第6話
「えれえ別嬪さんだな。それに凄い身体能力だ」
「どこか、大手の劇団にでも入っているんじゃないのかね」
「男舞なんかな? 見たことのない踊りに見えるよ」
テーセラの踊りに人が集まり、ちょっとした人だかりになっていた。観衆が興奮した頃に、俺が袋に硬貨を集めて回る。
確かにテーセラの踊りは素人目にもわかるほど見事だった。アクロバティックかつダイナミックな動き、戦闘型自律機構はそんなこともできるのかと見入ってしまう。音楽も華美な衣装もないのに、こうやって金を集められるのだから大したものだろう。
エンネアがリソースの再回収に勤しんでくれている間、俺とテーセラは再び街に繰り出して現地通貨を集めることにしていた。俺の食事代を稼ぐためだ。貨幣の価値はわからないものの、一食分を支払った硬貨がずっしりと袋に入っていた。
「さて、これくらいで今日のところは切り上げましょう。そこそこ稼げましたので。また食事をされるのも構いませんし、食料を買うのも良いでしょう。安定した食料供給体制のため、家畜を買われても宜しいかと存じます」
「家畜か。将来的なことを考えたらいいよね」
「では売っている場所にでも行きましょうか」
俺の知らない間にテーセラはどこに何があるのか把握済みだった。ごちゃついた街の、煙やら野菜やらが混ざったオーニングの下で手を引かれながら人混みをかき分ける。並ぶ商店の間、外に鶏の入った籠や豚の入った柵がある店を発見した。この店で間違いないだろう。
「……らっしゃい」
店主と思われる中年の男が掃除をしていた。狭い店内にはツンとした獣臭さが漂い、動物や鳥の鳴き声が時折けたたましく響く。例えるなら、動物園の臭いをもっと強くした感じだ。店の外側に置かれていた柵の中にいる子豚を覗き込むと、餌が貰えると思ったのか俺の方に寄ってくる。
「かわいいな……殺して食うの、なんだか忍びない」
「生命あるもの、いずれは死にます。気に病まれることはないでしょう。直接手を下すのはレント様ではなく、わたくしなのですから」
テーセラの言葉は棘があるもののあまりにも正論だった。結局俺がここで食わなくても、誰かに食われる。生きているとはそういうことなんだから。
「異国の貴族様の坊ちゃんかなんかなのかい? こんなとこで家畜を買うだなんて酔狂なもんだな。従者の嬢ちゃんもご主人様に対して辛辣だけどよ、まあその通りだぜ。買うのはやめといて、うちに帰んな……と言いたいところだが、俺も商売人なんでな。卵を産むこいつなんかどうだ?」
頭にバンダナを巻いた商人の男が指さしたのは、店の奥にある頑丈な檻の中で蹲っている、駝鳥よりも大きな鷲のような鳥だった。その鋭い眼光に思わず後退りする。
「ロック鳥ですね。非常に強い生命力と繁殖力を持つ巨鳥。家畜には不適だったはずですが、何故主様に勧めるのですか?」
ロック鳥、ファンタジーで聞いたことがあるような気もする。象を掴んで飛べるとかそんな鳥だった。テーセラはやや冷ややかな声色で商人に詰め寄る。
「やけに詳しい従者だな。こいつは南方から仕入れた品でな。成長しきってはいないが、もう卵を産む。家畜には言う通り不向きだが──」
テーセラはロック鳥の方に近寄る。檻越しだし、テーセラが強いことが分かっていても大丈夫なのか不安になった。
「──強者が理解できるんだ。大人しくなっているだろう?」
強者が分かるという言葉通り、ロック鳥は俺や商人に対するような目付きをすることなく、座ったままテーセラを見つめている。賢いものだな。そもそもこの商人もテーセラが強いってよく分かるな。
「べらぼうに食費が嵩むしはっきしいって売れ残りなんでな。こいつは安くでやるさ。賢いもんだぞ……うまく躾ければ、自分で食事を取って来たりもする──そういう触れ込みさ」
普通に考えたら買わない。俺も買わない。だが、テーセラが欲しがっていることはわかる。俺の方を向いてカチカチ嘴を鳴らしていたロック鳥も、なんだかテーセラに買われたがっているような気がするのは人間のエゴだろうか。
「レント様……主様」
「お金が足りたらいいよ。但し、世話はテーセラ持ちで。俺には敵対心剥きだしだから」
「もとよりそのつもりでございます。お許しいただき恐悦至極に存じます」
幸いにも、値段の方はなんとか足りるくらいだった。テーセラが稼いでくれた金だから俺が口出すのも気が乗らなかったのだ。
「買ってくれてありがとうな。つがいが欲しくなったら、また俺んところに来ると良い」
店主に見送られて、頑丈な鎖に繋がれたロック鳥とともに店を出る。道行く人の好機の視線が俺達に突き刺さった。ロック鳥は俺に再び嘴を鳴らそうとしてきたが、テーセラがその前に牽制をかける。
「こちらは我らの主様であらせられるお方、レント様です。少しでも悪意を見せようものなら、即座に首を斬り落とします。いいですね」
本当に実行しそうな殺気をロック鳥に向けると、ロック鳥はすぐに威嚇をやめて静かになった。完全に主従関係が出来上がっている。試しに近付いて頭を撫でても腕が噛み千切られるといったこともない。羽毛のつるつるとした触感が気持ち良かった。
「名前どうしよう」
「家畜に名前が必要ですか?」
「呼びやすい方がよくない? まあ俺にネーミングセンスなんて欠片もないんだけどね。ロックとか安直なのになるよ」
「ギェアー!」
ロックと口に出すと、ロック鳥が翼を広げて返事をした。おい嘘だろう。もう一度呼んでみる。
「ロック」
「ギュイ!」
「ロック」
「ギェーア!」
同様の返事が返ってきた。適当に口に出したらそれで定着してしまったらしい。もっと格好いい名前にしたかったんだけど、思いつかないしいいか。
「ロック鳥の餌って何?」
「雑食ですので、なんでも食べます。常用食に加え、魚を与えるのでよろしいでしょう」
「常用食便利だな……」
新たな仲間を加え、俺達はアペイロン・メギストスに戻る。ロックは自力で飛んで崖下に降りていた。
「ロック鳥!? ……卵用、ですか……一回お風呂、お願いしますね……」
エンネアには困惑された。ロックは触ろうとしてもすり抜けてしまうエンネアが不思議で仕方がないようだったが、もう敵愾心は感じられなかった。こうしていると意外にかわいい。
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