第2話

 アペイロン・メギストスは滅茶苦茶広かった。俺が召喚されたデッキのほかに大浴場、やたら数の多いトイレ、植物園、複数の寝室、その他用途不明の空間が無数に存在していた。本当に二人で管理していたのか不思議に思うくらいだ。

 異世界というので中世から近世がごちゃ混ぜになったような世界観なのだと思っていたが、アペイロン・メギストスはどちらかというと古代ギリシャと近未来を融合させたような雰囲気をしている。遺構の外、つまりテーセラのいう「下界」ではおおよそ俺の思う異世界感で合っているらしい。


 デッキ近くにある円形のカウンター席でテーセラに正体不明の飲み物を出して貰った。どろりとしていて、練乳を薄めたような味がする。植物園に植わっているフルーツ類を除くと、食事はこれしかないらしい。不味くはない。寧ろ美味しい。けどこれだけというのは一瞬で飽きるだろう。食料のバリエーション確保も必要そうだな。


「俺含めて三人、エンネアは映像だから実質二人なのに部屋数めっちゃあるな」

「まったくもってその通りでございますが、大は小を兼ねますから。部屋数は多ければ多いほど良いものです。武器格納庫などもありますが、資源不足の現状でお見せしても仕方がないものばかりですので、また後日」

「一応訊くけど、武器格納庫には何が?」

「変形可能な戦闘機や、フェーズドアレイ式レーザー武器などがございます」


 男の子ってこういうのが好きなんでしょう? とばかりに自信満々で答えてくるテーセラ。当たっている。武器格納庫には、いかにも浪漫が詰まっていそうだ。


「リソース回収って具体的にどうやってやるんだ? 下界の様子とか気になるから俺も行ってみたいんだけど。迷惑なら別に大丈夫だよ」

「迷惑などと。エンネアが城塞からパイプを地脈に接続させ回収を行うので、その間にわたくしと主様が下界に向かえばよろしいかと。わたくしは下界に赴いたことなどございませんが、一通りの知識は有しておりますよ。それに」


 テーセラはおもむろに胸の間に手を入れると、棒状の武器を取り出した。そして武器のスイッチをカチリと押す。テーセラの髪と同じ色の光刃が、剣のように起動した。実際目の前で見ると凄いな。


「わたくしは戦闘タイプですので、戦闘も一通り可能です。下界には魔道なる術がありますが、それらを斬ることもできます」


 やはり剣と魔法のファンタジーなのか。早く行ってみたい。テーセラの話によると、明日の昼頃にはリソース回収地点まで辿り着くらしい。


「俺もそれ欲しいんだけど……」

「うっかり腕を切り落とされては大変ですので、できかねます。練習用のライトソードならありますので、そちらで練習してからどうぞ」


 胸の間からもう一本先ほどの武器──ライトソードというのか、まんまだな──を取り出して手渡された。胸の隙間の収納力はどうなっているんだ?

 起動してみると、黒色の光芒が現れた。いや、黒色の光ではおかしいので脳がそう認識しているだけなのだろうが。光っているように見える。格好いいな。


「髪色対応です。特に意味などはございません。触っていただいても、少々暖かい程度ですから安全ですよ。そちらを自在に扱えるようになったら、わたくしのと同様の高出力のものをお渡ししますから」

 

 本当だ。触っても暖かいくらいである。つまり武器としては全く役に立たないということだが、いきなり真剣では危ないから模擬刀で練習するのと同じことだ。



 数多くある寝室の中で、迷ったら大変なので一番デッキに近い場所を選んだ。俺の部屋の五倍は広く、バスタブはないがシャワーも付いている。ベッドも大きいし寝心地が良い。

 早くも眠気が襲ってくる。自分の順応性の高さに内心苦笑いしながら、俺は眠りにつくのだった。






 目が覚める。昨日の出来事は夢ではなく、目に映るのは最後に眠った寝室の天井だった。いつもの習慣で枕元の携帯電話に手を伸ばすと、表示された時間は午前九時。言うまでもなく圏外表示だが、充電の残りはまだしばらくあるから時計としては使えそうだ。今日の昼には下界に行けるというのだから、それが楽しみである。


 デッキに出ると、昨日とは様変わりしていた。

 召喚された時は外に雲海が広がっていたが、今は白砂の広がる明るい海底だった。魚の姿がちらほらと見え、波模様が床の大理石に反射して綺麗だ。ここがリソース回収地点ということなのだろうか。

 そのまま外界に繋がっているとばかり思いこんでいた石柱の外側には窓があったらしい。冷静に考えてみれば雲の上なのに快適で、外に吹っ飛ばされないで済んでいる時点で窓ガラスがあるのは当然ともいえる。


「おはようございます、レント様。朝食は昨日と同じものですが。ストロベリー風味です」

「……おはよう、ございます…………レント、様……」

「おはよう」


 デッキには既にテーセラとエンネアがいた。薄ピンク色をした謎の飲み物はイチゴ味だった。昨日の練乳味よりもいける。

 エンネアは空中をふよふよと飛ぶように浮遊し、何かの設定を行っている様子だった。テーセラは俺の服装を見て一言。


「レント様。無礼を承知で申し上げますが、そちらのお召し物は部屋着であるとお見受けしました。もしよろしかったら着替えなど……」

「あ。そっか」


 俺の格好は、召喚時に着ていた中学校のジャージのままだ。あちこちほつれている上に丈が足りておらず、見た目はかなり悪い。そして裸足だ。これで外出する訳にはいかない。


「じゃあ、頼んだ。できるだけ、外に出た時に浮かないのがあったらいいな」

「かしこまりました」


 そう言うと、テーセラは滑るようにして高速で歩き去っていった。手持ち無沙汰になった俺は、イチゴ味の飲み物を嚥下しながらエンネアの作業を眺める。彼女はパネルを操作しているところだった。じっと見つめていると、ふと目が合う。エンネアはライムグリーンの目を逸らしながらもおずおずと口を開いた。


「……その、板……気になります……」

「板?」


 消え入るような声で指さされた。板とは、何のことだろう。俺は板なんて……あ。


「もしかして、これ?」

「はい……」


 スマートフォンのことか。どうせ圏外だしと、ジャージのポケットから出して差し出す。


「どうぞ」

「……ありがとう……ございます」


 実体のないエンネアがどうやって受け取るのかが気になっていると、エンネアが映し出された時と同様に天井からアームが出てきて、差し出されたスマートフォンを掴んで天井裏に消えていく。渡した直後に画像フォルダを消していないことに気が付いて悶絶しそうになるのを、努めてなんでもないかのように取り繕った。もう遅い。


「レント様、お召し物を探して参りました」


 テーセラも戻ってきた。手に俺の着替えと思しき布の塊を抱えている。衣服の色が黒白赤の三色しかない。どうして俺の好きな色を知っているんだか。


「こちらが上着、そしてこちらが靴と靴下です。1680万色に光るものはサイズが合いませんでした。お許しください」


 どうして俺のサイズまで知っているんだか。細かいことは気にしないことにする。それよりも1680万色に光るとはどういうことなんだ。ゲーミング衣服なのか。


「いや、1680万色に光っていなくてもいいよ」

「1680万色に光るものでなくてもよろしいのですか!?」

「そんなに光っていると下界で浮くよ。うん、ベルトの数が多すぎる気もするけど服はこれで大丈夫。ありがとう」


 もしかして、古代では1680万色に光るのが常識なのだろうか。驚いてみせる割にはテーセラもエンネアも光っていない。


 寝室に戻って着替える。どこでサイズを測られたのか、どれもぴったりのサイズだった。デザイン的にはテーセラの着ている軍服に近い。



「リソース回収地点には予定より早く到着致しましたので、もう下界に降り立つことが可能です。デッキ付近は海中ですので、さらに上階の方から橋を出して上陸しましょう」


 俺とテーセラはデッキを離れ、上陸のためにアペイロン・メギストス後方に移動する。上階は海中ではないということらしい。見つかったりしないのだろうかと訊くと、光学迷彩があるのである程度は平気なのだそう。

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