第13話 自身の気持ち

「ふぅー、初めて悪意を持って殺した気がする」


「どうでした? 初めての復讐は」


「何と言えないな。何も感じれていないのか、感じれないほどに俺の心は死んでいるか」


「両方じゃないですか?」


「これは手厳しい」


 カイは自分の胸でもたれかかって眠るエンディを見ながら、シルビアを言葉を交わしていく。


 シルビアがチラッとカイを見てみればその瞳には混沌とした闇が広がっているように感じ、目が合えば何事もなかったかのように霧散していく。


 その反応から今回のエンディとの出会いはなんらかのカイの心理状態に変化を与えたのだろう、とシルビアは感じた。


 それはコネクトしてから繋がっている魔力パスによって感情が流れ込んでくるからわかること。


「パパはしっかりと笑えてましたか?」


「どうした? 変なこと聞いてくるじゃないか」


「気まぐれです」


「笑えてるよ。少なからずは」


 その言葉は本当である。

 されどそのふり幅はほんのわずかとしか言えない。


 カイの心は常に焦土であり、干ばつした大地だ。

 その何もない大地に恨みと憎しみの炎が大地さえ燃やし尽くさん勢いで広がりを見せている。


 このままいけば“完全に”壊れるのは時間の問題だろう。

 これまでシルビアが見てきた狂人と同じ末路を辿る結果になる可能性がある。


 しかし、カイは強い。少なからずそこらの有象無象には歯牙にもかけないほどに。

 今普通のおっさんとしていられるのはカイが苦難を強靭な精神力で耐えてきたからこそ。

 しかし、それはカイ自身の周りに降り注いだ悪夢に対する憎しみがあるからこそ。


 故に、シルビアはどうしてカイが自分と契約出来たのかをなんとなく理解した。

 同時にエンディと出会ったことでカイの精神にかなりの影響を与えたことも。

 それこそ不毛で寒々しい大地に太陽の光が刺し込んだような。


「(エンディさんの働き次第でそれこそ善神にも厄神にもなりますね)」


 シルビアとて好きで狂人の武器で使われてきたわけじゃない。

 生まれがだから仕方なくそう使われてきただけだ。


 今までの狂人はシルビア自身がその厄神に作られた存在だと知りながら使ってきた。

 しかし今回は違う。カイは何も知らない。

 ただ「使われることで見出される存在意義」というシルビア自身の都合で担い手になってもらっただけ。


 もちろん、そのことはカイに言ってないし、シルビア自身が厄神によって作られたということも言うことは出来ない。


 だが少なからず、シルビアの存在が大きな災いを呼ぶことは確かだろう。

 それがいつになるかはわからないが。


「パパは幸せになってもいいと思います。たとえこれから歩む道が修羅になろうとも」


「俺一人じゃダメだな。まだ見つけてない友人に家族に、エンディとシルビアも」


「私もですか?」


「当たり前だろ。もう俺の娘のようなものだ」


 そう言ってみせる笑顔はとても穏やかなものだった。

 まるで心の内に闇を抱えているとは思わせない神かがった演技のようで。


 しかし、その言葉が本心だとわかるからこそ無機質な剣であるシルビアに心があるように感じてやんわりと胸の内が暖かくなっていった。


 シルビアはもう自分によって人が狂った終わりを見るのは辛い、と感じている。

 一体どれだけ人の血に染まったからだであろうか、と。


 だからこそ、シルビアは自分のためにも一度は見てみたいのだ。

 人が救われて笑顔が溢れる瞬間を。


「私は魔力消費を抑えるためのスリープモードに移行します。おやすみなさい」


「おやすみ、シルビア」


 そして願うのだ。カイが報われた終わり方をすることを。


*****


 翌朝、二人よりも先に起きたカイは森の少し開けた場所にやって来ていた。

 その右手には風を生み、左手には火を灯して何やらぶつぶつ呟いている。


「ほ~、<送風>で酸素を火に送り込めばそれだけで多少は勢いが増すな。

 となると、炎の下側から更に風を生み出して、さらにそこに可燃ガスを吐き出す魔物から手に入れた魔法を使えば......やっぱり青い炎が出来た」


 カイの左手には<送風>と<灯火>の二つの同時魔法行使が行われていて、右手から可燃ガスを少量ずつ送り込んで調整させてより火力の高い青い炎を作り出すことに成功した。


 カイはその炎を消してあごに手を当てると再びぶつぶつと呟き始める。


「となるとだ、確かシルビアが物に魔法が付与できるって言ってたからもしそれ取得できれば、金属の板に直火しないような工夫をさせてその魔法を付与すれば......キャンプ用のガスコンロ出来るじゃん!」


「どうしたのそんな大きな声を出して」


「ん? ああ、起きたのか。おはよう」


「おはよう」


 不意に後ろから声をかけられて振り向くと寝起きも凜としたエンディの姿があった。


 まだ眠たいのか時折まぶたが下がり......というか、ほとんど開いていないのだがその姿はクールそのものだ。


「(志渡院の貴重な姿を見た気がする)」


 カイはそう思いながら、ここに来たエンディに何の用か尋ねる。


「俺は単純に魔法の重ね合わせによる効果の拡大及び変化について試してただけだ。

 エンディこそこんな森まで来てどうしたんだ?」


「その......あ、朝起きたらいなかったから......不安になって」


 エンディは少しだけ恥ずかしそうに体をもぞもぞさせながらそう告げる。

 そんな普段大人びた印象しかない志渡院の姿のエンディにおっさんカイは思わずドキッとしかける。


 エンディと話しているとどうしても昔の高校時代に戻った時のような感じになってくるのだ。

 それは嬉しい反面、心に言いえぬ楔を打ち込まれてるような気もしていた。


 カイはそんな気持ちを紛らわそうとタバコを吸い始めるとそれについてエンディが聞いてきた。


「それは? おじいちゃんがよく吸ってたキセルのニオイにも似てるけど」


「これはタバコっていうものだ。にしても......へぇ、こっちにもタバコがあるんだな」


「吸ってみたい」


「ダメダメ、未成年にはそんなことはさせられません」


「未成年......彼女の記憶からだと二十歳からみたいだけど、この世界じゃ十五から成人。

 そして私は人族の年齢で換算すれば彼女と同じ年齢だからセーフ。吸わせて」


「いけません。俺、こうボサっとした見てくれだけどそういうルールは守ります」


「シルビアが『パパは適当人間ですからいけるんじゃないですか?』って言ってたのに......」


「あの子は何を根拠にそう言ってるんだ......」


 カイは「あの子を一回ぐらい叱ってやろうかな」と呟きつつ、ため息交じりに口からふぅーっと煙を吐き出す。


 そのニオイが風に流れていき、嗅ぎなれたニオイがエンディの鼻孔をくすぐる。

 そしてふと自分の祖父との会話を思い出し、それに関連したように父親との最後の言葉を思い出してしまった。


 そんな暗く影を落としたように顔を下に向けるエンディをカイは目を捕捉してみながら、言葉を伝えていく。


「そういえば、一つ言い忘れてたことがあった」


「言い忘れてたこと?」


「ああ。エンディ、君は君だ。志渡院の姿を真似しようとしなくていい」


「......っ!」


 そのカイの言葉にエンディは思わず目を見開いた。

 どうやらその言葉はエンディには図星のようであったみたいだ。

 その反応を見ながらカイは優しく言葉を告げる。


「君はきっと根っから優しい子なんだろうな。

 だから自分を助けてくれた志渡院の恩返しをしたいと思っているのだろう。

 だけどな、それは自分の気持ちを内に隠してまで実行することじゃない」


「そんなことはない! これが彼女の願いだって......彼女は本当にあなたが好きだった! だから私は――――」


「『だから私は志渡院のためにカイさんを好きになる』って感じか?

 まあ、好意を抱いてくれることには嬉しいの一言に尽きるが......それがたとえ志渡院の気持ちであっても俺は願い下げだ」


 その言葉にエンディは思わず動揺した。

 エンディは志渡院佳の肉体に入ってるからこそ、どれだけ彼女がカイのことを好きだったか知っている。

 その心苦しい恋情も知っている。


 だからこそ、エンディはもう志渡院佳の魂がこの世界に魂がなくても、その肉体が呼び求めているのなら応えたいと思った。

 なのにその相手であるカイはその彼女の気持ちを知りながらも拒絶した。


 エンディに僅かながらに怒りが込み上がってくる。

 握りしめた拳に力が入り、カイをキリッと睨みつけた。


 その表情にカイは僅かに笑みを浮かべる。

 それがさらにエンディの怒りのボルテージを上げた。


「どうして笑うの? 彼女の好意がそれほどまでにおかしいって言うの?」


「違うよ。それに言ったじゃないか『好意を抱いてくれることには嬉しいの一言に尽きる』って」


「だけど、あなたはその好意を足蹴にしたじゃない!

 それはたとえあなたが彼女のことを好きじゃなくてもそんなので片づけていい話じゃない!」


「ちょっと、落ち着けって。君は勘違いしている」


「うるさいっ! 一回殴られて反省して!」


 そう叫ぶとシルビアは一瞬にしてその場から消えた。

 元居た場所にあるのは踏み込んだ時に巻き起こったであろう砂煙のみ。


 そして次の瞬間にはカイの眼前に右拳を大きく振りかぶったエンディの姿があった。

 その眼には涙が浮かんでいる。


「やはり君はまだ未成年こどもだ」


 エンディが振り抜いた拳は巨大な爆風を発生させ、カイの後ろにあった森が大きく抉れていくようにたくさんの木々が数十メートルまで風で大きく押し流されている。


 その抉れた箇所からは爆発した後のような砂煙が舞い上がっていて、それが風と共に南へと流れていく。


 その森を抉らせた張本人エンディはというと愕然とした表情で止まっていた。

 なぜなら最強の膂力を持つ竜人族の拳を全力で振るったのに、カイの顔に届かずにいるからだ。


 拳を止めたカイは右手でエンディの手首を掴み、左手ではタバコの先端が当たらないようにエンディから遠ざけている。


 そしてカイはエンディから右手を放し、そっとエンディの頭に近づけていく。

 その行動にエンディは思わずビクッと恐怖で体を丸くすると優しく手を置かれた。


「ありがとうな、志渡院のために怒ってくれて」


「......え?」


 思わず素っ頓狂な声が漏れ出たエンディ。

 されどカイは気にせず言葉を続けていく。


「それほどまでに自分のことを思ってくれる友人がいてくれたならきっと志渡院も幸せだろう。

 だけどな、俺が言いたいのは自分の気持ちも蔑ろにしないでくれということだ」


「自分の気持ち......」


「確かに、その体は志渡院のものかもしれない。

 しかし、その体を動かす魂は君なんだ。

 だから、君は君の思うように行動していい。

 そしてその願いのためにきっと志渡院は君に体をあげたんだ」


 そう言われた瞬間、エンディの心の中に当時の面影を残した志渡院佳が現れたような気がした。

 その志渡院はそっとエンディを抱きしめると何も告げずに離れ、消えていく。


 それが何を意味するかは分からない。

 しかしその心の中に残った暖かい気持ちが溢れ、流れ出る涙の量を増やしていく。

 そんなエンディをカイは優しく撫でた。


 そしてやがてエンディが泣き止むと涙が止まったはずにもかかわらず胸の高まりを感じた。

 それは志渡院佳の肉体から感じる高まりとは違う、エンディ自身のドキドキした気持ち。


 エンディはその溢れ出る感情のままにカイに告げた。


「私、本当にあなたのこと好きになっちゃったかも」


「.......マジか」

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