第4話

「なんか半日で一生分疲れた気がする」

「古代ヒュペルメゲテス文明らしい表現方法でございますね。わたくし、感動のあまり泣きそうです」


 潮風を浴びた体を洗い、テーセラから渡された部屋着を着てデッキのソファに寝転がる。

 寿命が縮まりそうな体験を二度もしたからか、言葉も通じない異世界の街に行ってきたからか、まだ昼過ぎだというのにもう疲れきって瞼が落ちかけていた。


「食事については進展なし──食べられただけで進展っちゃ進展か」

「レント様……お食事について、あの……」


 急に目の前にエンネアが映し出され、俺は体を跳ねさせた。


「……お借りしたスマートフォン、で調べたんです……それで、試作品ができました…………ので……」


 ちょっと待て。聞き捨てならない台詞があったぞ。調べるとは一体。

 俺の疑問をよそに、エンネアはテーセラに目配せした。以心伝心。テーセラは頷き、円形のバーカウンターの下から金属の器と流線形の機械を取り出してボタンを幾つか押す。すると、原理は不明だが器に白く丸いデザートが出てくる。


「アイスクリーム、だよね! うわ。美味しそう」

「常用食と氷でアレンジしてみました……お口に合うのか、不安です」


 あのどろどろした飲み物が常用食というらしい。ソフトクリームのように巻いたものではなく、掬うやつ(残念ながら名前が出てこなかった)で盛られたような形をしている。

 試作品を紹介するエンネアは、ほんの少しだけ普段より流暢に喋っていた。出掛ける前にタッチパネルを操作していたように、こういうことは得意なんだろうな。

 テーセラがアイスクリームと一緒に持ってきたスプーンで、一口分を掬って口に運ぶ。


「……!? 普段食ってたアイスの数億倍は美味いぞこれ」

「よしっ。……あ、失礼、いたしました…………」

「大丈夫大丈夫。そんな感じで話してくれていいよ」

「…………はい……」


 コクがあってしっかり甘いが、後味はすっきりとしていてくどくない。高級アイスの味だ。これがあの常用食から?


 甘いとは思っていたけど、こんな風にアイスにできるなら飽きもなかなか来なさそうだ。常用食がこんな形になるなら、生地にしてパンケーキを作ったりできるんじゃないか? 植物園のフルーツと併せれば、甘味問題は一気に解決に傾きそうだ。


「グッドジョブですよ、エンネア」

「テーセラも……うう、ちょっと羨ましいなぁ……」


 テーセラも匙を持ってアイスクリームを勝手に食べ始めている。一緒に食べようと言ったら早速これである。……心なしか段々遠慮がなくなってきているような。

 エンネアは羨ましげにテーセラの様子を眺めていた。なんとかならないものかな。テーセラには実体があって食事も摂れるんだから、エンネアにもあったら行動の幅が広がりそうなのに。


「エンネアにも実体があったらいいんだけどね」

「……あまり申し上げたくはないのですが、自律機構の素体を入手するには城塞運用とはまた別のリソースが必要でございまして……同様の遺構に保存されているかどうかの賭けなのです。本体がアペイロン・メギストス城塞そのものであるエンネアにとっては優先順位はかなり下の方でありますから、そのようなことは今の今まで気にしたこともなく」


 またリソース回収か。他の遺構に補完されているらしいから、それを探しに行くのもいいかもしれないな。


「当初の目的だったリソース回収についてはどうなってるんだったっけ」

「概ね……完了しました……」

「再度の回収が必要となりますが、レント様の帰還も可能となりました。元の世界に帰還されますか?」


 そうだった。この回収作業は城塞運用を兼ねてはいたけど、俺が元の世界に戻るためのものなんだった。

 帰るか、帰らないか。個人的にはまだこっちに居たいと思っている。もちろん元の世界に友達はいたけど、俺が突然いなくなったところで気にするのは数人、それも時間がたてばあっさり忘れられるだろう。独りぼっちなわけじゃないし、インターネットが無いことを除けば環境だって最高だ。


「あー……今はいいかな。なんかいつでも帰れるってなったら、安心してまだ長居していたくなる。もちろん迷惑なら帰るけど。やりたいことが段々出てきたからさ」

「我らは主様……レント様のために存在しております故、迷惑などとは露ほどにも思っておりません。して、やりたいこととは何なのか伺っても?」


 ここに居てもいいならと、指を折って話す。

 

「まず、前から言っている通り食事だな。甘いもの系は常用食でなんとかなりそうな気がするから塩味系のが欲しかったりする。次に、 他の遺構を見つけたい。エンネアも実体があった方がいいだろうし。最後に、結構楽しめたからまた街に行きたいんだよ。いや最後って言ったのは嘘! なんでアイスクリーム調べられたっ」


「一つひとつお答えしていきましょう。甘味はエンネアがさらに改良とレパートリー追加を重ねる予定です。塩は海水から製造できますので、そのように。野菜や魚介、肉などの入手については下界の街で入手。魚介類と野菜の確保と増産は容易でしょうが、現時点では畜産を行う設備がございません。遺構の探索は現時点での至上命題といえます。設備の素材確保および他の自律機構の発見が必要な状況です。街にはいつでもお好きな時に向かわれたらよろしいかと。そして、アイスクリームの件に関しては……エンネア」


 どういうことなのですか、と咎めるようなテーセラの視線を受け、エンネアは恥ずかしそうに目を逸らして手をもじもじさせた。


「……異世界召喚の応用で、レント様の部屋から一時的に調べ物などをできるようにして、その時に…………リソース──つまり地脈から得られる魔導エネルギーはその……それなりに使って、しまったのです……が……」

「エンネアって冷静に凄くないか!? 古代ヒュなんとかゲロス文明の技術力恐るべし、といったところだな!」

「古代ヒュペルメゲテス文明でございますね」


 つまり小規模な異世界召喚ってことか。ずっと調べられたら便利なんだけど、魔導エネルギーの消耗が激しいなら厳しいみたいだな。


「あまりにも資源の不足する期間が短くなると、それは少々問題ではあるのですが……」

「ん、回収作業をすることに、何か問題があったりする?」


 リソース回収、QOLを上げてまた回収。なんだか街作りゲームのようだ。半ば永久機関として機能していた城塞に俺がやって来てしまったことで、そのスパンが短くなっていることが申し訳なくはある。彼女達は今まで一度もここの外に出たことがなかったというのに。

 都度補給をすれば問題ないんじゃないのか? と思ったら実は結界に探知されてしまうリスクがあるそうだ。結界とは何ぞや。おおよそ予想はつくが。


「街に張る程度の結界は、検問箇所以外からの不審な侵入を察知します。アペイロン・メギストスのように文明水準と釣り合わない規模の船が侵入すればかなりの騒ぎになるでしょう」


 アペイロン・メギストスは魔道の術の攻撃には対処できるが、見えにくくする以外の探知阻害は理論上可能ではあるものの規模的にほぼ不可能らしい。ということは、この場所は平気なのだろうか。


「実を言えば、賭けでした。とはいえトリシステ程度の規模では、街の外側まで覆うような結界は張られていないと見越しまして。的中していて幸いでした」

「そうだったの!? できれば危ない橋は渡らないで欲しかったりする」

「申し訳ございません。以後そのように致します」


 こうは言ったけど、たぶん今の社会にとって俺達は異物だ。ずっと引きこもって、人里離れた場所でリソース回収だけを行い続けるのも悪くない。だけど俺はそうするつもりじゃないし、俺が寿命で死ぬまで延々とそんなことを続けていて、彼女達がそれで納得するのかも分からない。ずっとずっと、永い間待ち続けていたらしい古代文明の継承者──もちろんテーセラの詭弁であることも考えられるが、エンネアが嘘をつくとはどうにも思えなかった──に彼女達は何を求めているのか。

 それがあるのなら、応えてあげたいとは思う。でも昨日召喚されたばかりでは些か時期尚早だと考え、俺は何も訊かなかった。

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