第8話

「うわっ!」

「蛞蝓よりはまだ速いスピードで成長しておりますね。レント様」

「褒められてない……」


 テーセラに手元のライトソードを弾かれ、光の刃が出現したままころころと床に転がっていった。テーセラの脅威的な身体能力からも察せられる通り、俺は一本も取れていなかった。手加減してくれているようで怪我はしていない。

 光の束だけでどうして相手の剣を弾き飛ばせるのか……原理がわからん。いや本当になんでだ? 武器として通用するのは熱を放っているからみたいだけど。


 俺が落ちたライトソードを拾いに行こうとすると、いつの間にやらテーセラの手にあり、微笑みながら手渡してきた。それくらいは自分で拾うのに。


「ではもう一度。体力の続く限り鍛錬いたしましょうね」

「分かってる。……いくよ」


 レイピアのように切っ先を向けてくるテーセラに対し、俺は中学の頃にほんのちょっとだけやった剣道の要領で中段から上に振りかぶり、テーセラに振り下ろした。しかし、テーセラは手首のほんの僅かな動きでそれを返す。思わず取り落としたところで、俺の得物は空中でキャッチされた。


「聞きかじり程度の知識でわたくしに対峙できるとお思いですか? わたくしがお教えした通りに剣を振るってくださいませ。集中力が切れてしまっているようですね。あと数本打ち合ったら休憩と致しましょう」


 テーセラはどうやら体を動かすことが好きなようだ。楽しそうにしている。普段より言葉は滅茶苦茶に辛辣だけど理不尽なことは言ってこないし、しっかり休憩もさせてくれる。

 俺は連日の鍛錬であらぬところが筋肉痛になっていた。少しは体力が付いていたらいいなと思っているが、まだそんな気はしない。


 ロックはライトソードが怖いらしく、デッキの隅で小さく(といってもやはり大きい)なっていた。そんなロックの傍に腰を下ろし、手触りの良い頭の羽毛を撫でる。するとロックも気持ちいいのか、首の下も撫でて欲しそうに目を閉じている。



 俺がライトソードの技術をゆっくりながらも向上させている最中にも、幾つかの革新があった。

 デザートなどはエンネアのお陰でバリエーションを増し、常用食とフルーツを使ったものが色々と味わえる。それに伴ってフルーツの栽培スペースを拡張したらしい。ロックが産んでくれる卵で玉子スープやオムレツもできるようになった。野菜もあり、肉は島がなかなか見つからないのでまだだが魚も食卓に並ぶようになっていた。



「そろそろ再開するか! あーエンネア、到着まではあとどれくらいかかる?」

「……あんまり進んでは……いないのですが……二週間くらい、です……」


 休憩の度にどれくらい進んだか訊ねている気がする。エンネアは都度困ったように答えてくれるが、前回の時とほとんど答えは変わらなかった。


 チェスや将棋や人生ゲームでこてんぱんにぶちのめされ、ライトソードでも散々にやられている。美少女とやるボードゲームは楽しいし、剣術も新鮮で面白い。楽しんでいる……楽しんでいる、が頭も体も休まない。頭をからっぽにしてぼんやり眺めていられるインターネットがないからな。最初の方は非日常感に心を躍らせていた。だがそれが日常なっていくにつれ、退屈を感じてきたということだ。よくある異世界転生にあるような、明日の生活も知れぬ暮らしをしているわけでもなく、雪で一晩足止めを食らった夜行バスのような気分である。もちろん、夜行バスよりはずっと楽しめる環境にあるけど。


 俺は勢いをつけて立ち上がると、最後にロックの頭を一撫で。デッキの開けたところまで歩き、練習用ライトソードの電源をカチリと押した。テーセラから教えられたとおりに構える。テーセラは「ほんの少しだけ……レベルを上げてもよろしいですか?」と愉快そうに笑う。一旦休憩してリフレッシュしたら、俺への評価が上方修正されたらしい。






「……レント、様……到着、致しました……。遺構が眠る浮島です………」


 二週間後。エンネアが告げた予定ときっかり同じ時刻に到着を告げられる。意味もなくぶんぶんとライトソードを振り回しながら広い廊下を駆けずり回っていた俺は、エンネアからの放送を耳にした途端Uターンしてデッキに戻った。


 俺のライトソード剣術は順調に上達している。そりゃそうか。マンツーマンでみっちり朝から晩まで教えてもらっているんだし。授業とか習い事とは違う。三日前くらいから急に振り方がわかるようになった。一向にテーセラには敵わないものの、レベルは最初の方より引き上げられているように感じる。



 デッキに駆け込んだ俺は窓ガラスに顔を近づけ、浮島の様子をできるだけ伺おうとする。上から見る限りでは、普通の島に見えるな。鬱蒼とした森林に覆われていてよく見えないものの、島の中央に銀色の塔があるのがわかる。鏡のように景色を反射し、怪しい施設のような雰囲気だ。


「結界に探知されていることも考え、着陸はせずにこの距離を保っております。上空から小型無人機で偵察をしております故、しばしお待ちを」


 いつの間にか背後に立っていたテーセラが俺の左側から囁いてきた。来たばかりの頃なら跳び上がって驚いていたかもしれないが、もうこれくらいのことでは驚かないぞ。


「着陸しないのに、どうやって島に突入するんだ? ティルトローター機は着陸できるスペースなさそうだし。あー……テーセラのことだからスカイダイビングかバンジージャンプか……」

「そんな! わたくしはそんなこと致しませ…………致しますね。良いアイデアを頂きました。心よりお礼申し上げます」


 今のは完全に藪蛇だった。心の中で頭を抱える俺の前で、うんうんと頷きながら喜ぶテーセラ。


「いえ、今回は冗談でございますよ。降下中に弓やら魔道の弾やらでレント様が蜂の巣にされることを考えた結果、そうは致しません。トリシステの時と同様にわたくしが抱えて突入するか、或いはロックに掴んで降り立つかといったところですね」

「狙われるかもしれないってことだろ? テーセラとロックは攻撃されても平気なのかってところが気になるんだよな。二人とも大切な仲間なわけだから」

「ロックはたかが鳥でございますので、掴みながらの応戦は不可能でしょう。わたくしなら無論、対応可能です。そういった点であれば、わたくしが適任でしょう。多少の破損であれば補修も容易です」

「わかった。任せるよ」


 こうしてテーセラに抱えられて降りることに決定した。アペイロン・メギストスから降りる地点は武器庫から。暫しの準備時間の後、武器庫の扉の前に集合した。



「……では、ハッチを……開きます。三、二、一……」


 エンネアのカウントでハッチがゆっくりと開かれる。人が降りるためのものではなく、武器庫に格納されている機体のためのものだ。気圧の差で吹っ飛ばされることはなかったものの、近寄って除き込む勇気はなかった。


「宜しいですね?」

「ああ……」


 ひょいと抱えられた俺は、ごくりと唾を呑んだ。任せてはいても、二度されたきりのことなのだから慣れているわけがない。


「では、参りますよ」


 軽い足音を立ててテーセラはハッチに飛び込み、その風圧に俺は咄嗟に目を閉じた。


 

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