第14話

 ただひたすらにスパイシーだ。俺は食事をしながらそう考えた。鶏肉は言わずもがなのスパイシー。野菜もスパイシー。流し込んだ飲み物さえスパイシーときた。家の近所にあったインドカレー屋(店員はネパール人)に近い味付けだ。でも美味しい。味付けが濃いのはやっぱり良いものだ。体には悪いけど、俺はもう不死身(不死身ではない)なのでね。

 

 俺は仲間の様子を見てみることにした。犬食らいならぬ鳥食らいでがっついているロックはさておき、念願の食事にありついたエンネアはどうだろう。


「……美味しかった、です……」


 そう言って匙を置いていた。俺の三分の一くらいしか食べていない。羨ましがっていたわりに小食か。ま、かわいいからいいか。エンネアは無表情でこちらの方を凝視しながら黙々と食べていた。



 食べ過ぎた。出されたものは全て食べなければならないという考えの持ち主である俺は、ローマ貴族のように吐き戻すまでは食べなかった。さすがに辞退させてもらった。

 社会規範的に許されるギリギリの場所までズボンを下げ、胃腸を圧力から極力開放させると、クッションにもたれかかって呟く。


「もう百皿は食べた気がする」

「レント様、どうかそんな百などという細かすぎる単位の仕様はおやめください。ヒュペルメゲテス文明の継承者でいらっしゃるお方なら『もう三百兆皿は確実に食べた』と仰ってくださいませんと」

「もう四京皿は高確率で絶対食べ尽くして瓦礫の山に変えた」


 俺の独り言をテーセラは見逃さなかった。誇張表現が足りないとすかさずテーセラにたしなめられる。そんなことでたしなめられてたまるか。


 人間らしい食事を終えた俺たち(人間らしい食生活を送るのが必ずしも人間だけだとは限らない)の様子を見たウラカさんが、そろそろ城塞に戻られますか? と訊いてきた。


「俺はもう、今は罷らむって感じですね。これ以上お暇するのもあれですし、食後はのんびり横になりたい派ですし。テーセラは何か用事あったりする?」


 楊枝で歯に詰まった鶏肉の繊維を取ろうと躍起になりつつ、俺はテーセラに意見を求める。実質的な主導権を握るのはテーセラだし。


「では、一つだけ。この浮島は空中城塞に固定してもよろしいですね?」

「ああ、そうでした! それは決めておかなければなりませんね。そうして頂けると、こちらとしては願ったり叶ったりです」


 ……俺は帰るかどうかという話をしていたはずだったんだが。この島を城塞に固定させるとかそういう話になっている。しかも当然のことのように話が進んでいる。


「テーセラ、この島固定するってことは、ラミアの人達はどうするの? まさか島ごと連れて行くの?」

「ええ。城塞内に島を収納する空間がありますから。それに、レント様もご存知の通り、部屋は有り余っています」


 物理的に落ちないか、とか海に潜ったり空を移動したりするのに空気は大丈夫なのか、とか考えていたが杞憂だった。確かに部屋の数がいっぱいあるのは事実だから、四十人くらいのラミアの人達が新しい住人になったところで何も問題はないだろうけど。俺も仲間が増えることに異存はない。


「ウラカさん達もそれで大丈夫なんですか?」

「継承者が現れたというのに、このまま再放流というわけにはいきません。我らはあくまで文明の守護者ですから。警戒するべき外敵に渡らないよう長い間放浪し続けていましたが、もうその必要はないのです」

「それならいいんです。あ、その外敵って……」


 確かに歴史上、昔の建造物や遺産を狙う者は多かった。古代エジプトの王墓に、南米のエル・ドラド伝説なんかがそうだ。失われた古代文明をできる限り現状維持で保存していくという考えは、現代でもさらに最近の話だ。

 テーセラは俺の考えを読んだのか、頷いて続きの言葉を引き取った。


「大衆の中では殆ど空想上の御伽噺ですが、権力者の中にはヒュペルメゲテス文明のことを知っている者も存在しております。ですから、常に発見を避けるために移動し続けているのです。レント様が闘争を望まれるのであれば、もちろん今の文明と事を構えるのもやぶさかではありませんが……」

「そのつもりはないよ」


 以前街に行ったのは例外か、テーセラとエンネアのサービスか。それにしても、


「散逸した文明の遺産を世界に見つからないように集め、それで次はどうする? 文明の再興が目的なら、結局継承者が俺一人のままでは無理だよ。昔は俺みたいなのがたった一人というわけじゃなかったんだろうし。国民四十一人と二体と一羽じゃ、ミニ国家の中でもファミリー経営の超ミニマム国家の域だよ。国土ないし」


 国の条件なんてものがこの世界にあるかは知らないけど。なんだかんだで行き当たりばったりなのか計画性があるのか掴み辛いんだよなあ。


「……その軍事力で……宣戦布告、します……かつて文明があった場所、すべてに……」


 今まで黙っていたエンネアが口を開いた。そういうのはテーセラが言うことかと思っていた。まあエンネアが城塞の設備を管理しているんだから当然っちゃ当然か。

 というか、いや。それ以前の驚きとして。

 

「……さっき戦争しないって言ってなかったか?」

「言いました。わたくしはそのつもりです。どういうことです? エンネア」

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