第2章 エルフの森の異変

第14話 今後の方針

 ミルバナ街道。

 そこは整備されたの道の両端にミルバナという青い花がたくさん咲くことから名づけられた街道だ。


 その街道はカイサルという街へ行くための道としてよく使われ、商人や貴族がよく使う比較的魔物の出現が少ない安全な道である。


 そんな道をシルビアを肩車したカイとその隣にいるエンディが雑談しながら歩いていた。


「パパ、多少のゴタゴタはありましたがそろそろ今後の方針を決めませんか?」


「そうだなぁ。村での情報は得られなかったし、エンディも結局ついてくることになったし」


「ついてくることになったっていうか、パパが押しに負けたというか。まあ、事実上の援交であり、浮気でありますね」


「ちょ! シルビア、そんなはしたない言葉は使っちゃいけません! それから全然違います!」


「大丈夫、この世界は一夫多妻だから。私は第二婦人でも構わない」


「君も君でちゃっかりしてるねぇ.......はい、この話もうおしまい! 早速脱線しすぎ!」


 カイが手を一度叩いて空気を変えるも、幼女と少女は不満げに「えー」と抵抗する。

 そんな反応されてもカイのそこら辺の倫理観的には納得しかねるのだが。


「とりあえず、俺がやってくことは情報集めぐらいしかなさそうだな。

 この世界の人と全く関わらずに生活するってのはさすがに無理だろうから、ひたすら聞き込みと言った所だな」


「それから金策ですね。いつまでも魔物の肉を食べて生活するのは健康問題上よろしくないかと。

 まあ、パパや私には関係ないことですが、エンディさんがいる以上そうはいかないでしょう」


「後に必要なことがあるとすれば.......人脈づくりかな?」


「それは情報集めついでになんとかなるでしょう。

 それ以上に考えておかなければいけないのは厄神への対策です」


「(そう言えば、そんなのがあったな.......)」


 シルビアの言葉を聞いたカイは自分の成長したステータス表を見せてもらった際に乗っていた「厄神の標的」という称号を思い出した。


 いかにも物騒な称号であrが、これまでただひたすらにそれに対抗するための力をつけていたので、そもそもそれに関する情報を未だ知らなかった。


 故に、カイはそれについてシルビアに質問する。


「厄神って結局なんなんだ?」


「厄神フォルティアは創造神ルナリスに対極する位置に存在するいわば破壊神です。

 といっても、もともとは必要な存在でしたが」


 シルビアの説明にエンディが付け足していく。


「人に正の感情と負の感情があるように神にもその感情があったらしいの。

 かつては一つの存在だったらしいけど、それがそれぞれの感情に分かれて世の中のバランスを保っていたみたい」


「なんかよくありがちの神話だな」


「フォルティナは負の感情を司るため、天使に崇められる正の感情を司るルナリスを嫉妬したらしくやがて暴走し始めました。

 そして世界に“災厄”をもたらす存在とルナリスに認定されて厄神となったのです」


「で、シルビアはその何に気を付けるために俺を鍛えさせたんだ?」


「フォルティアに遣える『神影隊』という天使に対してです。

 といっても、本物の天使も含めますが、多くは人が神の加護を受けて人ならざる力を持った存在のことを指します」


 「神影隊」......それは創造神ルナリスの遣天使に対抗して厄神フォルティアが作ったと言われる模造遣天使のことだ。


 その力はシルビアの言った通り人でありながら人ならざる力を有していて、一騎当千、万夫不当。

 この世界に住むどれほど強い人間であろうとその存在の前ではただの有象無象となり果ててしまう。


 そして、この世界のそれについてまとめた本ではこのようにまとめられている。


 曰く、その力は大地を抉り、地図の地形を変える。

 曰く、その力は光の波状となって、有象無象の存在を抹消する。

 曰く、その肉体は何人も傷つけること能わず、攻撃した者の武器、拳または足が破損する。


 曰く、その存在はまさに人智を超えたオーラを解き放ち、心弱き者の戦意を瞬く間に消失させる。

 曰く、その存在を確認した者は命からがら生き延びたとしても、心に一生拭うことのできない恐怖という名の裂傷を負う。


 シルビアの言葉にエンディは何か心当たりがあるように顔に影を落とした。

 そして言える範囲で告げていく。


「私もその存在とかかわりがある。

 私の住んでいた国がその存在によって崩壊した。

 ただ、何が目的でそうしたのかはわからない」


「そうなのか。それは辛かったな」


「ううん、大丈夫。きっと一人だったら今も心寂しかっただろうけど、今は一人じゃないから」


 エンディはそう言ってカイに向かって微笑んで見せた。

 大きく笑顔といった感じではなかったが、その体に纏う雰囲気は優しさに溢れていた。


 そんなエンディにカイも同調するように笑いながら、不意に昔に見た妻の万理の笑顔と重なって頭を撫でていく。


「パパ、悪手です」


「へ?」


 シルビアに突然そう言われてエンディを見てみるとエンディはそっぽ向いている。

 カイには見えないがエンディは今にも甘々に歪みそうな口元を必死に堪えていた。


「(どう考えても、今のは好感度上げる感じでしたね。パパが退けているハーレム化がまた近づきましたよ)」


 そう思いつつも面白いから決していうことはないシルビア。

 この選択はパパの自業自得なのでなーんにも知りません、と。


 結局、カイはシルビアの言っている意味がわからず首を傾げながら、話を戻すようにシルビアに質問した。


「それでそのフィルティアってやつは神影隊に対して何をやらせたいんだ?」


「一番は創造神の居場所を乗っ取ることですかね。

 “彼女”の原動力は羨望と嫉妬でしたから。

 厄神というまるで汚れ仕事みたいな立場に不満が募っていたのでしょう。

 ただ他に目的があるとすれば、五大天使の掌握と言ったところでしょうか」


 シルビアの言葉にエンディは思い出すように五大天使の名前を列挙していく。


「五大天使......確か、エルフを守護する森神エンリュレ、魔族を守護する魔神ワドルグ、魚人族を守護する海神ネプティーヌ、獣人族を守護する獣神ガンギュラス、そして竜人族を守護する竜神テュポーンだった気がする」


「天使って言ってるのに『神』って言ってるんだが」


「最高神である創造神ルナリスからすれば自分より地位の低い神は皆一律に『天使』と呼ばれるそうですよ。

 ですが、私達からすればその天使は『神』に値するからそのようにあべこべなのです」


「なるほど」


「そして恐らく五大天使を掌握したらこの世界を意のままに操ることが目的なのでしょう......創造神がこの世界を支配していると思っている限りは。

 まあ、私も過去の記憶を頼りにした言葉なので、それがこの世界でどこかで通用するかわかりませんが」


 シルビアは変わらぬ地平線が続く景色から神がいるだろう空へと視線を向けていくと「ただ......」と言葉を続けていく。


「だいぶ話は脱線しましたが、パパはその神に関して調べないといけません」


「どうしてだ?」


「その神がパパの友人及び家族を召喚できる可能性があるからです」


「!?」


 その言葉にカイは思わず立ち止まった。

 そして肩車しているシルビアの顔に目線を向けていく。


「その言葉......本当か?」


「確証は持てません。ですが、他の世界からこの世界へと渡るなんて力は多次元へと強い干渉力がないと果たせません。

 それこそ神の御業を利用しない限りには」


「.......」


「故に、調べておいて損はないと思うんです。その判断はパパにお任せします」


 そう言ってシルビアはそれ以上のことは話さなかった。

 それに対し、カイは何かを考えるように俯きがちに歩き、その様子をエンディは少しだけ心配そうに見つめた。


 それからしばらく歩き続けると日が傾いてきたので、カイ達は近くの開けた場所で休むことにした。

 そしてカイが村からもらってきた調理器具で料理を作ってい。。


 皮肉なことに一人暮らし歴がそれなりにあったために料理スキルはある程度あるのだ。

 そしてその料理の評価は二人の幼女と少女には大絶賛であった。


 エンディが増えたことで、カイは深夜帯の夜番のために先に仮眠することになった。

 その間、エンディとシルビアが親睦を深める会話をしているとふいにパチッと目を開けたカイが二人に向かって告げる。


「遠くから何かが迫ってきている。二人とも、念のために戦闘準備だ」


 カイの言葉にコクリと頷いた二人はすぐさま準備を始める。

 エンディは両手にグローブをつけて構え、シルビアは銃の形となってカイの手元に収まった。


 遠くからドッドッドッと地面を鳴らしながら何かがやってくる音が聞こえてくる。

 その音と同時に誰かが叫んでいるような声も聞こえてきた。


「――――か、た――――えええええ!」


「何言ってるんだ?」


「『誰か、助けて』って辺りじゃない?」


「誰かーーーーー! 助けてえええええーーーー!」


「ホントだ」


 足音はドスッドスッとしたものに変わり、その声の主は木々をなぎ倒しながら直進しているのか木が折れる音も聞こえてくる。


 その声の主は一回ドスンッという大きな音を立てるとカイ達の上空に現れた――――それは大きな恐竜であった。

 両手に翼を生やし、太い足でカイ達を飛び越えるように移動している。


 その恐竜の背中には少女が乗っていた。

 短いブロンドを揺らし、泣きながらその恐竜の首元に必死に食らいついている。


「返してーーーー! 一週間ぶりのあたしのお肉ーーーーー!」


 その少女は必至な様子でそんなことを言っている。

 それをポカーンと見つめていたカイは冷静に告げた。


「どうやら食い意地の強い女の子があのでっかいのと争ってるだけのようだ」


「あ、え、助けなくていいの?」


「いいんじゃないですか? 食い意地張ってるだけですし」


「良くないですぅーーーーー! 今度はあたしがお肉になっちゃいますからーーーーー!」


 なんとも忙しそうな女の子は振り落とされたらしく、今度は恐竜に追いかけられながらカイ達に向かって来る。


「おいおい、そんなもんをこっちに連れてくるなって! おっさん、さすがに恐竜は怖いって!」


「ダウトです。確かに心拍数は上がってますが、それはどちらかというと初めて恐竜を見て興奮している的な意味合いが強いです」


「ちょっと、シルビアさん。人の心を勝手に暴かないでくれる?」


「そんなことどうでもいいから早く助けてーーーーーー!」


 忙しそうな女の子が泣きながら突撃してくる。

 それに対し、身構えたカイであったが「ここは任せて」とエンディが前に出るので任せることにした。


 突進してくる恐竜の前に立ったエンディはタイミングを合わせてその場で一回転すると尻尾で恐竜の太い足を薙ぎ払い、回転の勢いのまま裏拳を恐竜の首に当てる。


 その瞬間、恐竜の首がグギッと嫌な音とともに九十度に折れ曲がる。


「(エンディは怒らせないようにしよう)」


 それを見た瞬間、カイは静かに思ったのだった。

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