第7話
「ギュー」
「秒速で馴染んでるな」
「存分に役に立ってもらいましょう。できなければローストロックバードハーブ添えにして、晩餐のメインディッシュとして配膳しますよ」
ロックは連れて帰ったその日のうちにデッキのソファでくつろぎ、俺のクッション代わりになってくれていた。ふかふかとしていて心地よく、まるで天然の羽毛布団である。
「ちょっと、物騒なのは無しで!」
「かしこまりました」
晩御飯に出すなどとテーセラが脅すので、あわてて止める。俺の中では、家畜というよりすっかりペット扱いになっていた。
「毎朝卵を産むそうなので、明日からは卵料理も調理可能です。獲物を捕りに向かわせることで、肉類も一応はお出しできるかと存じます」
「ギェ!」
ロックは力強く頷いた。テーセラの言葉を完全に理解している様子だ。テーセラがロックに話しかける時には現地の言葉を使っているのだが、俺の日本語もどことなく分かっているように見える。言葉そのものというよりも語気などを感じ取っているのだろうか。
「……リソース回収完了、です……前回よりも長く時間を割いたので、リソースの貯蓄も、できました……いつでも出発可能です……」
チョコミント味のアイスクリームを食べながらロックを撫でていると、エンネアの声が響いた。次の目的地、即ちアペイロン・メギストス以外の遺構。遺構探し、遺産探し。宝探しのような気分になって俺の心も躍る。物見遊山気分で申し訳ないけど。
「えっと……ネアの計算では……大海原を漂流する浮島に、最寄りの遺構があると……」
「漂う孤島か! いいね」
浮島に遺構があるということは、浮島は古代文明とは関係なしにただただ漂っているのか。それもそれで興味深い。
まもなく出発らしい。折角なので、海中から空中に出るところを見せてもらおう。
動き出した。滑るような動きに面食らう。窓の外の風景がみるみるうちに海底から海中へ、そして海上へと変わっていった。飛行機や船のような揺れや振動は一切ない。室内の気圧の変化故か、耳の奥に違和を感じたので唾を飲み込んだ。
青い海面と、トリシステの色鮮やかな街並みがどんどん遠ざかっていく。城塞が上昇しているというよりも、景色の方が下に下がっていくような……そんな感覚だった。
「いかがですか? アペイロン・メギストスは移動の為に設計・建造された城塞ですから、快適でございましょう?」
「ああ。技術を感じたな。良い意味で現実味がないというかなんというか」
尚も小さくなる街を見ながら、ふと思った。海上に位置するであろう浮島を探すのに高度を上げる必要があるのかと問えば、浮島に張られているかもしれない結界に探知されないようにするためなんだそう。
「つまり……人がいるってこと?」
「その通りでございます。魔道の力は古代人の生み出したものではないことはご存知でしょう。此度の浮島の規模を鑑みると人間か、それに類する人類がいる可能性も考えられます。国家ほどの脅威ではありませんが、警戒しておいて損はありません」
国家ほどの脅威って。過去に戦ったことでもあるかのような口ぶりだな。
「実際、交戦したこともあります。衰退したものの現在でも存在する地下組織──『反古代文明連合』が、革命で政権を奪取した際に宣戦布告を仕掛けてきました。それからこの世界の一大宗教である『教会』は、今日に至るまで宗教国家としての体を保ち続け、我らを聖絶しようと鼻息を荒くしています。それら国家は過去複数回我らに戦いを挑み、都度悉く撃退に成功しております」
「なるほど……」
わからん。訊ねられるまでもなくわからないだろうと判じたのか、テーセラはそのまま解説を始めた。
「僭越ながら説明をさせていただきます。『反古代文明連合』とは、未だ古代ヒュペルメギテス文明の残滓にしがみ着く社会を否定し、魔道を軸に置いた文明の樹立を目指す組織のことです。知識階級を中心に広まりましたが、庶民に受け入れられずに革命成功後間もなく分裂。離散後は政治テロリスト集団として認定され下火となりました。『教会』の方は、教えに古代ヒュペルメギテス文明が記載されていない──教会成立当時は遺構が発見されていなかったので──ことに目を付け、名目上は創造主に逆らう悪の使徒を討伐すると宣っています。真の目的は遺産を手に入れて強大な軍事力を得ることのようですね」
敵が多いんだな。政治的思想で狙ってきたり、遺産目当てだったり。教会が一大宗教だというなら、結界のことと併せて街を闊歩していてもいいものなのか? と思ったら反古代文明連合の思想と同じく、平民には全くと言っていいほど伝播していない教えらしい。
閑話休題。警戒はいつだって必要だ。それは心に留めつつ一旦置いておくとして。
「島に人がいるかもしれないって考えたら、期待も膨らむな」
「トリシステにも人間は大勢おりましたが……違うのですか?」
それはそうだ。が、違う。
「古代の遺跡が遺された漂う島……遺跡と共に暮らす排他的な謎の人々……冒険の醍醐味だろう」
「仰る通りです。もしもレント様の御身に危険が及ぶようなことがございましたら、現地住民はわたくしが老若男女問わずに一人も残さず斬って捨てて御覧に入れますので、どうかご安心を」
「できたら友好的にいきたいものだけどね。あんまり血腥いのは俺が困るって」
「実にお優しいことで……」
素直に返事をくれるロックと違い、テーセラは毎度含みのある言い方をする。たぶん納得してくれていない。強制させるのも嫌だし、島の人達が殺意全開で向かってこられたらなりふり構っていられないのも事実だ。俺だって慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら惨殺されたくはない。
「わたくしの優先順位は第一にレント様、第二にエンネア含めアペイロン・メギストス、第三に古代ヒュペルメギテス文明の遺産、第四第五はわたくしやロックなどレント様の所有物。これらの順位は未来永劫変動いたしません。その他の有象無象に関してはレント様のご意向に添いたくはありますが……力及ばず添えない時もございます」
「わかった。無理言ってごめん」
でも、俺のことを気遣ってくれているのは本心からだと思う。現代日本の常識やら、良心──そういったものが通じないこともあるわけで、押し通そうとするのは俺の我儘だ。
「リソース回収のように最寄りならどこでも良いというわけではありませんので、少々日数がかかると思われます。それまではライトソードの修練を積みながら…………ボードゲームでも致しますか」
数ヶ月はかかるらしい……なんで最後ボードゲーム?
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