第12話 身勝手な仕返し
「落ち着きましたか?」
「ああ、悪いな。大人が気持ち悪く涙流してるの見せてしまって。年取ると涙脆くなっちまうんだ」
カイは溢れ出した気持ちの整理がつくと涙を拭っていく。
その言葉に対して、シルビアはさもあらんという感じで返答した。
「私はパパと一度精神をコネクトして記憶を読み取っているのでその辛さがわかりますから別に何とも思いませんよ。
それに大人だからって涙するのを恥とは思いません。
それだけ大切な想いがあったんですから」
「ありがとな。そう言ってくれて助かる」
カイは微笑むとそっとシルビアの頭を撫でていく。
すると、シルビアは気持ちよさそうに目を細めた。
「それで、エンディさんの方の様子はどうですか?」
「泣き疲れてまた寝ちまったよ。この子も志渡院とは大切な思い出があったんだろう」
カイは胸にもたれかかるようにして寝ているエンディの頭をそっと撫でると言葉を続けていく。
「俺は志渡院の最期をしらない。
志渡院が俺に対してそんな感情を抱いていたなんて、当時の俺は気づきもしなかった。
気づいていればこの未来はまた違ったんじゃないかって思うこともある」
その言葉はどこか悲しく、寂しいようにカイの声は弱々しい。
「だけど、もう過去には戻れないんだ。
だから、せめて志渡院が絶望せずに亡くなったことが聞けて良かった。
感謝してるんだこの子には」
「まだわかりませんよ?
エンディさんは志渡院さんの姿となって生きている。
魂こそ違えども、その現実には志渡院の姿形は存在しているのです。
であれば、エンディさんを助けることは志渡院さんを助けることにはなりませんか?」
「......」
「ごめんなさい、パパ。出過ぎたことをしました。
私はただパパの気持ちが少しでも救済されればと」
「大丈夫。わかってるよ。俺の娘は優しいからな」
カイはそういってシルビアに笑ってみせた。
その笑みは乾いていた。作り笑顔とも言うべきか。
少しずつ潤い始めていた心が一気に干からび、その焦土となった心に良くない風が吹き始めているそんな感じ。
カイはそっとエンディを抱きしめながら、顔を俯かせてシルビアに聞いた。
「シルビア、前に君が『まだ終わってない』って言ったの覚えているか?」
「はい。あの大蛇の中に隠れるように潜んでいた
パパが大蛇の頭を打ち抜いたまま大蛇の死体を放置していたのは、あの中にいた黒幕を泳がせるためと思っていましたが」
「間違ってないよ。
この村の地下にあった拘束具や檻は明らかに村人が作れるようなものじゃないし、それにあの大蛇は今まで散々人を食ってきたらしいのにエンディを見た時は『最高の土産』って言ったんだ。
だから、そのままアジトまで逃げ帰った所で何をしようとしていたかを聞こうと思ってただけだから」
だんだんとカイの体から黒いオーラが発し始めた。
禍々しいその雰囲気にシルビアはどこか悲しい顔を向ける。
「たださ、結果的とはいえあいつは俺の大切な存在を俺の目の前で奪おうとしたわけじゃないか。
これって――――立派な動機になるよな?」
顔上げたカイの目は血走っていた。
額や首から頬に賭けていくつも血管が浮き出ている。
静かに、されどグツグツと煮えたぎるマグマのように怒りが膨れ上がっている。
それに対し、シルビアもカイの心と一度繋がったからこそ同調するように冷たい瞳となり、カイに聞く。
「復讐は疲れるのではなかったのですか?」
「大人は嘘つきなのさ」
「さすが身勝手な大人ですね。
ですが、私はそんなパパでもいいと思いますよ。
もう何かを我慢する必要はないと思います」
「ありがとう。少しだけ俺の身勝手に付き合ってくれ」
カイはそう言って意識を自身の影へと落としていった。
*****
「どうして? どうしてこうなった?」
蛇人族スネーケイルは焦りに焦っていた。
手が生えた蛇のような姿で地面を這い、暗闇に溶け込むように黒い外套を纏いながら月明かりの身が照らす森の中を逃げるように走っていた。
スネーケイルはわけがわからないでいた。
突然、自分の身に起こったことに対して。
スネーケイルは満月の夜いつも通りに
そして、村の方から煙が上がっていたので十字架に張り付けられている人間を確認しに行けば、そこに張り付けられてる人間などどこにもいなかった。
しかし、その十字架の前には大勢の村人と子連れの男と目的の藍色の髪をした竜人族の女がいた。
特に竜人族の女は我らが欲している存在だ。
だから、もう用済みとなった村を潰して、女を攫おうとしたら......気が付けば頭が吹き飛ばされていた。
大蛇に変身したとはいえ、それは自分のもと肉体に魔法で作りだした着ぐるみを着ているようなものなので助かったが、もう少し本体が頭の方に近ければその時点で死んでいた。
その瞬間に、スネーケイルは頭を打ち抜いた男の目を覚えている。
あの目は完全にこっちを見ていた。
あえて生かされていると理解した。
だからこそ、スネーケイルは逃げた。
いち早く逃げて「あの方」に報告しなければと思ったから。
「急げ! 急げー!」
スネーケイルは自分を鼓舞しながら足場の悪いけもの道を蛇のしなやかさを生かして進んでいく。
そして自分のアジトである洞穴に辿り着くとその中に入っていく。
蛇である自分しか入れないので、まずここに
一度入ればある程度開けた空間なので体を起こして奥の水晶のある部屋に向かっていく。
そこに入るとそこには祭壇がある。
祭壇の上にある壁には死神の鎌を連想させるような鎌がクロスして、その上側には両手を握った白衣の女神のような旗もあった。
なんとも女神と悪魔が混在しているようなあべこべな旗であったが、それがスネーケイルにとっては信仰すべき神なのだ。
「ああ、我が主に使える神の眷属よ。私は神の使いスネーケイル。私の声に応じて――――」
「へぇ、面白そうなもの置いてあるじゃん」
「......っ!」
スネーケイルは声がかけられるまで全く気配がしなかったことに驚きつつ、咄嗟に後ろを振り向くと頬に激痛が走った。
パリンと背後で水晶が割れる音を確認しながら、目の前にいる人物を確認するとそこにはいるはずもない人がいた。
「なっ、どうして人が.......いや、違う。
明るい場所なのに全く姿が映らない。こいつは<影分身>か」
スネーケイルは鼓動が速くなるのを感じながら、目の前の存在に警戒する。
その影は男性ほどの体格で右手に持って煙の出た筒状の謎の武器を持ち、顔は赤く丸い目が二つに三日月のような同じく赤い口をしていた。
そして、その影の男は答える。
「ご名答。だが、あいにくあげれるものは何もない。むしろ、貰いに来たからな」
「はっ、 所詮は影分身! 本体に比べて力は十分の一にも劣る!
俺を捕まえてみたければここまでやってくるんだな――――
スネーケイルは影の男に向かって右手を向けるとそこから作り出された魔法陣から炎で形作られた蛇を放出した。
その蛇は影の男に向かって襲い掛かるが、直後にドパンッと音ともに一瞬にして消失した。
それと同時にスネーケイルに痛みが走る。
思わずその痛みを感じる右側を見て見ると向けていた右腕が無くなっていた。
「ああああああ!?」
あまりにも予想外の出来事にスネーケイルは右肩を抑えながらその場で悶え始めた。
そんなスネーケイルに影の男は左腕を固定するように踏むとそのままスネーケイルにマウントポジションを取る。
「さて、お前は質問にだけ答えろ。
意外と右腕失っただけでも失血死って簡単にするもんだからな」
影の男はそう告げると筒状の武器の先――――銃口を額に押し付けながら、赤い丸々とした瞳で尋ねる。
「お前の目的はなんだ? お前はどうして彼女を狙う?
お前の言っていた『神の使い』とはなんだ?」
「い、言わない。絶対に」
「自分の命がかかっているのにか?」
「......」
「いや、違うな。言う言わないにかかわらずしくじった時点で殺されるんだろう?」
そう言った瞬間、スネーケイルのが目が僅かに開く。
そんなスネーケイルに影の男は言葉を重ねていく。
「お前らがどういう組織かは大体理解できた。
要するにお前のような存在はいつでも切れる捨て駒というわけだ」
「誰が捨て駒だ! 我が主は俺をちゃんと救済してくれる!
所詮影でしか姿を表せないような臆病者のお前とは違う!
我が主は至高なる存在だ!」
「そうか、至高なる存在か。なら、是非とも聞いてみたいものだね」
影の男はニヤリとした顔のままそう告げると自分の胴体へと手を突っ込んだ。
取り出したのは一枚の紙。
そこには名前が書いてあった。
カイの行方不明者リストだ。
影の男はスネーケイルの盲信的な黒々とした目を“見”て「これ以上何言ったところで話さない」ことがわかるとすぐさまその紙を見せて尋ねた。
「これは俺が今探している連中の名前だ。一人ずつ名前を読み上げていく。嘘偽りなく正直に答えろ」
「誰がそんなことを――――あああああ!」
影の男は銃をスネーケイルの左肩に押し当てるとそのまま引き金を引いた。
その瞬間、乾いた音ともにスネーケイルの絶叫が空間に響き渡る。
「俺はバケモノにでもなる覚悟でね。もう殺すことに躊躇いがない。機嫌を損なわせないでくれよ」
影の男は一人ずつ名前に指さしながら読み上げていった。
すると、スネーケイルが反応したのは「志渡院佳」の部分であった。
スネーケイルは上手く嘘を隠しているようだが、長年人の顔色を伺いながら生きてきた影の男にとってはその程度の嘘はすぐにわかる。
「答えろ。どうしてお前が志渡院佳のことを知っている?」
「知らない! 俺は何も!」
「安心しろ。答えたら
影の男はスネーケイルの目の前で両手を上げて見せた。
それに対し、恐怖が限界に達していたのかこの状況を早く終わらせたいスネーケイルは震えた声で「本当だな?」と聞き返し、答えていく。
「俺は名前を聞いたことがあるだけだ。本当だ。
だから、その女がどうなったのかも知らないし、あの竜人を捕まえてどうするかもわからない」
「......嘘じゃないみたいだな。それに本当にこれ以上聞き出せることは何もなさそうだ」
影の男はスネーケイルからどくと手に持っていた武器を胴体の中にしまっていった。
その影の男の様子を警戒しながらスネーケイルは体を起こしていく。
「安心しろ。何もしないと言ったじゃないか」
「信用できんな。現にお前は俺をすでに攻撃している」
「しかし、どうにでも出来たはずのお前を今もこうして殺そうとしていないのが良い証明じゃないか」
「減らず口め」
スネーケイルは影の男を睨むように見つめる。
するとふと、自分の影が異様に大きいことに気付いた。
その影を辿っていくと影の男の足元から繋がっている。
「お前、謀ったな!?」
「謀ってない。謀ってない。ただ君に対して恨みを持つ死者の一方的な仕返しだよ」
そう言うとスネーケイルの周りの影から顔や胴体が爛れたようなゴーストが現れ、スネーケイルの体を次々と掴んでいく。
そしてスネーケイルは底なし沼のような影にだんだんと体が飲み込まれ始めていった。
「な、なんだこれは!? か、かか影に飲み込まれる!?」
「君に食われるために焼かれたゴースト達さ。
そんな君に恨みを持つゴースト達に手助けしただけだよ。
ほら、言ったでしょ?
「嫌だ! 嫌だああああああ!」
断末魔のような叫びとともにスネーケイルは影の中に飲み込まれていく。
その最期を影の男はただ笑って見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます