第150話 かつての友
「さて、妾が竜神テュポーンじゃ。人の格好をしておるのはその方が色々と都合がいいからじゃ。本体はデカすぎる」
「で、カイちゃんはこんなボンキュッボンな色気振りまく竜神様と精神体でイチャこらしていたと」
「もうその話の流れは勘弁してくれ。それにあの時の彼女は幼女だったよ」
「ふふっ、これだけの女子を囲んでおいて......よくもまぁそれほど平然と嘘がつけるのぉ」
「全部事実だろうが」
テュポーンのからかいの言葉に事実を知らない女性陣の鋭い視線がカイに突き刺さる。
カイは記憶の共有ができるシルビアに助けを求めるも「これだけ面白い状況で守る意味がわかりません」と絶好調の返答をされていよいよ味方を失った。
こんな状況をもう少し続け居たいテュポーンであったが仕方なく話を進めていく。
「まぁ、冗談はさりとて。これからお主達はどうするつもりじゃ?」
「そうだな。一先ず聖王国に戻るつもりだ。当初の目的は達成したんだし後はこれからに向けてまた皆と話し合う必要があるしな」
「ならば、妾も行こう。ここにいてももう妾の話し相手になってくれる奴はおらんしな。
それに攻撃されていたのが精神とはいえ、このままでは妾本来の力が発揮できん。その状態を狙われればさすがに対処できん」
そう言うとさらに「加えて、その他の理由もあるしな」と言いながらチラッとエンディを見た。
その視線にエンディは気づいた様子だが意味は分かってないようである。
「ヴァネッサはどうするの?」
「私ですか。それはもちろんお嬢様のそばにいる予定です。
例え、かつての暮らしが無くなろうともお嬢様がおられる以上私の役目は無くなりません。
お嬢様のそばで仕えさせていただく所存です」
「そう。なら、頼りにしてるわ」
「では、そろそろ行きましょうか―――え?」
キリアが皆を先導しようとして竜王国の門の方を見た瞬間、まるで信じられないようなものを見たように立ち止まった。
その様子を不審がって同じように全員がその方向を見ると全員が思わず戦闘態勢に入る。
なぜならそこにいたのは―――神影隊であったから。しかし、顔は布で覆われて見えない。
その状況で違和感があるとすればたった一人で加えて堂々と正面から現れたことだ。
相手にカイがいる以上、神影隊とはいえ単体で挑むのは無謀と理解しているはず。
にもかかわらず、さらに相手がカイ以外にも味方がいる状態で前から現れるなんて何かがおかしい。
「誰だ、君は?」
カイが先頭に立つとすぐさまシルビア式銃の先端をその神影隊に向けていく。
そして、その問いに神影隊はゆっくりと答えた。
「私は神影隊。天風脚の天恵者―――エルフのマリネ」
マリネは顔を覆う布を取るとそう自己紹介した。その言葉にキリアは動揺が隠せない。
「マ、リネ......?」
マリネ―――彼女はキリアの一番の親友であり、同時にキリアの敵でもある人物。
エルフの森で世界樹による被害があった際、その時にマリネはキリアの制止を振り切って自らの才覚である天恵者としての力を神影隊へと売ったのだ。
「久しぶりだね」
「うん、久しぶり。ずっと探していたよ」
キリアは努めて平常の声で答えた。しかし、その溢れる感情は抑えきれずに拳を握る形で表れている。
なぜならキリアは優しく大人しかった彼女が神影隊の仲間になったことが許せず、彼女を探すためにカイの旅に同行させてもらっているからだ。
そんなずっと探していた人物が目の前にいる。この出会いに嬉しくもあり、同時に複雑な気持ちでもあった。
だからこそ、キリアはそっと背中に背負っていた弓を手にするといつでも構えられるように矢をセットしていく。
「マリネ、ずっと聞きたかった。どうして裏切ったの? あたしとの関係はそれだけ薄かったの?」
「ううん、そんなことないよ。ずっと二人だったもの。今でも友達だと思ってる」
「ならどうして!」
「それが私の使命だと思ったから」
その言葉にキリアはギリッと強く歯を噛みしめた。
そして、弓を構えて風の矢じりをマリネに向ける。
「全部本当のこと吐いてもらうよ!」
「何十年ぶりのケンカかな。でも、あたしに勝てると思わないで」
そんな一触即発の二人に対し、ソラは慌てた様子でカイに尋ねた。
「ねぇ、止めた方がいいんじゃないの? 相手は天恵者なんでしょ?
それってカイちゃんレベルが相手にする敵なんじゃないの!?」
「そうだな。天恵者は強い。だが、ことはそんな力の優劣だけじゃないんだ。特にキリアからしてみればな」
カイがキリアに「助けは必要か?」と聞いてみればすぐさま「不要です」と返ってきた。
それはキリアがサシでやりたいと言っているものである。
「それに案外そう簡単に決着は着かないんじゃないかと思ってる」
「そうじゃな。あの娘、恐らく―――勝つぞ」
そんなカイ達に見守られながらそんな外野の視線が気にならないぐらいバチバチと視線で火花を散らしている二人は最後に短く会話した。
「行くよ」
「えぇ、いつでも来なさい!」
最初に行動したのはキリアでマリネに向かって無造作に矢を放っていく。
そんな攻撃は当然マリネに通用するはずもなく簡単に躱していった。
「私は風を操る天恵者よ? そんなちっぽけな風を収束した矢が当たるわけ―――」
「舐めないで」
「!?」
その瞬間、マリネのいた位置で弾けた風は突然周囲を吸い込むように流れていったのだ。その風にマリネも吸い込まれていく。
マリネは咄嗟に足を振るって風の斬撃でその収束する風を断ち切っていく。
その直後、マリネに向かっていくつもの矢が飛んできた。
それを躱そうと空中を移動していくとその矢が軌道を変えてマリネの後を追ってくる。
「
「面倒ね! なら、お返してあげる―――廻速天」
「!?」
マリネは逃げ切るのが難しいと感じると自身の足に風を集めてそのまま足を振るうことで、まるで風をグラブでキャッチしたかのように追撃する矢を一か所に集めてキリアに返していく。
それに対し、キリアは咄嗟に矢を放ってその風を爆散させた。それによって、周囲に突風が吹き抜けていく。
「崩れたね―――
「がっ!」
キリアの腹部に鋭くマリネの蹴りが刺さっていく。
しかし、その生身の人間では吹き飛ばされてもおかしくない一撃にキリアが吹き飛ばずにその場にとどまったのはマリネにとって想定外だった。
「まさかあたしが受け止めるとは思わなかったみたいだね。
でも、これぐらいの覚悟持って前に立ってないのよ―――
キリアはゼロ距離からマリネの胸部に向かって矢を放った。
マリネは咄嗟に後ろに下がって威力を殺そうとしたが、その効果はほとんど意味がなく横に渦巻く竜巻の矢によって思いっきり吹き飛ばされていく。
勢いよく瓦礫に突っ込んだマリネはその瓦礫を風で吹き飛ばして立ち上がった。
「全くせっかくの服が台無しじゃん」
「なら、そんな服で戦わないことだよ。ねぇ、なんで皆を裏切ったの?」
「言ったでしょ。それがあたしの使命だって」
「それは説明になってない!」
「それじゃ、私がこういう展開になるように仕組んだと言ったら?」
「言ってくれるつもりは無いみたいだね」
「倒せればいくらでも言ってあげる。倒せればね!」
マリネの魔力が膨大に膨れ始めた。
先ほどの戦闘は準備運動とでもいうかのように両足に黄金の脚甲を装着していく。
全身は緑色の炎のようなオーラで包まれた。
「神気開放。神気武装―――
「ここらが本番みたいだね」
「私の速度は今までの比じゃないよ。勝てると思わないで」
そう言ってマリネが消えたその直後、キリアは強い衝撃を左の頬から感じて思いっきり吹き飛んでいく。
その場所にいたのは足を振り上げたマリネであった。
崩れた家々に突っ込んだまま出てこないキリアにマリネは思わず呆気ないという顔で答える。
「あれ? 死んじゃった?」
「勝手に殺さないで!―――
「!?」
その瞬間、マリネの足元に魔法陣が浮かび上がり、そこから突き上げるような強烈な風が吹いてマリネのあごにヒットした。
しかし、天風脚のおかげで自在に空を飛べるマリネは空中で体勢を立て直す。そして、瓦礫から現れたキリアを見下ろした。
「そう来ないと」
「ケンカはまだ終わってないよ!」
キリアは一斉に複数の矢を放つとマリネの周囲で収束する風を生み出した。
それによって、空中制御が難しくなったマリネは逆に空中で磔にされたようになる。
そこへ
しかし、マリネは天恵者の魔力で強引に自身の周囲に風を作り出してその拘束を逃れると再び消える。
その次に現れたのはキリアの頭上で、そのままかかと落としを食らわせていく。
「!?」
しかし、その攻撃はキリアに攻撃を受けて逸らされた。認知できる速度でないにも関わらず。
なので、仕方なく咄嗟に足に魔力をためてかかとが地面に着くと同時に爆散させる。
キリアはすぐさまその爆風によって吹き飛んでいくが、後方に吹き飛びながらも咄嗟に矢を構えると放った。
マリネはその矢を咄嗟に蹴りで弾こうとするが、その直前でその矢は複数に分裂して弧を描きながらマリネを襲う。
いくつもの小爆発であったが確実にマリネにダメージを与えていく。
マリネが風を操りながら空中で体勢を制御するもその間にも間髪入れずに矢が横から降り注いできた。
それを風の防御壁で防ぐも最後の一矢はどの矢よりも貫通力があるものであったらしく、その防御壁を突破してマリネを攻撃する。
それに吹き飛ぶマリネをまるで彼女の高速移動のようにキリアが背後にとって矢を構えた。
「舐めないで!」
しかし、キリアが矢を放つよりも早くマリネの蹴りによる風の薙ぎ払いが彼女を襲って追撃は失敗。吹き飛んで瓦礫に突っ込んだ。
それに対し、マリネは追撃へと行動を移さなかった。思ったよりもダメージが大きかったからだ。
その一方で、キリアは瓦礫から立ち上がるとすぐさま戦闘態勢に入る。
そんな本来ならありえない逆転した立場の二人の光景に驚いているソラとエンディの横でテュポーンは笑みを浮かべながらカイに告げた。
「お主も悪い人間よの。自分のものにはしないくせに自分色には染めておるのだから」
「どういう意味だ?」
「お主の魔力はどうやら他者にも影響するようじゃ。いや、それ自体は誰にだってある。
しかし、お主の魔力はそんじょそこらの人間以上に影響力がある。それは本来、妾達神ほどの力がある領域じゃ。
つまり、今のあの小娘が持っている魔力はお主の魔力が混ざったドーピング魔力ということじゃ」
「それってキリア以外の私やソラにも影響があるの?」
「そりゃもちろん。ただの小娘が天恵者の攻撃をまともに受けて立っていられるはずがない。
もっとも本人には預かり知らぬところじゃろうけどな」
「つまりパパは責任を取った方がいいということですね。物理的じゃなくても魔力で手を出しているから」
「そういうことになるの」
「.......いや、それはさすがに」
そう答えながらカイはキリアの戦いへと目を向けた。どうやら知らず知らずのうちに手助けを行っていたようだが、さすがにノーカウントであろう。
それと同時に、カイはやはり天恵者が一人で挑んでくるというこの状況に不自然さが拭えないでいた。
この戦いはまだ何かが待ってる可能性がある、と。
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