第5話

 エンネアが想定外にリソースの魔導エネルギーを消費してしまったため、一日で終わる予定だったトリシステ近郊への滞在は延長される見込みとなった。

 アイスクリームを食べたり、今後について話し合ったりしていたら俺の目はすっかり冴えてしまっていた。やることも見つからず、ソファに寝転がったままの姿勢でぼうっとしていたが、寝るには早い時刻なのでテーセラに質問を投げかける。


「次はさ、テーセラが至上命題って言ってた他の遺構を探しに行くっていうことでいいんだよね?」

「そうご命令して頂けると幸いです。アペイロン・メギストスにも備え付けられている発信機に信号を送り、返ってきた信号の元へエンネアが不眠不休で城塞を動かします故。まあ自律機構には休む必要など全くないのですが。わたくしも夜中などはメンテナンス作業にあたっております」


 大体予想はついていたことだけど、他の遺構を探す作業はスパンの長い話のようだ。エンネアからホログラム状の地球儀として見せてもらったこの世界は地球によく似ている。俺が召喚された場所は上空で、朝起きた時は海底だったのだから、かなりのスピードで飛行あるいは航行していることを鑑みると、発見するのは相当困難なのではなかろうか。


「いえ。時間は数週間から数か月単位でかかりますが、困難というわけではありません。我らも一度、空中をさ迷っていた施設を発見し、アペイロン・メギストス内に組み入れたことがあります」

「そうなんだ。どこの施設?」

「武器庫にございます」


 ああ。武器庫か。リソース消費を抑えたいからと、昨日は見せてくれなかったところ。今も魔導エネルギーに余裕がないらしいし、今日は厳しいかな。


「雲の上から海底まで移動するわけではありませんので、ご心配には及びません。ええ、昨日お伝えしていた通り武器庫をご案内致しましょう」


 テーセラの後について、城塞の後方にあるらしい武器庫へ向かう。明らかにアペイロン・メギストスとは雰囲気の違う、未来的な八角形の廊下と扉があり、そこが武器庫であるらしかった。


 室内はいかにも倉庫といった様子で天井が高く、ひんやりとしている。入って最初に、不釣り合いなほど大口径の大砲が搭載されている機械を発見した。これが戦闘機……とは考え辛い。空を飛んだり海を泳いだりするのには無理のある形状だろう。

 テーセラはその兵器のようなものに早足で近寄ると、嬉々として語り始める。


「使い手の数が圧倒的に足りないのですけれど、こちらが電磁投射砲搭載戦闘機体『パノプリアミカニ・オミクロン』でございます。レールガンの口径をとにかく巨大にすることだけを考えて設計された結果、俊敏性と製造コストが犠牲になりました」


 なんてものを造っていたんだ。パンジャンドラムや列車砲にも通じる意味不明さ。最高じゃないか。古代文明の人もわかっているな。遠隔操作で動かせるらしい。続けてテーセラが指さしたのは、人型をしたロボット──アニメでも度々見かけるやつだ──だった。さっきのは一つだけ置いてあったのが、これは同じ形のものが幾つも並んでいる。


「こちらは人型可変搭乗型飛行戦闘機体『パノプリアミカニ・エータ』でございます。先程のものとは違って量産機で、パイロットが操縦するものとなっております。脚部が付いておりますが、特に意味などはない飾りです。また、オミクロンを中心に合体して超巨大ロボに変形することもできます。物理攻撃の重さが上がる以外の意味はありませんが」


 人型なんとか機体か。意味が無いこと多くない? というかそれ以前の問題を発見してしまった。


「乗る人がいないな。パイロットがいなくても動かせたりする?」

「自動操縦では浪漫に欠けると考えられた古代ヒュペルメゲテス文明の方々が、手動操縦専用に設計されました。なので、ええ。動かせません」

「極端だな。それじゃあ俺とテーセラ合わせて二機しか動かせないってことか。エンネアとか他の自律機構を乗せられたらこのいっぱいあるやつも使い道があると思うんだ」


 俺の素人アイデア的には名案だと思ったんだけど、テーセラは難しい顔をした。


「そもそもわたくしのように、人間と同じ姿をした自律機構が少ないのです。多くはエンネアと同様、システムに組み込まれております。素体というのは本来、わたくし達戦闘型が破損した場合の交換パーツですから。素体の製造コストを考えれば、破損のおそれが大きい人型可変搭乗型飛行戦闘機体の運用は現実に即していないのです。下界の人々を乗せることもできますが、情報漏洩のリスクを考えると……」

「そうか……それだったら難しいのかあ。まあこれといって倒す相手がいるわけでもないし、仕方ない」


 総員、出撃! と声を張り上げる未来を思い浮かべ、いやいやそんな物語みたいにはいかないだろうと頭を振る。練習も必要だろうし、死んだりする危険性もあるだろう。戦って死ぬ以前に、これは空を飛ぶ機械なのだ。死因が操作ミスは嫌だな。


 他にも大型の砲やら無人戦闘機やらを大量に見せてもらった。当初は面白そうだと思っていたが、一つわかったことがある。これらは玩具ではない。兵器なんだからそれはそうなのだが、どちらかというとコスト面のことを理解した感じだ。運用する大変をテーセラは語っていた。




 デッキに戻った俺は、再び暇な時間を迎えた。何をするにせよ、気楽に、気軽にできることは俺が思っていたよりもずっと少なそうだ。


「地球は娯楽に満ち満ちた惑星だってことがよぉくわかるよ」

「これからこの世界を娯楽で満たせばよろしいかと存じます。それに、娯楽より先にすべき修行があるのでは?」


 そう言ってテーセラは筒状の物体を手渡してくる。俺が寝室に置いたままにしていたライトソードである。違うんだ。やる気はあるんだ。ただ街に行くなら要らないだろうと判断して置いて行ったんだ。俺はどこも間違えていないはずだ。

 テーセラは酷薄ともとれるいつもの笑みを浮かべた。


「やると宣言したからには、当然最後までやり遂げられますよね? レント様が有言不実行なお方ではないと、わたくしは強く信じておりますよ」

「いやもう全くその通りです」


 俺はライトソードのボタンを押し、光の刃を生み出してそれっぽく構える。やるか、修行。召喚されたばかりの時のように優雅に一礼するテーセラ。谷間からライトソードを出すと、西洋剣術に似た洗練された動きをとった。


「いつでもお相手いたします」

「……いいなぁ……ネアも、戦いたいです……」

「エンネアは最終奥義で反物質爆弾を出せるからいいじゃないですか」

「素体見つけるから、それまでごめん!」


 いつの間にやら姿を現していたエンネアが、俺の修行の様子を宙に浮かびながら見つめていた。

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