本編 その2

「お帰りなさいませ、ご主人様」

「うん。ただいま、ミランダ。万里ちゃん」

「あのさ、坊ちゃまには言っとくよ。彼女はきっと、また死ぬよ?」

「そうなのかな? でも僕はさ、呼ばれた気がしたんだ。僕はこれでも悪魔だよ? 呼ばれたら行かなきゃならないじゃないの?」

「別に坊ちゃまが呼ばれた訳じゃないんだってば……」

『えぇ。厳密には、名指しされたわけではありませんね』

「ミランダも万里ちゃんもうるさいよ――」


 彼の名はエーリッシュ。ミランダの坊ちゃまであり、万里のご主人様である。


 この世界――いや、この世には、天界がひとつと魔界がひとつ。人界はその何倍も存在していて、それこそ星の数ほど存在してる。

 光り輝く恒星を取り巻く惑星の集まりを星系と考えて、そのひとつが天界。もうひとつが魔界。二つに比べると、人界は数え切れないほどあると思っていい。


 人界には人間と、それに準ずる者たちが住み、天界には神々や天使が住み、そして魔界には魔族が住むという。

 エーリッシュとミランダたちは、魔界に住んでいる魔族ということになる。


 人界の人間からは天界に祈りが届くらしい。だが、天界の神という存在には、それ自体に興味はなく、人界のひとつまるごとが、窮地に陥らないと干渉することはないとされている。


 天界はあくまでも、魔界こことは対極の場所として、存在あることは誰もが教えられて知っている。魔界と天界は昔々のその昔、相互に不干渉が締結されたという話だけが教えられてる。

 だがもちろん、彼らは天界に行ったことはない。行けたとしても、行くことは禁じられてる。


 魔界と人界、天界と人界の行き来は特に制限はされていない。『界』と呼ぶ境目を超えるには、『時空干渉魔法』のようなものが必要になる。

 彼らのような魔族は、それをたまたま持って生まれる者もいる。努力をして、使えるようになる者もいるのだという。

 まだまだ未熟かも知れないが、エーリッシュは『時空干渉魔法』を使える。彼は生まれつき、その素養を持っていたようだ。


 これにより、行き来することは可能と言えば可能。干渉も改変もある程度はできる。ただそれを戻すことはできない。干渉と破壊は同じことであるから。

 エーリッシュの起こした事象の変化は、もちろんあの場所に少なからず悪影響を与えているはずだ。


↓↘→●


 ここは魔界の雪深いある地域。そこには、数千年は経っているだろう、古城がある。回りには何もない。

 魔界には人界と同じように、種族に対してひとつの国が存在する。この地もひとつの種族が治め、ひとつの種族が住まう国。その名はシェライザー王国。

 この国には王も公爵も、侯爵も、以下の爵位の家もある。だが、王国とは名ばかりなのか? いわゆるやる気が全く感じられない国でもあった。


 たまたま彼らのご祖先様が国を興したこの場所に、魔界では貴重な鉱物資源がとれる場所であっただけ。国庫に眠る、昔掘り出した鉱物資源と細々と物々交換をして、必要な物資を手に入れて生活をしている。


 独り立ちのできる一定の年齢に達したこともあり、頑張って暮らせと古城の一つを与えられた彼は、この国の第七王子、エーリッシュ・アルディエート・シェライザー。

 アルディエートという名は、彼の曾祖母の名前。シェライザー王国は、そうして自分の出自を忘れぬよう、ミドルネームに曾祖母の名前を置くしきたりがある。


 シェライザー王国このくにには、王女が六人、王子が七人。兄、姉たちだけで上に十二人もいる。エーリッシュは、王位継承権第十三位。

 悠久の時を生きる種族と呼ばれている彼に、継承の日など訪れることはないのだと、幼いころから父母に教えられていた。


 この城にはもう一人、エーリッシュの身の回りの世話を任されているメイド、ミランダ・フレアレル・ボナーランドがいる。彼女はボナーランド公爵家の六女。それでも彼よりかなり年上。

 この屋敷の維持管理をはじめ、彼女は洗濯掃除の一切を任されている。もちろん、エーリッシュの世話も含まれている。『任されている』というのは、彼が雇ったのではなく、母親が息子のことをお願いしたらしい。


 彼らの種族は長命。もちろん王家だから生活に困ることはない。基本的に、自堕落な生活を送りがちになってしまう。

 長命が故に、何かに興味を持たなければ、生活のパターンが単調になりがちになる。覚醒してのち、最低限の摂取をし、また眠りにつくだけの生活になってしまう。

 それ故に、暇つぶしが必須だ。ご先祖様たちは暇を解消するため、様々な技術開発を行ってきた。


 エーリッシュが興味を持っているものは二つだけ。祖父さまたちが残した、膨大な所蔵の書物。それと、二年前の誕生日に母親からもらった魔具。この『万里眼鏡』だけ。


 魔界には、魔族と呼ばれる様々な種族。エーリッシュたちのような悪魔と呼ばれる種族が住んでる。

 天界は書物でしか知らないが、人界は魔具を通して見るとこができる。その魔具というのが、独立する際に母親から譲り受けた、『万里眼鏡』というもの。


 これがまた優れもので、擬似的な魔道知性とかいう、たまに主人をからかうような、面白いな反応をする変なもの。

 初めて起動した際に『初めましてご主人様。万里のことは、万里ちゃんと呼んでくださいね』と自己紹介。早々に呆れられるということがあったほどだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る