第12話
太陽はまだ真上に昇っているし、腹はちょっと空いているし、やることはない。普段話し相手になってくれている少女達も今はここにはいなかった。
素体は確かに人間によく似た姿形をしていたが、髪の毛は生えておらず、顔や体格はエンネアとは似ても似つかない。まさかあのままで来るのだろうか。それともエンネアの着ぐるみや容姿を再現してくれるのだろうか。個人的にはそっちの方が嬉しい。
露出の高い軍服を纏ったテーセラ、大量にベルトが付いている俺よりも更に奇抜な格好をしているとは思う。でもあれはあれで似合っていてかわいいんだ。
「レント様、退屈の極みのような姿勢と表情をなさっているところ申し訳ございませんが、作業が終わりましてございます。只今デッキに向かいますので、口を半開きにしたままどうぞお待ちになっていてくださいませ」
ロックの背に顔を埋めながら長椅子に体を横たえていると、いつもの館内放送が入った。いつもと違うのは、喋っているのがテーセラだということか。俺の状況が丸見えだとでも言いたげな口調でさりげなく煽ってくる。
「大変長らくお待たせ致しました」
「……レント様……」
二人がデッキに現れた。テーセラの陰に隠れるようにして、エンネアの小さな声が聞こえる。
もしかしたら素体のままで来るんじゃないかという危惧は、どうやら杞憂に終わったようだ。エンネアはいつもの格好でホログラムより明瞭に映し出され──否、実体としてそこに存在している。
「なんだか……不思議な感じがします……えっと、その……おかしい、ですか……?」
「おかしくないよ! いい感じだ」
恥ずかしそうにもじもじする自律機構の少女は、何かを思いついたかのようにパンと手を叩いた。と、同時にエンネアの姿がそれとは別に映し出される。
こちらは以前と変わらぬホログラムの姿だった。
では、と横を向くと実体のエンネアも立っていた。交互に二体のエンネアを見て、どっちに話しかけたらいいのか決めかねて俺は中空を仰いだ。
「エンネアが二人っ!?」
「は、はいっ……実体だけ、だと……大変なので……データも、残って、ます……」
なるほどなぁ。バックアップとかもあるだろうし。アペイロン・メギストスが破壊されない限りは何度でも復活できるということだろう。
「テーセラも放送で話してたからエンネアみたいにいけるのかな、と思ったんだけど、そのへんどう」
「わたくしもデータの保存はされていますが、生憎と戦闘型ですので。二倍喋ることしかできませんよ……宜しいのですか?」
「やっぱり一人で充分です」
テーセラが二人……いや、いいや。二倍の煽りを聞かされるのはまっぴらだ。テーセラに対抗するように、エンネアが身を乗り出した。そんなことで対抗しなくてもいいのに。
「エンネアは……もっと増やせます……」
分身の術でも使ったかのようにホログラム体のエンネアが増殖する。ピンクのアリクイの着ぐるみを着た幼い少女がデッキに並ぶさまはなんともシュールだ。ロックが驚いて壁際に寄っている。
「増えなくてもいいから!」
俺が手を振ると一斉に分身したエンネアが消える。実体のエンネアだけが場に残り、両手で顔を覆っている。
「……ご、ごめんなさいぃ……」
「謝らなくても大丈夫だって! 気にしないで気にしないで」
テーセラに対するノリでエンネアに話しかけてしまった。反省反省。
さて、これで宴に参加する整ったらしい。
「人造の素体とはいえ、呼吸や排泄を除けば人間と変わりません。宴会の食事も有効活用できるのです。エンネアにも何度か『実体は欲しくないのか』と訊いたことはありましたが、試作アイスを見て気が変わったんですかね」
「……それに、テーセラが……城塞から、出るようになった、から……」
俺が召喚され、テーセラと城塞外に出かけている間エンネアはお留守番だ。ロックが仲間に加わって孤独感は更に増しただろう。それで、俺からの質問には一回目で頷いたのか。
「生命活動は送らないのに、食事は食べられるのか」
「生物ほど効率はよくありませんけどね。バイオ燃料としてエネルギーに変えています。味蕾のようなものも備わっているのですよ」
「恐ろしい高いエネルギー効率……」
つくづく便利ロボットだ。
「レント様、わたくし、エンネア、それにロック。総出で宴に向かいますので、この高度のままでは帰還もままならないでしょう。城塞の高度を下げ、すぐに浮島と行き帰りができるようにします。鍵はかけておきますのでお気になさらず。本体のエンネアと意識共有をしております。万一のことがあればすぐに分かりましょう」
テーセラとエンネアが目配せした。エンネアのホログラム体がもう一度現れ、館内への放送が響き渡った。最初からなぜこうしなかった、という思いが浮かんでくる。俺の恐怖に歪む顔が見たいテーセラの趣味なんだろうな。多分。
「では、アペイロン・メギストス……高度下げます……」
滞空していた高度から徐々に高さを下げる。
アペイロン・メギストスは海面すれすれの、丁度タラップが浮島につくところで停止した。浮き島を俺達が去ってもなおまだぱらぱらと人がいる感じだった。
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