オタク特有の誇張表現を使ったら古代超文明の継承者に認定されてしまった

久守 龍司

第1話

「100億年前から俺が毎秒主張していることなんだが、無限に究極破壊魔法を撃ったら0.00001秒で三千世界の理が崩壊したんだよな」


 インターネットの友達との通話中に出た、何気ない一言だった。俺の周りでは数字を大袈裟に盛り、誇張した表現で話すのが流行っているのだ。似たようなことは何度も言っていたし、友達も使っている。そう、何万回も。

 それなのに。


「適合者を確認————直ちに召喚式を起動、時空間転移魔法陣を発動させます」


 この声は何だ。

 なぜ、俺を中心に青く光る円形の模様が展開している。

 なぜ、俺の体からも淡く光が出ている。


「——召喚式起動成功。並びに時空間転移魔法陣発動、展開成功。これより対象の転移を開始します」


 光は段々と強くなり、俺の体の発光ももはや目を開けていられないほどだった。あまりの眩しさに思わず目を瞑ると、目蓋の内側まで刺すように強い光が入ってくる。腕で目を覆っても効果がない。閉じたはずの視界が真っ白に染まる―――――




 光が収まった。一体なんだったんだ。

 腕を下ろしゆっくりと目を開ける。物は少ないが、掃除機を全然かけていないために埃が溜まりに溜まった俺の四畳半の自室……ではなかった。


「俺の部屋じゃない……いやどういうことなのか分からなすぎるんだが……」


 ここは何処だ。

 部屋に突如出現した魔法陣、それと同じものが足元にある。地面は大理石のように見えるタイル張り。周りを見渡せば、石柱が並んだ楕円形の空間であることが認識できた。石柱の向こう側には雲海に似た景色が広がっている。結婚式場でもない限り、こんな場所を俺は知らない。


 そういえば、謎の声は召喚だとか転移だとか言っていた気がする。その内容と今の状況を踏まえると、もうほぼ間違いなく。いや、フィクションの中の話だと思っていたのだが。


「異世界召喚か……」

「ご名答、でございますよ。我らが主。主様の世界から時空を超え、こちらの世界へ召喚致しました」


 知らない女性の声と、パチパチと手を叩く音に思わず振り返る。俺から数メートル離れた位置に、薄い青緑の髪を後ろでシニヨンにした美少女が立っていた。軍服のようなデザインの、やや胸部を強調したワンピースを纏って薄笑いを浮かべている。日本語はなぜか通じる……というより、明確に向こうが日本語を喋っていた。

 思わず挙動不審になる。


「あっ、俺を召喚した人ですか……? ええと、その」

「そうですとも、主様。まぁ、わたくし正確には人ではないのですが。『100億年前』『毎秒』『無限』『究極破壊魔法』『0.00001秒』『三千世界』という言葉を指定し、その単語を発した人物を我らの主として召喚する手筈を整えました。……申し遅れましたが、わたくしはテーセラと申します。これより、主様の忠実なる僕でございます。どうか敬語などお使いになられませんように」


 薄笑いを浮かべたまま、テーセラと名乗った美少女はスカートの裾を持ち上げて優美に一礼する。理解が全く追いつかないのだが、つまりこういうことか。

 あの言葉を発するとこの結婚式場じみた場所に召喚されることになっていて、偶然俺が口にしたから召喚式が発動したと。主様とか、僕とか言われても混乱するばかりだ。


「はい。どうやら主様は、色々と質問なさりたいことがおありなご様子。では先に説明させていただきましょう。ここは空中城塞アペイロン・メギストス。遥か昔に存在した古代ヒュペルメゲテス文明の完全なる遺構です。わたくし達はその管理を任されている自律機構ですので、城塞と同様に、継承者となられた主様の所有物なのでございますよ。わたくし達を遺された方は、ご自身と同様の思考回路をお持ちの方を探されていたようですから。永い間待ち望んでいたのです。主様の到来を」


 そこでテーセラは一度言葉を切る。なるほど。気になっていたことが大体解決した。わたくし達ということは他にも彼女のような自律機構がいるということになるのだろうが。


「わたくしの他に存在する自律機構は今のところ一体のみ。多くの自律機構は遺構とともに散逸してしまったのです。それについては、まぁおいおい……。戦闘タイプのわたくしとは形態が異なりますが、エンネアという思考演算自律機構です。エンネア、主様に挨拶を」


 テーセラが名前を呼ぶのとほぼ同時に、天井からプロジェクターのようにもう一人の美少女の姿が映し出される。膝に届くほど長い薄桃色の髪をした、内気そうな華奢な少女だった。ピンクのアリクイの着ぐるみを着て、顔と髪だけを外に出している。


「……ぁ…エンネアと……いいます……よろしく、お願いします……」


 小さな声で名乗り、すぐにまた映像は消えてしまった。プロジェクターと違うのは、映像が立体に映されていたことだろう。異世界にやってきた実感が出てくる。


「とまあ、自己紹介も終わったことですから。案内のついでに、我々の今後の方向性について意見のすり合わせでも致しましょう。現環境維持のためのリソース回収が必要なのですが──」

「待って待って。一方的に話が進んでるみたいだけど、俺は元の世界に帰れるのか? リソース回収とか言われてもわからないし。何かしなきゃいけないことがあるならするけど」


 俺に背を向けて歩き出したテーセラを慌てて追いかける。テーセラは俺の質問に対して歩きながら答えた。


「可能です。しかし、今すぐに帰還されるのは不可能かと。技術的な問題ではなく、資源的な問題で。なにしろ、主様の召喚で相当のリソースを消費してしまったので……アペイロン・メギストスの維持も、リソース回収なしではあと一月が限界といったところでしょう。これまでは半永久的に飛ばすことができていたのですが、一度地上に降り立って資源を集める必要があるのです。ですから、その回収作業にお力添えをお願いしたく」


 じゃあなぜ召喚したんだ、と言いたくなったがそれが彼女達の役割だというのだから責めても仕方がないことだろう。

 むしろ喜ぶべきだ。俺の知識の限りでは、異世界召喚は一方通行で元の世界には帰れないものが多かったのだから。元の世界に帰りたいかどうかは別として、選択肢が用意されているだけで幸運といえる。そのために俺の協力が必要だというなら、喜んで力になろう。


「わかった。帰るため、それからテーセラ達のためにリソース回収に協力するよ。あ、あと名前は蓮人です。よろしく」

「わたくし達のためなどと……恐悦至極に存じます。改めてよろしくお願い致します、レント様」

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