ご主人様であり坊ちゃまでもあるうちの王子様は、お優しいからついついお節介をしてしまうんです。

はらくろ

本編 その1

 女性の肩幅の、四倍から五倍ほどある横幅。縦幅は横よりやや短い。そんな大きさの鏡のようなものがある。

 その両側から土台のように、小型の種族より更に小さい数体の髑髏スケルトンを模したものが、絡み合うように鏡を支えている。


 これは魔力を自然吸収して動く道具、『魔具まぐ』であり、名前を『万里眼鏡ばんりがんきょう』という。

 鏡の部分をには、この部屋ではない違う場所がの映像が映し出されている。


 万里眼鏡は映像を映すだけでなく、その光景を見た誰かが解説でもするかのような声が聞こえるのだ。


「――処刑台と思われる場所の床が、音を立てて抜け落ちました」


 その声はとても流暢りゅうちょうで、とても丁寧な言葉遣い。それはまるで、女性が話しているように聞こえてくる。

 その声と同時に、『ガタン』という、木製でできた蓋のようなものが開く音まで聞こえてくる。それはまるで、その場所にいるかのような錯覚を起こすように。


「その女性は、黒い布地で目隠しがされているように見えます。更に、後ろ手に両手を縄のようなもので束縛されています。彼女の手首よりやや細めの、より合わされた頑丈な縄が輪の状態にされており、彼女の首にかけられています」


 この世界では見ることはないが、おそらくは処刑を執行するための道具だろう。


「彼女の髪が、ふわりと持ち上がりました。今まで体重を支えていたはずの足元がなくなったことにより、彼女の身体全体が落下を開始したのでしょう」


 その女性の目前に、変化が現れる。


「周囲はまだ昼のような明るさです。それなのに、彼女の前には、漆黒の霧のような闇が現れました。その闇をかき分けるかのように姿を現したのは、我らがご主人様です」

「いや違うから。坊ちゃまだから、万里ちゃん」


 万里眼鏡に対して突っ込みをいれる女性の声。女性は万里眼鏡のことを『万里ちゃん』と呼んでいる。万里眼鏡――万里と女性との間には、会話が成立しているようだ。おそらく鏡の外側から、万里を見ているのだろう。


「ご主人様が行使したのでしょうか? 彼女を中心として描かれる、球体のような空間の外側の景色が、まるで反転したかのように灰色に染まっています」

「坊ちゃまがやったんだね」

「えぇ。ご主人様は、目の前の空間に対して干渉したのでしょうね。ですが、事象を抑え切れていないのかも知れません。徐々にですが、彼女の身体は落ち続けています」


 万里が言うとおり、確かにゆっくりだが落ち続けているように見える。


「やっぱりね、修練が足りないんだよ」

「なんと厳しいお言葉ですね、ミランダ様」

「妥当な評価」


 女性はミランダという名らしい。すると、万里の鏡の下側に、白抜きされた文字で書かれた字幕が現れる。そこには、【ご主人様が話されているときは、万里は解説を自粛いたしますね】と書かれていた。これまでの万里の言葉は、やはり解説だったのだ。


「『どう? 止まった? 駄目だ。確認してる暇なんてない』」


 『ご主人様』、『坊ちゃま』と呼ばれた彼は、目の前にいる女性の腰を両手で抱える。無理矢理抱き上げるようにして、彼女の顎から後ろ頭にかけてかかっている縄を外そうとしている。


【ご主人様の身長が、女性よりかなり低いからでしょうか? なかなか縄が外れてくれないようです。あ、やっと外れました。あらら、ご主人様は尻餅をついてしまいました。ですが偉いです。ご自分の身体で彼女が怪我を負わないように、庇ったようですね】

「良くも悪くも優しすぎるんだ。坊ちゃまは」

【万里は、それがご主人様の良いところだと思いますよ】


 彼は女性をその場にゆっくりと、優しく寝かせる。


「『心臓、動いてる? 生きてるよね? 大丈夫だよね?』」


 彼は女性の胸元に耳を寄せた。


【『とくん、とくん』と、脈を打っているようですね】

「そこまで解説しなくてもいいから」


「『生きてた……。危なかった。よかった。本当に間に合ったみたいだ』」

【ご主人様は、彼女の首元を確認しています。縄による痣はないようですね】

「『危なかった、ギリギリだったよ……』」

【ご主人様は周りを見回しています】


 景色が止まってる。悪い熱に侵されたような、気味の悪い表情をした人間たちも止まってる。彼が行ったこの空間への干渉は、うまくいっているようだ。


「『気を失ってる貴女あなたに話しかけても、意味のないことかもしれないけれど』」


【とりあえず一安心と、ご主人様は思ったのでしょうね】

「坊ちゃまの心情を読み取るんじゃないよ」

【あくまでも、万里の想像なんですけどね】

「いやきっと当たってるから」


「『もうあまり魔力は残っていないんだ。だからね、もう、こんな未来は選ばないでね?』」


【ご主人様と、女性を中心に、左回りに景色が回り始めます。……一回転、……二回転。ぐるぐるぐるぐる回っていきます】

「うん。坊ちゃまはきっと、『時空干渉魔法』とを使ったんだよ」

【ご主人様の足元に寝かせていたはずの、女性の姿は消えてしまいました。同時に、灰色の染まっていた周囲にいたはずの人間たちも、いなくなってしまいます。これまであったでしょう周囲の人間たちによる馬鹿騒ぎは、あるかもしれない道のひとつになってしまいました】


「『ごめんね。半年くらいしか戻せなかったかもしれない』」

 

【ご主人様の使ったと思われる『時空干渉魔法』は、この場を強引に巻き戻す干渉はできても、さかのぼってその場に行くことはできないのでしょうね】

「魔法は、万能じゃないから。おそらく坊ちゃまのいるその場所も、何らかの損傷は受けてるよ。無事でいられるはずがない。それだけ強力な力を、無理矢理加えたからさ」


「『だから今回は間に合ってよかったよ。ほんと』」


【そう言うとご主人様は頭を振ります。ご主人様は『界』を超えて、元いた場所。万里たちの元へもどってくるのでしょう】

「だね」


 万里がそう言うと同時に、彼は戻ってきた。万里とミランダの間に、空間をこじ開けるようにして、元からそこにいたように戻ってきた。

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