第149話 竜神救出

「さて、見えてきたぞ。妾の本体が」


「ようやくか。長かったな」


 テュポーンに案内されながら消化液の海を助けもあって渡り切ったカイはついにテュポーンの本体があるとされている所までやってきた。


 そこはまるでボス部屋のように肉塊で閉じられていて、その奥からは異様な気配がする。

 その気配をひしひしと感じながらカイはとあることを思い出した。


「そういえば、この壁をどうするのかもそうだけど俺はどうやって戦えばいいんだ?

 今の俺は精神体で魔法も物理的干渉も不可能なんだろう?」


「そこについては安心せい。妾の膨大なる魔力がもうすでにお主を包み込んでいる。

 故に、お主の物理干渉不可という点はすでにクリアしておる」


「そうなのか?」


 カイは自分の手を握ったり開いたりして動かすと横の壁に触れた。すると、ちゃんと感触がする。どうやらテュポーンの言葉は本当のようだ。


「なるほど、触れられるなら話は早い」


「ただ一つ注意しておくことがある。それはお主が普段の戦闘の際、魔法でなんらかの強化をしている場合はその効力は発揮せん」


「なんだ、そんなことか」


「そんなことかって......それは魔法を使う者には重要な言葉じゃろうに。

 それこそ妾の種族のように生まれつき強固でもなければ話は別じゃが」


「いいや、問題ないよ。俺はこの世界にとってはイレギュラーらしいからね」


 そのカイの揺るぎない自信にテュポーンは思わずあっけにとられるものの、その言葉を信じて「行くぞ」と告げた。


 そして、テュポーンが目の前の肉塊の壁を殴って破壊するとそこにはテュポーンらしき大きさ十五メートルほどのドラゴンが肉塊に包まれて発見された。


 その肉塊から見えてるのは頭と両手のみでその両手も大きく開かれて別の肉塊で拘束されている。

 また、その広い空間の地面や天井、壁は肉塊で覆われていていくつもの触手がウネウネと動いていた。


「なんとも気色悪いところだな......」


「ここに妾はずっと囚われておったのじゃぞ? お主の世界の表現で言えばエロダンジョンの触手トラップに捕らえられたというところじゃの」


「今シリアスな場面だからもう少し表現控えて。意味は伝わるけども!」


 カイは戦闘態勢に入ろうとして思わずホルスターに手をかけるもそこにシルビアがいないことを思い出した。どうやら存外無意識なほどに頼ってしまっていたらしい。


「そういえば、テュポーンは戦えるのか?」


「多少はな。じゃが、あれだけ数が多いと全てを捌くのは難しかろう。

 じゃから、妾が触手にいいようにされないように頑張ってくれ」


「完全に児ポ案件じゃん! シャレにならねぇ!」


 カイはより一層気を引き締めた。それは警察官としての誇りもあるが、それ以上に娘よりも少し大きいぐらいの幼児体型のテュポーンが触手にいいように弄ばれたら何か大切なものを失う気がしたから。


「行くぞ!」


 そして、走り出したテュポーンと同時にカイも走り出す。

 すると、ウネウネ動いていただけの触手は急に動きを止めるとその体を伸ばして襲ってきた。


「あの触手自体にも消化液の効果がある。多少は妾の魔力が防いでくれるが攻撃を受けすぎるな」


「あいよ。ってことは、当てなきゃいいわけだな」


 カイは上下左右から同時に襲ってきたその触手に対してファイティングポーズを構えると一気に無数の拳を繰り出した。


 ほぼ同時に殴ったかのように見えるその残像は触手に触れる前に吹き飛んでいく。それは一つとして例外なく。

 普通に殴ったり蹴ったりして対処していたテュポーンはその光景を見て思わず驚いた声をあげた。


「な!? お主、今何をしたのじゃ!?」


「何って殴っただけだよ。風でだけど」


「拳圧か! 確かに武人なら出来るものもおると聞くし、妾も出来るがどう考えても十個以上の拳圧をほぼ同時に繰り出すとか知らぬぞ!」


「そうできるようにしたのさ。あの時の失った辛さに比べればこれぐらい出来るようにするなんて苦じゃなかったからな」


 そして、カイはさらに素早く空を蹴った。

 その瞬間、先ほどの拳圧とはまた違い明らかな風の斬撃が一気に数メートルの触手を切断していく。


 そんなことをしばらく繰り返していたが、触手の数は一向に減る気配を見せない。

 斬っては再生を繰り返して勢いすらも止まる感じではない。


 このままでは埒が明かないと感じたカイはすぐさま戦闘スタイルをボス特攻に切り替えた。


「テュポーン! この触手の本体はどこにおるかわかるか?」


「そこじゃ」


 その質問にテュポーンが指を刺したのは自身の本体がある場所であった。

 その直後、ドラゴンの肉体を覆う肉塊に巨大な黄色い一つ目が開く。


「な、マジかよ......」


「あぁ、このワームは人が嫌がることをよく理解しておる。

 お主がこの環境下で肉体一つで十二分に戦えることは理解した。

 じゃが、問題はその力であの目玉を殴った時に必ず妾にも影響が出るということじゃ」


「無理を承知で聞くが多少我慢できるか?」


「どうじゃろな。今の妾は本体の分身体ではあるが、同時に“独立した”分身体なのじゃ。

 お主のその殴打に耐えれるかは妾が本体に触れて確かめなければわからぬ。

 その検証なくして賭けで大元を攻撃して倒せたとしても、妾の体がその攻撃力を下回る耐久値であった場合―――この精神体は崩壊する」


 それが意味するのは即ちカイ達ルナリス軍勢のフォルティナに対抗しうる勝利のカギを失うことに等しい。

 故に、そのリスクがある以上ワームの本体を殴るのは危険ということになってしまった。


「それじゃあ、どうにかしてテュポーンをあの本体へと持っていかなきゃならないってわけか」


「そうじゃな。あのワームを倒すにはそれしか方法がない」


「なら、テュポーン! こっちに来い! 強行突破だ!」


「あいわかった!」


 テュポーンはカイに向かって走っていくと思いっきりダイブした。

 それをカイがお姫様抱っこで抱えると一気に走り出す。


 正面からは迫りくるは当然無数の触手。加えて、この触手は下からも生えているためにこのままでは進行は不可能だ。


「道が無ければ作ればいい!」


 カイは思いっきり空を蹴って風の斬撃を生み出すと地面の触手を数メートル斬り飛ばして走れる道を作った。


 その道を作ると今度は上と左右に対して避けるように思いっきり地面をスライディングして滑っていく。

 この空間自体が多少消化液でヌメリ気があるようで颯爽と躱すことが出来た。


「正面! 本体から砲撃来るぞ!」


 テュポーンの言葉に視線を向けるとワームの大元である巨大な一つ目が目の前に触手を集め、その触手に消化液の球体を作り出した。


 そして、その消化液を一気に放水していく。それはスライディング中のカイ達に一直線に向かってきた。


 それに対し、カイは一旦テュポーンを支えていた右手を自由にすると拳を作って思いっきり地面を叩きつけていく。


 その瞬間、肉塊の地面は大きなうねりを見せてバウンドし、その勢いでカイ達は思いっきり跳ね上がる。


「あんなもん当たったら終わりだな」


「この精神体を全て消し去るほどの威力はあるな。にしても、この地形を利用して随分とトリッキーな避け方をするではないか。まるでアトラクションに乗ってる気分じゃぞ」


「そいつはどうも」


 しかし、一つ目の攻撃は終わらない。砲撃による攻撃が難しいと判断すると弾幕を張ることに切り替えた。

 無数の触手から消化液を雨のように放ち始めたのだ。


「テュポーン、先に謝っておく。ごめんなさい!」


「お主、何をするつもり―――あわわわわわ!?」


 カイはテュポーンの体を両手で抱えると彼女の重さを利用して空中で思いっきり回転し始めた。

 その勢いは次第に強くなり、弾幕の消化液を風の防御壁で防ぐまで至った。


「今だ! 行ってこーい!」


「うわああああああ!?」


 カイはその回転の勢いを利用して一瞬の隙をついてテュポーンをドラゴン本体へと投げ飛ばした。

 勢いよく飛んでいくテュポーンはドラゴンの頭にピタッとしがみつくとすぐさま本体の精神とリンクさせていく。


「お主! 問題ない! その目玉を殴れ!」


「オーケー! これで終わらせる!」


 カイはは目玉がテュポーンに意識が向いているうちに地面に着地すると思いっきり走り込んだ。

 そして、一つ目の目の前で大きく踏み込むと振りかぶった拳を叩きつけていく。


―――パキッ


 直後、ガラスがヒビが入ったような音が鳴り、カイの殴った一つ目はまさにヒビが入ったガラスのようになっていた。


 そのヒビは少しずつ大きくなっていき、やがて眼玉全体に広がると目玉、触手が一斉に膨張して弾けていく。さらにカイ達がいる部屋全体の肉塊も膨張し始めた。


「なぁ、テュポーン、これって大丈夫なんだよな?」


「......」


「ちょ、なんか言って!?」


「あ」


「ちょっとキレそう」


「そんなこと言われても妾にもわからんから仕方ないじゃろ!」


―――バチンッ


「!?」


 その肉塊が弾けた瞬間、まるで夢から覚めるように現実に戻った。

 先ほどまでの経験が嘘であったかのように。しかし、確かに記憶はある。


 目の前を見るとあったはずの肉塊は消えていてそこには精神体で見た幼いテュポーンが成長して妙齢の女性の姿になっていた。


「そっか現実に戻って―――」


 そう言おうとしたその時、カイの右手に不自然なほどの柔らかい何かがムニッと触れた。

 嫌な予感がしてスーッと目線を降ろしていくと案の定テュポーンの豊満な胸に右手があるではないか。


「すーっ」


 カイはそっと息を呑み右手を上げ、左手で目頭を摘まんだ。

 確かに精神体として介入した時には肉塊に触れていたはず。

 しかし、それは言い訳にしかならない。


 カイは意を決して後ろを振り向く。そこにはソラ、エンディ、キリア、ヴァネッサ、シルビアと女性陣全員から逃れようのない冷ややかな視線が送られていた。


「カイちゃん」


「はい!」


「きっとカイちゃんも頑張ってたんだろうね。でも、私達もカイちゃんを守ろうと頑張ってたんだよ。

 そして、ワームが消えてカイちゃんの様子を見に行けばカイちゃんはテュポーン様の胸を触っている。これはどういうことかな?」


「......俺の言い分を聞いてもらってもいいでしょうか」


「聞いたところでさっきの事実は変わらないよ。ねぇ、カイちゃん。

 触りたいならここに胸があるでしょうが! そこまで大きくはないけれど!」


「ソラ、落ち着いて。怒る観点が違う」


「いや、残念ながらソラさんならその反応であってると思いますよ」


「とりあえず、皆様はどうされますか?」


有罪ギルティ有罪ギルティ!」


「娘からの反応が一番容赦ない」


 そしてしばらくの間、カイは女性陣に厳しくお説教を受けるのであった。

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