第13話
「なんか思ってたより早くなっちゃったんですけど……」
「そちらの少女がお仲間の方ですか。準備は殆ど進んでいませんが、それでよかったら」
タラップを降りると、ウラカさんがとぐろを巻いて待っていた。さっさと戻ってきてしまったためか、準備はまだまだらしい。そりゃそうか。正午あたりにアペイロン・メギストスに戻り、今は陽が少し傾いているくらいだから。
支度が進んでいない状態でも構わないかとウラカさんが俺達に尋ねた。
「招待される側なんで大丈夫です。いいよね? テーセラ、エンネア、あとロック」
「……レント様の、意見に……賛同します」
「あと三十億年後くらいには準備も終わるでしょうね」
「ではどうぞこちらへ」
俺が確認すると、テーセラだけ不穏な返事が返ってくる。ウラカさんはテーセラが言い終える前に言葉を被せ、踵を返して進んでいった。
宴はあの塔の内部ではなく、外に天幕を張って催されるようだ。俺が一旦戻ってからそれほど時間は経っていない筈。準備はまだまだだと言っていた割には早いと思う。エスニックな……というかそのものか? ショッピングモールの一角にあるアジアン雑貨屋のような雰囲気だ。未来的な室内に慣れ切っている俺には却って懐かしさを感じられた。
「なんだか歓迎ムードなんですけど、そんなに継承者って重要な存在なんですか? ちょこっとくらいしかテーセラからは聞いていなくて」
「そこの無作法な自律機構の女が、レント殿に忠誠心を示している時点でもう重要です。ヒュペルメゲテス文明の遺産は継承者にしか扱えないのですよ。塔もまた然り」
あちこちで作業をしているラミアの人々が時々俺を横目で見、中には拝んでいる人までいる。神殿とされる塔を長い間守護してきたんだ、少しは理解できなくもないけど。現人神のように崇められるのはやっぱり恥ずかしい。
「俺が死んだら、この塔とか城塞はどうなるんですか?」
「そうですね。次の継承者が現れるまで、どれほどの期間が空くのかすら分かりません。そもそも次が現れるのかどうか……。でも死にませんよ」
命あるものは大体死ぬ。少なくとも人間は死ぬ。それなのに死なない、とはっきり断言されてしまった。レント死すとも自由は死せずとかそういうのでもなさそうだ。
「死なないの!?」
「もちろん高所から落ちたり、身体を剣で貫かれたりすれば死にます。身体は」
独り孤独に、世界が滅びても尚漂い続ける不滅の存在になる……ことはないらしい。
「寿命が無いということですね」
「人間の脳は百二十年が限界って聞いたことが……」
「古代人は限界を超えました──超人的な力、ラミアの民が使うような魔道を使わずして。古代ヒュペルメゲテス文明の人々も、レント殿と同じ普通の人間です」
エンネアの素体みたいにか。それなら古代の超文明はなんで滅びたんだろう。ありがちなのは核戦争とか? そうだ、この世界は地球に酷似しているのだから有り得ない話でもない。
いつの間にやら足を止めた俺達は、ある天幕の下、クッションの敷き詰められた絨毯の上に座った。テーセラが俺の横に滑り込もうとするが、残念ながら隣はロックで固定だ。移動式鳥類型人類駄目化安楽椅子第壱形態だ。
座した俺が引き続き興味津々にウラカさんの説明に聞き入っていると、テーセラが拗ねた表情で言った。
「説明するのはわたくしの役目です。勝手にそれを奪ってしたり顔をするというのは、盗人猛々しいにも程があるというもの」
「おざなりな貴女の説明を補完した。感謝なら受け取るが、罵倒は不適当ではないか?」
「盗んだことへの弁解は無しですか。罪を認められたようでなにより。小さな一歩ですが、確かな成長ですね」
「ありもしない罪をでっち上げて、一体何への贖罪をさせたいのだか。贖うべきはそちらだろうに」
出番を取られたテーセラの挑発に、ウラカさんは交戦的に応戦した。
両者の間にバチバチと散りかけた火花を抑えることにも、いい加減慣れてきた頃合いだ。俺は睨み合う二人の間で大きく咳払いをし「お二人さんそこまで」と制止した。微妙に婉曲的とは言えない応酬の連鎖を止めると、質問を重ねることで流れを俺の方に引き戻した。
「普通の人間が寿命で 『身体は』死なないってことはさ、全部機械に置き換えるんだよな? それって要するに、テーセラ達自律機構と変わらないよな。俺は自律機構人型継承者素体機零式ってことなのか!?」
「自律機構人型継承者素体機零式……レント様のネーミングセンスには常日頃より大いに感銘を受けております。そうですね。自律機構と変わらないとも言えましょう。わたくしどもと同じでは、やはり忌避の感情を抱かれますか?」
ウラカさんは名前を聞いた時に複雑な表情をして顔を伏せていた。名前は長ければ長いほど良いし、数字は大きければ大きいほど良い。
テーセラの問いに答える。
「いや、そういうわけじゃないんだ」
俺だって不老不死に興味がないわけじゃない。人間を機械化する話は、構想段階なら幾度か耳に入れたこともある。ただ、その話が出る度に浮上する問題がひとつ。
「同じ人格と記憶を有しているだけの別人ってオチなんじゃないのかって唱える哲学者もいたんだよな、昨日の自己と今日の自己はそれぞれ別存在だって」
「自己を自己たらしめるのは何か、ということですね……机上の空論になってしまいそうです」
ウラカさんが腕組みをして考え込む。多分答えは出ないだろう。
「それについてはエンネアが詳しいと思われます。つい先ほどまでその感覚を味わったのですから」
機械化による延命も、それによる自我の維持も、さっきエンネアがやってたことか。テーセラが意見を求めると、エンネアはおずおずと答えた。
「同時存在も……可能、なので……大丈夫、です」
集合意識みたいなものか。気になるのは、エンネアははじめから自律機構なのに対し、俺は生物として誕生したことなんだけど。
「結局俺には残機があるってことかな。なんかあんまり嬉しくはない」
「どうか嘆かれませんように。ラミア族の寿命は百年で精一杯といったところ。しかしながら……我ら自律機構は、わたくしどもの主たるレント様と共に幾星霜もの時を過ごせましょう。悠久の時の中、才のない事柄を達人を凌駕する域まで鍛えぬくもよいでしょう。下界に降り、不便さに驚きながら暫しの時を過ごすもよいでしょう。長い人生が苦痛に転じるとの考えは、人生の短さを楽観的に捉えようとする足掻き──ええ、つまりは逃避に過ぎません……悲嘆と慟哭に満ちた生涯ならば、死を救済と捉えることもありましょうが。レント様は衣食住に不自由することなく、周囲の者からは傅かれ、存在を大いに必要とされている。何を憂いることがありましょうか」
いつも以上の雄弁さでテーセラは語る。言語化するまでに切り落としてしまったのか、その言に棘はほとんどなかった。遺構と継承者を守護する自律機構としての性が発露したのかは判別がつかない。だが、ニヒルな笑みを抑えたテーセラの表情
からは、俺の気分を逆撫でしてやろうといった意図は読み取れなかった。仮にそうであっても、俺には違う形で伝わったことになる。
「エ、エンネアもっ……レント様と、運命を共にします……」
運命を共に、って沈みゆく船のようなことを言わないでくれ。だけど嬉しい。今までこちらから意見を求めない限りは会話に参加しようとしなかったエンネアがこう言ってくれるのは。
たとえ世界が滅んだとしても、何もない空間をただただ揺蕩う旅路への同行者がこれで二人。ロックとウラカさんを地獄へ道連れにするのは流石に気が引けた。
「ありがとう。テーセラ、エンネア。ロックもありがとう」
「ロックは何も申し上げなかったと思いますが」
「いいんだよ、羽毛がふわっふわで柔らかいから」
ロックはというと、クッションの上にどっかと座り込んで大きな饅頭のようになっていた。ロック鳥というより寧ろ巨大シマエナガのようだ。うとうとと目が半開きになったり閉じたりを繰り返している。
「まあ言われてみれば、異世界にやって来たこと自体がとんでもないもんな……」
機能性からなる大きさではなく、ひたすらにデカいだけのロックを撫でていると、元居た世界の法則はまったく通用しないことがわかる。どう考えても途方もないエネルギーを使う身体、地球にいたら間違いなく食糧不足ですぐに絶滅するだろう。
俺の知っている異世界ものでは、主人公は度々神になったり、はたまた神殺しを成してみたり、神どころか世界の理すら超越した存在になったりしていた。それならこうして不死身になることくらい別にどうってことはない。
話し込んでいるうちに、太陽は沈みかけて水平線の上に橙色の光の道を敷いていた。こうしているとあっという間に時が経つ。会話を娯楽と感じられる性格でよかった。
「支度も整ったようですね」
ラミア族の人が、両手に持った盆を目の前に置く。飲み物と……食事だ。何気に普通の食事はこの世界にやって来て二度目である。
飲料の方は酒か? ラミアの人は水で割って俺に勧めてきた。恐る恐る口にすると、味がかなり薄い。続けて肉料理に目をやる。
素手で掴んで、肉の端をちょっと噛み千切った。スパイスが効いていて美味しいな。街で食べたものよりも俺の口には合う。
横から啄もうとするロックの口に、別で用意された味付けなしの肉を押し込んで阻止した。
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