第11話

 古代ヒュペルメゲテス文明の継承者が現れたという情報は素早く伝わったらしい。地上階でエレベーターの扉が開いて俺達三人が姿を現すと、周囲から女性のささやかな歓声が上がった。ラミアの女性達の熱い視線が俺に突き刺さる。まぁ、悪い気はしない。


「俺達は一度、アペイロン・メギストスに戻ります。荷物がこんななんで」

「ええ。そんなわけで失礼させていただきます──エンネア、視認阻害を一旦外してもらえませんか?」


 宴はどうするのかとウラカさんに尋ねられ、素体を抱えているし仲間を待たせているから戻ると答えた。


「そういえば、貴殿がやって来た建造物は結界で探知こそしたものの、実物は見ていなかったな」

「急かされなくとも、すぐにお見せしますよ」


 テーセラは耳に手を当て、エンネアに視認阻害の解除を頼んだ。すうっと突如空中に現れた巨大な建造物を見て、ラミアの人達にざわめきが広がる。ウラカさんも目を見開いて城塞を見つめていた。


「あれは一体……!?」

「浮島よりも巨大……しかしどこか似ているような」

「もしや古代文明の」


 テーセラはその様子に鼻を鳴らして満足げにしていたものの、俺は慌てて説明を始める。誤解されるよりも先に無害であることを主張しないと。


「あれが俺達の乗り物の『アペイロン・メギストス』です。塔と同じ古代文明の遺物なんですよ。攻撃とかはしない──しないと思うんで、大丈夫です。多分」

「我が主様の仰る通り、古代文明の守護者であるラミアの方々は、ある意味わたくしどもの同胞とも呼べる存在。攻撃などする理由がありましょうか」

「レント殿の言葉の信憑性を損なう言い方はよさんか」

「それは些か被害妄想が過ぎるというものではありませんか?」


 その喋り方。喋り方と表情が胡散臭いんだって! テーセラは表面上は詐欺師っぽいんだけど、実際そのような行動に出たことはない。

 透明化を解けども、未だ空高くに位置する城塞。テーセラが崖を難なく昇り降りしたり、とんでもない高度から降下しても無傷でいられたりすることは知っている。だけど、アペイロン・メギストスまで帰還できるくらいの跳躍力があるとは思えない。跳躍というか、もうその域になるとミサイルとかそっちのカテゴリーに入るだろう。


「戻るときもテーセラのジャンプで?」

「さすがに今現在の装備ではそこまでの機能はございませんね。ですがレント様、あちらを御覧ください」


 ジャンプで帰還するのは、さしものテーセラでも無理があったか。

 テーセラの指差す方向に顔を向けると、アペイロン・メギストスから一つの影が向かってくるのが見えた。それは段々と近付いてくる。戦闘機かと思っていたが、はっきりと姿が捉えられる距離まで近付いてくると、そうではないことがわかる。

 巨大な鳥──ロックだ。

 再び警戒を強めるウラカさん達に、あれも仲間だと言って警戒を解いてもらう。


「ロックに掴んでもらう案、帰りに実行するのか」

「わたくしも興味があったもので。もちろん城塞をそのまま浮島の横につけることも可能です。どう致しましょうか?」

「折角来てもらってるし、ロックで帰るかな」

「かしこまりました」


 行きもロックで向かう案があったものの、もし浮島に住まう人々に攻撃を受けた場合、ロックでは対応できないということでテーセラで降りてきたんだった。俺達への警戒もそこそこ解けたようだし、攻撃される心配がないならロックで帰るのもいいか。ただ、宴に参加する時は城塞を横付けしてほしいかな。


 ロックは足を伸ばして俺の前に着地した。撫でてもらいたそうにしていたので、いつも通りに柔らかい羽毛の部分を強めに撫でる。


「ではロック、戻りましょう」

「ギュー」


 ロックがバサッバサッと大きな羽ばたきの音を立てながら舞い上がったと思えば、がっちりと太い鉤爪で掴まれる。左にテーセラ、右に俺だ。素体はテーセラが抱きかかえている。


「本当に大丈夫なのか? それは……」


 ウラカさんは戸惑いながら、完全に捕らえられた獲物にしか見えない俺達二人を交互に気遣った。


「仮に途中で振り落とされたとて、この身に傷一つつくことなど有り得ませんので、ご心配には及びません。……ああ、レント様が同様の目に遭えば、原型など残らず木っ端微塵になってしまわれるでしょうが。ロック、くれぐれも丁重に」

「……俺は落ちない方に賭けるよ」


 鳥に掴まれて移動するのは、冷静に考えると非常に危険なシチュエーションなのだが、俺は既に高所恐怖症の類は完全に克服して空と友達になっていた。毎日雲の上を飛行する城塞で暮らし、テーセラに予告なしで空中散歩に連れ出される経験をしていれば無理もないと思う。元々掴むようにできているロックの足の方がテーセラより安定感もあるし。


「宴までには戻るので、それじゃあ一回失礼します!」

「そ、そうだな……妾も奮って宴の支度をしよう」


 ロックの羽ばたきが一層強くなり、下から見上げるウラカさん達が段々と遠ざかっていく。思ったよりも上下に揺れていて酔いそうになった。地面を見てももう怖くはないが、目が乾くので瞼を下ろす。





 手段は違えども、出掛けた時と同様に武器庫のハッチに戻ってきた俺達。テーセラは素早くエンネアに連絡を入れた。


「素体を回収してきました。調整を行うので一緒にお願いします」

「……うん、用意して、くるね……」


 そう言うとテーセラはすたすたと歩いてどこかに行ってしまう。城塞の操作やこういった作業に興味がないわけではないのだが、俺がそう提案しても「主であるレント様が気にされることではありません」と言われてしまう。

 俺はロックを連れてデッキまで戻り、炭酸水を飲んで仮眠をとることにした。昼食はまあ一回くらい抜いても平気だろう。夜に宴があることだし。

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