第152話

「万理.....どうして君が!?」


 カイは困惑が隠せない。そこにいるのは禍々しいオーラを放つかつての妻である新神万理の姿がある。

 しかし、一緒なのは容姿だけで話し方も雰囲気も別人そのもの。


 加えて、彼女が抱える手には聖王国にいるはずのライナの姿がある。

 そのライナの表情は怯えた様子はなく、母親に再会した喜びに寝ている様子だ。


 そして、マリの容姿をした者はカイの質問に答える。


「マリ......そういえば、彼の地ではそんな名前で過ごしていたようだな。

 だが、今の我はフォルティナだ。お前達と会うのはこれが初めましてになるだろう」


 そう言ってフォルティナはニヤリと笑う。その顔にカイは拳を握りしめて叫んだ。


「フォルティナー! 俺の妻をどこへやった!」


「いるではないか。今まさに。ここに」


 フォルティナは自らの手を胸に向ける。まるで自分がマリであると言わんばかりに。

 思わぬ最悪な形での再会に両者に剣呑な空気が満ちていく。まさに一触即発。

 その時だった―――


「あ、パパだ。パパー!」


 その空気を切り裂くように目覚めたライナの声が響いた。

 その声にカイは思わず邪気が削がれていく。

 そして同時に、フォルティナの姿にも目を疑った。


「よしよーし、良い子だから大人しくしてて。後で甘えていいから」


「え、ほんと! やったー! なら、ライナ大人しくするー!」


 異質な空間であった。カイにとってはフォルティナは救うべき妻であり、同時に憎むべき敵でもある。

 そんな彼女がライナの前ではまるで本当の母親のような姿を見せているのだ。


 これが本当の悪であれば自身の敵の娘など人質以外の何者でもないであろう。そこに愛情など存在するはずがない。


 しかし、そんな素振りも雰囲気も一切見せることはない。

 本来のあるべき親子の姿がそこに映し出されている。

 それがカイにとって訳が分からなかった。


 だが、それは同時に一つの可能性を生み出す結果でもあった。それ即ち―――マリの生存。


 もしフォルティナが残虐な性格でありながらマリを取り込んだことでそのような行動をするようになったとなれば、そこには必ずマリの人格による影響が出ているということ。


 針の穴に糸を通すようなキセキ。まさに一縷の望みといっても過言ではないが、その可能性があるのならば当然カイはその未来に賭けたい。


 カイがグッと拳を握りしめて立ち上がった。

 そして、今にも湧き上がるどす黒い感情を無理やり抑え込んで質問する。


「フォルティナ、どうしてライナを抱えている?」


「愚問だな。当然、我が聖王国に攻め込んだからであろう。もっともルナリスのせいで壊滅とはいかなかったがな」


 カイは一つ息を吐いた。さらに沸き上がった怒りを抑え込むために。

 聖王国にいる皆は無事だと信じている、そう思わなければ今はやっていけそうにない。


「フォルティナ、マリを返してくれるつもりはあるか?」


 その言葉にフォルティナはそっとライナの顔に手をかざす。

 そして、近くの時空に裂けめを作ってそこにそっと入れていった。


「安心せい。眠らせて我の根城に移動させただけだ。

 それで、依り代マリを返してくれるつもりはあるかだったな。それも愚問だな。

 今あるべき姿で全てを語っているであろう」


「なら、ライナを連れてきた理由は?」


「スペアに決まってるではないか」


「......っ!」


「もともとは椎名誠人という人物を依り代にするつもりで召喚したが、ルナリスとやりあった傷とその人物の周りにいらんゴミが混じっていたせいで座標がズレてしまったのは痛手だったな」


「......」


「だが、実のところ我は散々邪魔してくれたお前を憎んでもいるが同時に感謝もしている。

 なぜなら、お前の周りは優秀な依り代がたくさんいたからな」


「もういい」


 カイは右手に強制的にシルビアを呼び出し刀へと変形させた。

 そして、真っ黒に染まった瞳でフォルティナを見る。


「俺の覚悟は決まった」


 瞬間、カイは消えた。そして、現れた先はフォルティナの眼前。その右手は大きく振りかぶっている。


―――ガガガンッ!


―――ギュィンッ! ギュィン! ギュィン!


  しかし、カイの目の前に地面から先端が尖った土杭が通せんぼし、彼の周囲に無数の紫電走らせる球体が浮かび上がった。


「我が主の御前です。無作法はおやめください」


「というわけなのさ。下がってくんない?」


 フォルティナの横にいた天土体の天恵者ザインと天雷翼の天恵者ヴァレスが立ちふさがった。


 カイは咄嗟に目の前の土杭を蹴って下がっていく。

 しかし、その球体だけはカイを追撃するように追ってきたのでシルビアを銃へと変形させて魔力弾で弾き飛ばした。


 カイが下がったのを見てフォルティナは余裕の笑みで答えていく。


「まぁ、そう急くな。今回はただの挨拶に過ぎない。しかし、忠告はこれで最後だ。でなければ―――」


 ザインは自身の体を持ち上げるように土でかたどった手を作り出し、さらに無数の手を構えていく。

 ヴァレスは自身の背中に雷で出来た翼を作り宙に舞った。

 さらに翼の周りには電球を無数に作り出している。


 そして、フォルティナは自身の背後に紫色に染まった後光の輪を作り出し、明るい外をまるで夜のように暗く染め上げていく。まるで空間そのものを支配しているように。


「死ぬぞ?」


 ジリッと肌を焼き付けるような痛みがこの場を支配している。

 威圧だけで誰も彼もが心臓を止めてしまっていてもおかしくない。

 命があっても発狂してしまい精神に多大な影響を及ぼすだろう。


 しかし、この場にいるのはただの存在ではない。

 イレギュラーと共に旅をして自らをイレギュラーな存在へと昇華させた者達だ。


 そして、そのイレギュラーたる根源の男は変わらず冷たい表情で言ってのけた。


「言っただろ。俺は覚悟を決めたってな」


 直後、ザインとヴァレスに強烈な一撃が襲う。

 ザインに来たのは岩壁すらも削り取るような強烈な拳圧であり、ヴァレスに来たのは貫くことに一点を置いたような鋭い矢であった。


 共にエンディとキリアによる攻撃である。

 キリアに限っては口で弦を引いたにもかからわずヴァレスを吹き飛ばすほどであったらしい。


 二人の護衛が消えた瞬間を狙ってカイはフォルティナへと接近していく。

 そして、右手に刀、左手に銃というスタイルでまずは右手を思いっきり振り下ろした。


 ドンッという衝撃で容易くフォルティナを中心に地面がへこんでいく。

 しかし、フォルティナにダメージはないようで右手の指で容易く摘まんでいた。


「仮にも妻の体に容赦なく斬り込むとはお前はイカれているのか?」


「これぐらいで斬られるような存在じゃないことは知っている」


「ほう、てっきり殺気に飲まれたかと思ったが存外理性的なのだな」


「今にも飲まれそうさ。だから、早く俺の妻を返せ!」


 カイは左手の銃をフォルティナの顔に向けると素早く引き金を引く。

 しかし、それはフォルティナに首を傾げさせるだけで避けられてしまった。


「なるほど、精神干渉の魔力弾か」


「なっ!?」


「触れておらずになぜわかったという顔だな。それは当然我が全てを


 フォルティナはそっとカイの胴体に左手を触れさせると手首のスナップだけで優しく弾いた。

 されどカイは僅かな残像を残すほど高速で吹き飛ばされていく。


「はは、吹き飛ばされたと同時に我の周りの影に賊を忍ばせたか」


 そう笑うフォルティナの影から何本もの黒い影の手が現れてフォルティナに襲い掛かる。


「だが、知っておる。その魔法もその解き方も」


 しかし、フォルティナが指をパチンと鳴らしただけで黒い影は一斉に霧散していった。

 その間に復帰したカイがフォルティナに一気に近づいて来る。


「曲がりなりにも依り代の配偶者だ。この依り代が持っていた力を教えてやろう」


 そう言いながらフォルティナの右目は淡い桃色のオーラを帯びると弾幕を張るように火球をバラまき始めた。

 それをカイはジグザグと隙間を見つけては躱していく。


「この依り代が持っていた力は“天魔眼”というあらゆる魔法の術を宿した特別な瞳でな。

 天恵者に与える力とはまた別の、神にだけに使うことが許される力よ。故にこんな風に」


「っ!」


 カイの両端に水で象られた東洋の龍が現れその口から水のブレスを吐いていく。

 また、その攻撃を躱すことを困難にさせるかのように渦巻く竜巻がいくつも。


「立ち止まってはいかんな」


 カイの地面から無数の土の針が飛び出し止まることすら許さない。

 しかし、カイはその針を刀で斬り飛ばし一瞬の隙を作ると片足を地面に叩きつけた。


「地隆開闢」


 カイの正面の地面に真っ直ぐ亀裂が入ったかと思うとその地面が隆起して左右に分かれた。

 その場所には大きな穴が出来るほどに。


 その行動によって竜巻と水のブレスはその土の壁に阻まれて真っ直ぐフォルティナを捉えることができた。


 カイが真っ直ぐ飛び出すとその両端の壁から土の針が飛び出し、同時に真上からは雷が彼を狙って降り注ぐ。

 彼はそれを紙一重で避けたり、弾いたりしながら進んでいった。


「当然ながら、その五大属性だけではなく光と闇も操れる」


 フォルティナは両手を広げると左右に光の球体と闇の球体を作り出し、それを重ね合わせるように自身の正面に両手を差し出した。


 直後、光と闇が螺旋状に合わさった波動が放たれカイに真っ直ぐ向かっていく。

 それに対し、カイは右手を上げると波動に合わせて振り下ろしバッサリと二つに斬った。


「そして、ここからがこの力だ」


「くっ!」


 その時、カイの体が向かっていた勢いとは無関係にフォルティナに引き寄せられ始めた。

 まるで


「がっ」


 そして、フォルティナがカイに向かって右手を差し向けるのでそれを防ごうと刀でガードしようとするも、その攻撃を受けたのは顔面であった。

 フォルティナの右手が目の前で途切れ、不自然にカイの右頬側から現れていたのだ。


「これが最後だ」


 フォルティナはパチンと指を鳴らした。その瞬間、全てが一斉に音を無くした。

 草木は不自然なほどに風で揺られた形で止まり、砂埃も形をそのままにしてその場にとどまっている。


 そして、殴られたカイも同様に殴った勢いがゼロになったかのように空気中に静止している。


「勢いで勝てるほど甘くはない。仮にも天魔眼を宿した我にはな。

 さてと、この男は脅威であるが同時にこれほどまでにない戦力でもある。

 それこそこの男一人でルナリス陣営は崩壊したにも等しい」


 フォルティナはカイの頭にそっと手をのせる。そして、どこか愛おしそうな顔で告げた。


「さぁ、共に生きようではないか。我が親愛なる配偶者よ―――なっ!」


 しかし、その表情はすぐに驚愕へと変わる。


「そうか......お前がこの力を! 不味い、力が反発する!」


 その直後、その場一帯は白い光に包まれた。

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