第10話
下へと続くボタンの矢印が光った。続けて地下一階層を示すボタンを押すと、そちらも点灯する。背後でウラカさんが小さく息を呑む音が聞こえた。
「押せ、た……!」
「押したな」
「ええ。この目で見届けました」
狭い室内は、エレベーターのボタン一つで静かに盛り上がっていた。大丈夫かどうか念のためウラカさんに確認を取る。
「……証明は、これで充分……ですかね?」
「ああ。レント殿が、真に古代ヒュペルメゲテス文明の継承者であると認めよう。ふ、我らの歴史の中でも特に祝福されるべき日になったようだ」
「掌返しが随分と早くていらっしゃるようで……」
「テーセラ!」
地上一階を表示されていた文字盤が切り替わり、チューブエレベーターが降下していく。ゆっくりと移り変わる周囲を見やりながら、俺は首が繋ぎ止められたことにほっと胸を撫で下ろした。再びエレベーターの扉が開く。俺を中央に、テーセラとウラカさんが左右に並んで地下一階層に足を踏み入れた。
武器庫は未来的でもどちらかというと無骨な印象を与えるものだった。一方、この施設──名前が分からないから以下「塔」で──は、スタイリッシュな雰囲気漂う場所で格好いい。
さて、俺が塔にやって来た最大の理由はエンネアの素体探しだ。存在しているという確証は全くないが、その点についてはテーセラが自信ありげな顔をしているので心配ないだろう。ウラカさんは施設のあちこちを観察していた。
「地下は五階まであるんだったか。探すのに時間かかりそうだなぁ。案内図とかあったら楽になるかもしれない」
「図ならある。写しに過ぎないが……参考程度にな」
ウラカさんが持っていた杖をトン、と地面に打ち付けて鳴らした。すると、杖を起点に地面に八芒星の模様が現れ、それが空中に剥がれ浮かぶようにして溶けていく。
おおっ。思わず感嘆の声が漏れた。溶けたものは宙に固定され、徐々に何らかの形が出来上がっていくのがわかった。機械のような強い光ではなく、淡い光で空中に図が描かれていく。
「魔道が珍しいか? 魔導エネルギーと電力を使っている貴殿らの方が、妾には不可思議なのだがな……。我らがいる地点がここだ」
ウラカさんはもう一度杖を鳴らす。今度は、俺達を示していると思わしき三つの点が地図上に現れた。
「突き当たりの道で二手に分かれるようになっている。左は廊下の先に広い空間が一つ、右は部屋が四つ」
「素体がありそうなのは、やっぱり倉庫っぽい左の方か。まあ結局どっちも調べるんだけど」
塔なだけあって、一階層の広さはそれほどでもなさそうだ。この分なら五階層を探索するのもそれほど苦にはならないだろう。
「なるほど。ではここはレント殿とテーセラが左、妾が右に──」
「どっちに素体があっても俺達が見つけないと始まらないんだし、一緒に行きませんか?」
俺はやや食い気味にウラカさんの言葉を遮った。言われた当人は理由も分からず当惑しているが、俺も咄嗟に制止してしまったから申し訳ない。俺以外の人間が立ち入れなかった場所だから、気にすることはないと思っている。だけどまあ、ミステリーでもホラーゲームでも、二手に分かれると宜しくないことが起きるというのは鉄板中の鉄板だ。だから一瞬焦ってしまったのだ。
「……すまない。つい先走ってしまった。貴殿の言う通りだな。三人で先に左の空間を調査しよう」
チューブエレベーターから出たところの突き当たりを左に曲がり、ブラックライトに照らされる鏡張りの廊下を先に進んだ。一直線の通路の先には上下に開くであろう大きな扉が待ち受けている。
扉は閉じられており、その横にあった開閉のタッチパネルを適当に操作してみるとすんなり開いた。
「予想通り、倉庫っぽい感じだな」
「ええ。僥倖でございますね」
何が入っているかわからないことから、並べられた棚に置かれている箱の中身を確かめられないままでいる俺をよそに、テーセラはてきぱきと片っ端から箱を開封していく。俺達はその後ろをついていった。そのうち何かを発見したらしく、テーセラの表情が綻ぶ。
「ありました。レント様、こちらをご覧ください」
プラスチックか何かの鼠色の箱を開け、テーセラが中をこちらに見せる。中には女性の体が梱包されていた。のっぺらぼうの首が付いていて、目のやり場に困るというかちょっと怖い。箱を開けてこれが出てきたらトラウマになりそうだから、自分で開けなくてよかったかもしれない。
本当に素体だ。いや素体なんだけどさ。テーセラがあまりに人間らしい質感と動きなものだから、もっと……こう、培地とか培養液でできるものなのかと思っていた。
「わたくしのものより下のグレードですが、日常生活は支障なく送れますね。これをエンネアの子機にしてしまいましょう。アペイロン・メギストスで加工と調整を行えば、すぐにでも実体を得られるでしょう」
パタンと箱を閉じ、棚から引っ張り出して小脇に抱えた。俺達の目的は早速達成してしまった。ウラカさんの目的は、探索というより俺が真に継承者なのかどうかを確かめることだった筈。どうするか訊ねると「いつでも探索はできるのだから、今でなくともいい。それよりも、この事実を同胞に伝えなければならんな」と言っていた。
「他にはどんなものがあるんだろうな」
「あまり御覧になられない方が宜しいかと。気分を良くされるものではないかもしれませんよ……?」
半ば怯えていた状態から一転、興味津々に倉庫探索をしようとする俺にテーセラが釘を刺す。そうでもないだろうと視線を巡らせると、明らかに不審な蛍光色の液体が入った容器を視界の端に捉え、テーセラの言う通りになるべく気を払わないようにした。
「レント殿が古代ヒュペルメゲテス文明を受け継ぐ者との証明がなされた以上、継承者が現れるまで遺跡の守護・監視に努めるという我らの役目も終わってしまったようなものだな。……ともあれ悲願が成就したのだ、明日の晩は盛大に祝宴を行う。是非出席して頂きたい」
そう語るウラカさんの表情は複雑だった。テーセラとエンネアもそうだったけど、俺に対しての敬意が割と過剰なんだよな。役目が終わるって、俺が死んだらその後はもう継承者が現れないってことなのか? 俺の前には誰もいなかったことは聞いているけど、最後ってわけじゃないだろうに。
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