りを取り囲んでいた見物人たちだった。


「なぁなぁこれ本当に撃てるのか!?」


「そもそもあんたどうやってこんなもん出したのよ?」


「是非うちの大隊長になってください!」


などなどなど…


勧誘と質問の入り混じった希望に満ちた喧騒はしかし、無慈悲なサイレンによって非常にも打ち切られる。


「敵襲撃を確認!飛行個体が200、地上個体が500以上!大型竜やワイバーンの群れも含まれる大軍団!総員県庁要塞へ退却せよ!」


予想だにしない巨大戦力の襲来に往来は完全にパニックに陥る。


(とりあえずティーガーに立て篭って隠れていようか…)などと考えていた舞山の筋書きもこの量の前には机上の空論に等しい。


一瞬の逡巡の末、舞山は一つの結論に辿り着いた。


国法破りとも取られかねない手段だが、非常時だとごり押せば済むだろう。何より今は速度が先決と考え、一言


「総員!注目!傾注!」


と、ありったけの声で群衆に向かって怒鳴った。


訓練で鍛えられた声は絶大な効果を発揮し、アーケードは数秒で静まり返り、後には直立不動の人々が残った。


静まったのを見計らい、舞山は続ける


「これより臨時機甲師団を編成する!40人を選抜し、対空戦車10両からなる対空大隊を一個、残り全員からなら対地機甲大隊を最低4個編成する!」


そこで一旦言葉を切り、大きく息を吸った後、


「小火器の世界に生きてきた奴らに!大口径というものを!教え込んでやれェェェェェェ!」


と、一際大きく叫んだ。


一瞬の間の後、周囲から巻き上がるのは鬨の声。こうして、舞山と鷲崎の初陣が始まった。

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