第175話 妻からの公認

 聖王国のとある一室。そこには眠っている女性と添い寝するように寝ている子供、すぐそばで椅子に座っている寝ている男性の姿があった。


 その中で、最初に目を覚ましたのはマリであった。

 重たい瞼をゆっくり開くと知らない天井がある。

 すぐ近くから寝息が聞こえてきて見てみればライナの姿がいるではないか。


「あれ? 私......フォルティナに捕まったんじゃ......っ!」


 ズキッと頭痛がした。マリは思わず頭を押さえていく。すると、自分の知らない情景が流れてきた。


『ふふっ、本当に愛い娘だな。いつまでも撫でて居たくなる』


 フォルティナの声だ。同時にフォルティナ視点となって抱えているライナを優しく撫でている。

 マリはフォルティナに体を奪われてから精神も同時に掌握されたので外で何が起きていたか全く知らない。


 故に、フォルティナが娘に対してまるで自分の娘を可愛がるような行動をしたことに対してあまりにも驚きだった。

 対面した時はライナは器のスペアって言ってたのに......。


 それからも流れてくるフォルティナの記憶はそのほとんどがライナを愛でているものであった。

 そんな記憶が見えているのは器が同じになり一時的にでも精神が共存した影響だろう。

 そしてある時、マリはフォルティナの記憶にて彼女が夫のカイと対面している場面を見た。


 場所は竜王国で初めての直接対決の時だ。その記憶にはマリは思わず混乱する。

 フォルティナに異世界召喚されてその時にもう夫に会えない寂しさと同時に、絶対的な守護対象である天滅眼は守れたはずなのに。


「え、ということはパパがここに......ってすぐ近くにいた!?」


 ふとを横を向いてみればカイが椅子に座ったまま器用に寝ている。よく倒れないものだ。

 そのことに驚きよりも先に沸き上がったのは嬉しさだった。全く無茶して。


 それからも、マリは自分の魂に刻まれたフォルティナの記憶を見た。

 フォルティナがしたこと、世界の命運を分ける聖戦、さらにフォルティナがカイを奪おうとしたこと、最終的にどう決着がついたのかと自分が目覚めるまでの全てを。


 なるほど、こんなことがあったのか。自分は娘を危険にさらしてなにやってんだか。ま、パパが無事に取り戻してくれたし、それに......


「パパが寝取られなくて良かった......」


 フォルティナの精神から見て普通にガチだったからこのまま奪われてたらどうなってたか。

 ライナがいる以上家族関係は変わらなそうだけど、そこにいるのは自分じゃなくてフォルティナ。

 家族がまるごと奪われるなんてなんという悪夢か。


「ま、過ぎたことだしフォルティナも色々あったみたいだしね......優しい私は不問にしてあげましょうか」


 そんなことをマリが独り言ちていると横に眠っていたライナが声に気付いたのか瞼を擦って「ママ?」と言いながら彼女を見た。


 マリが「おはよう。よく眠れたかな?」と優しく頭を撫でれば、ライナは朝からフルスロットルに「ママー!」と叫んで抱きついていく。


「どうどうどう、ふふっ、相変わらず元気だな~、私の娘は」


「ママ、お寝坊さんはダメだと思う」


「ごめんね、中々心地良くって」


 マリとライナが他愛のない会話を始めていくとその声を聞いたカイがパチッと目を覚ましてゆっくり顔を上げた。


「万理......」


 カイの眠気は急速に吹き飛んでいく。

 目の前で自分の愛した女性がようやく起き上がったのだ。

 声を聞くなんてどのくらいぶりだろうか。

 カイの驚く表情を見たマリはただ一言言った。


「おはよう、パパ」


 その言葉にカイはハッとすると穏やかな表情で返す。


「あぁ、おはよう、ママ」


 それから、カイがマリに体調についていくつか質問し、マリが問題ない様子だとわかると自分がここにいる理由を話し始めた。


 もう繰り返すほど話したこの話もついに最後の時がやって来たようだ。

 カイは話す。自分が魔法陣でこの世界に来たこと、そこでエンディと出会い一緒に旅を始め、キリアと出会い、一緒にエルフの森の問題を解決し、仲間を増やして自分の探し人の情報を集め続けた。


 最初にツバサと出会い、その次にソラと再会を果たし、ミスズにシロム、ライナ、マコト、テツヤとかつて失った同級生が生きていることを知った。ただ一人ケイを除いては。


 同級生を見つけると同時に色んな場所へと行った。

 その度に一悶着あり、だんだんとこの世界の真実へと近づいていった。


 各地で大天使と関わり力を手にし、そして最後に訪れた竜王国でマリの姿をしたフォルティナと出会った。


 カイは酷い怪我を覆いながらもマリを取り戻すために再びフォルティナが攻撃を仕掛けてくるまでの間に色んな準備をしてそれから――――


「ストップ。そこからは知ってるよ。どうにもフォルティナの記憶が私にも流れていたみたいだか」


 カイの話を楽しそうに聞いていたマリはそれ以上の話は不要だとカイに手を掲げる。

 その行動に対し、カイは少し安堵した様子で「そうか」と答えた。

 カイからしてもあの出来事は武勇伝のように語りたくないのだ。


 そんなカイを見て甘えん坊となったライナの頭を優しく撫でながら言葉をかけていく。


「パパ、色んなところで大活躍したみたいだね。それが私の夫だと思うとなんだか誇らしいよ。ま、迷惑かけた私が言うのもなんだけどね」


「別にいいさ。俺の旅はママと頼奈のためでもあった。そこに嘘はない」


 その言葉にマリは嬉しそうに「そっか」と答えた。

 ふと髪を撫でる風を感じ窓に目を向けてみれば優しく揺れるカーテンの奥には陽だまりの世界が広がっているではないか。


「体の調子が良くなったらどこか出かけたいね」


「それはいいな。俺もようやくのびのびと生活が送られるんだ」


「もう職も失っちゃったしね。あ、どうしよう。稼ぎない」


「急に現実突きつけないで......」


 ズーンと落ち込むカイを見てマリは他人事のようにケラケラと笑っていく。

 そんな彼女を見てカイも日常が戻ってきたような気がして笑みを零す。


「あ、そういえば、さっきパパの話を聞いて思ったんだけどパパと一緒に旅してたっていうエンディちゃんとキリアちゃんって女の子なんでしょ? ソラちゃんに関しては言うまでもないけど」


「あぁ、それがどうしたんだ?」


「パパ、変なことしてないよね?」


「うぐっ!?」


 マリに疑いの目で見られる。その目にカイは露骨に反応してしまった。

 そんなカイを見てマリは「え、マジで?」と深刻そうな表情をするので、彼は彼女達との関係性及び自分の今の気持ちを素直に伝えた。


 カイから聞かされた赤裸々な告白は寝起きには重すぎる特大爆弾であったにも関わらずマリは思ったよりもスンとした表情で、話しているカイの方が心臓がバックバクしている。


「―――というわけで、彼女達の好意に対してはこれまで俺の目的という口実ではぐらかしてきましたが、もうその目的が果たされた以上答えを出さなければいけないわけで、とりあえず万理の意見を聞かせてもらえればと」


 カイがそう聞いてみればマリは顎に手を当てて一瞬ニヤッとした顔をするとすぐにムッとした表情に変えて彼に言った。


「へぇ~、ママと娘が大変な目に遭っている時に随分と楽しそうなことをしていたみたいですね。この浮気者」


「がはっ!」


 カイに特大ダメージが入った。

 これまでのどのダメージよりも一番よく効いて尚且つ防御不可避。もう彼の心は瀕死である。


 生気のないカイの顔を見てマリは失笑すると「冗談だって」と言ってしゃべりを始めた。


「確かに、多少の嫉妬も含んだ言葉ではあったけど冗談っていうのは本当。

 そもそも本当にしていたら私に言うなんてことはしないだろうし、それどころか私に意見を求めるなんて。

 パパの話を聞いてる時に絶対惚れられてるだろうな~とかは思ってたから大丈夫。

 あ、もしかして、私が許可したらハーレムでも築くつもりだった?」


「......否定は出来ない」


 カイは思いっきり頭を下げて事実を伝えた。嘘をついても意味はない。

 その言葉にマリは割と真面目に「マジか」と呟いた。

 そんな彼女にカイはありのままの気持ちを伝えていく。


「だが、俺の倫理観は未だもとの世界のものだ。

 それに一番大切なのは万理と頼奈であって......申し訳ないが、彼女達との関係性は二の次だ。

 とはいえ、俺は自分の目的のために彼女達が自分に好意を寄せているのを知っていてその上で彼女達の心を利用するようなことしていたとも思ってしまっている。だから、答えてあげたいと思ってる自分もいる」


「気付いてる? それって自分の妻に不倫を認めてくれって言ってるようなものだって」


 マリの言葉にカイはぐうの音も出ない。それに視線が怖くて顔が見れない。一体どんな鬼の表情をしているのか。


 その一方で、今の母親の顔を知るライナは思わずマリに「ママ、楽しそう」と言うと彼女からシーっと静かにするようお願いされた。


 緊張でマリ以外の声が聞こえていないカイは「パパ、いえ、カイ君」とあえて呼び方を変えられたことにより一層妻の本気の怒り感を感じて震えていく。


「顔を上げなさい」


「......はい」


 カイが意を決して顔を上げてみればそこにはめっちゃ小馬鹿にしたマリの顔があった。この人、めっちゃ本気でビビってるんだけど~、と。


 その顔にカイは困惑し、思考が停止した。

 今明らかに怒られてるはずなのになんかそうでもない雰囲気。なにこれ、どういうこと?


 そんなカイにマリは自分の気持ちを伝えていく。


「アハハ、は~笑った笑った。ごめんね、実はパパの言ってることパパが思っている以上に気にしてないの」


「へ? でも、俺には家族が......」


「確かに、パパには私と頼奈という大切な家族がいる。だけど、増やしちゃいけないってわけじゃないじゃん?

 もとの常識だとダメだよ、もちろん。だけど、ここはもうとっくに違う世界。そして、この世界では一夫多妻なんて割に普通」


 マリは「それにさ」と一度目を閉じると再び開けた時に笑って言葉を続けた。


「私と頼奈、ついでに世界を救ってくれたパパのわがままも聞いてやらないとね」


「万理......」


「私がパパを独占したいって気持ちもあるけど、きっとこの気持ち同じかそれ以上にパパのことを好きな子達はパパと一緒に居たいと思っているはず。

 それにパパも随分とお世話になったみたいだし、ここで許してあげるってのが妻の技量ってものよ。どう? ポイント高いでしょ?」


 その後、マリは「あ、ついでに言えば私の生まれここだし。私の倫理観からすればノープロブレム」とも言ってカイのハーレム化を認めてしまった。

 そのことにカイは―――


「......なんか拍子抜けして言葉が出てこないわ」


 そう言いながら寝起きからそれほど立たずに平然と振り回してくるマリにカイは思わず笑った。

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