第15話
テーセラの声色はいつもの軽薄さとは違って、真剣な話をする時とも違って、純粋に困惑から来るもののように感じられた。自律機構、いわゆるガイノイドの彼女がどの程度感情を有して喋っているのかは知らないが、
「わたくしは知りませんよ。そんな話」
「……テーセラは、知らない……知らなくて、いい……」
エンネアの言葉には俺もかなり驚いた。こんなことを言う子だっただろうか。テーセラはややエンネアに高圧的に接しているところがあるから、日頃の鬱憤が溜まっているとか。数千年は一緒にやってきたが、遂に愛想が尽きたとか。
冷静にいって、これはテーセラとエンネアの作られ方に違いがあるとみた。テーセラが俺――継承者や下界の人々の対応をし、友好的な接し方をする。人間と同じ形をした素体を使用するため出来ることは限られるが、その分自由な行動が可能だ。一方でエンネアは、基本的にその権限は空中城塞内に限られる。浮島に到着して素体を手に入れるまでは外に出ることもできなかった。逆に言うと、城塞内の権限はエンネアに委ねられているのではないかと思うのだ。だから「テーセラは知らなくていい」と言ったのではないか。
と、すると。エンネアの発言の方が真なのでは?
「その宣戦布告がどうたらって、俺の指示でどうこうなるものだったりする?」
「……レント様が……言うなら……」
絶対にそうしなければならないというわけでもなさそうに見えるが。
「……でも、遺産を……集め終わる、と……見つかっちゃうんです……下界の、文明に……」
「見つかると何か問題でも? 交戦の必要はないでしょう」
だが逃げ続けるのにも限界がある。言ってしまえば今現在だって逃げているも同然だ。古代文明を現代の人々から守るため、放浪し続けている。
現代を生きる人類が皆敵に回るとはさすがに考え難いが、皆温厚だというのは楽観的すぎだ。だとしたら、俺はどうするべきだろうか。
「二人の話を聞いてちょっと考えたんだけど。俺は、結局は現代文明との接触は不可避だと思う。それはエンネアもテーセラも同じ考えでいいね?」
二人とも頷く。これはもちろん、ただの確認だ。
「話の中心は、エンネアが『だったら先に攻撃してしまおう』で、テーセラは『交戦は避けて今まで通り隠れて過ごす』で対立しているっていうことだ。俺はここで、二人の意見に待ったをかけたい」
「政治体制のこととかには全く疎いんだけど、俺達を都市国家とかの名目で承認してもらうのはどう?」
二人は一瞬考え込んで、答えを出す……いや、答えを問うてきた。
「レント様がそう望まれるのでしたら、そのように」
「いや、いや、そういうことが言いたいんじゃなくって――」
と遮りかけた俺を、更にテーセラが遮る。
「下界との接触を望まれるかどうか。その一点のみに懸かっておりました。以前のヒュペルメゲテス文明の方は、それを望まれないから空に、海に旅立たれました」
あー…………最初からそうか。
彼女たちは考えはするが、最終的に、本当に最後の決定を下すのは継承者たる俺。規範が変更されるまでは、ヒュペルメゲテス文明の昔の人々の考えに則り行動すると。
「俺は下界に行くのが好きだとは言っておく。戦いたくはないけど……刺激が不足した生活は、やっぱり無味乾燥でつまらないよ。食べ物のスパイスと一緒で」
「かしこまりました」
「……わかり、ました……」
これにて言い争いは一件落着、宣戦布告も日和見もなしということになった。浮島は予定通り空中城塞に組み込まれ、ラミアさん達も生活空間で一緒に暮らす予定だ。いきなり大所帯になってしまった。
もちろん、今まで通りの遺産探索は続ける。次なる目標は、現代文明からの承認。
道のりは、相も変わらずに長い。
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