第11話 志渡院佳を知る者
昔のエンディは藍色の髪と角、トカゲのような尻尾という竜人族の特徴を持ちながらも、志渡院佳のようなスッとした美人というよりは、どちらかというと童顔に近く可愛らしい顔立ちだった。
龍ヶ城という竜人族が住む国にある家城の一人娘としてエンディは生きていた。
しかし、生まれながらに病弱であったため、ほとんどの時を自室で過ごしていた。
竜人族の虚弱とはいえ、力のほどは人族ほどにある。
しかし、それに対する筋肉密度の高い筋肉に対して骨が耐えきれていなかったのだ。
故に、些細なことでよく怪我を繰り返した。
そのためほとんどの時間を自室のふすまを開いて見える家城の庭を眺めるだけ。
竜人族は長命種だ。人族の一生を百年とすると、竜人族には一週間程度の間隔しかない。
それ故に、苦痛なのだ。
時間はいくらでもある。
しかし、いくらでもある時間の中で自分が出来ることはほとんどない。
ただ病状を良くする薬を飲み、定期的なリハビリを繰り返し、流れていく季節をただ漠然と眺める日々。
国の長であるエンディの両親が定期的に様子を見に来たり、看病してくれる乳母やお世話係として日々修行中である子供達がよく話しかけに来てくれたりしたが、嬉しくはありつつも心から気持ちが晴れることはなかった。
ふすまの庭からエンディが覗く空には竜となった仲間が自由に空を飛んでいく。
同い年ぐらいの子もいたはずだ。
しかし、エンディは肉体がそれに耐えられない。
竜化などすれば全身の骨が折れるかもしれない。
だから、羨ましかった。
同い年の子達はお姫様として裕福な暮らしが羨ましいと思うだろう。
しかし、エンディにとってはただ外を自由に歩き回れるという当たり前のことがただただ羨ましかった。
そんな羨ましさが膨れ上がり、その気持ちを考えないように虚無のような瞳で景色を眺めていたそんなある日、一つの出会いが生まれた。
それが
近くの森で倒れていたところをエンディの仲間が見つけたらしいのだ。
その志渡院佳の体は所々に黒い斑点が出来ていて、ホクロともまた違うようであった。
また顔や腕、足にも擦り傷、切り傷というのが多く、すぐにその志渡院佳の治療が始まった。
それから少しして、治療が終わって志渡院佳が目を覚ますとエンディは気まぐれに志渡院を同じ部屋に運ぶようにお世話係に頼んだ。
『あなたは?』
『私は【エンディ=フォルナード】。エンディでいいよ』
『私は志渡院佳......ケイでいいわ』
エンディが最初に見た志渡院の印象はただ「美人」の一言に尽きた。
雪のような白い肌のように見えながら病弱という印象は感じず、その体から溢れ出ている凜とした雰囲気にはエンディも思わず唾を呑みこんだ。
それからエンディとケイはいろんな話をした。
最初にケイの身に起こったことから始まり、この世界がわからないというケイに常識を教えてやり、逆にケイの知っているこの世界とは違う常識を教えてもらったりした。
話を交わす数が増えていくとともに二人は仲良くなった。
ケイが怪我の影響で上手く体が動かせないという似たような境遇もあってか、エンディは初めて心から話せたような気がした。
好きな食べ物の話、何が得意かの自慢話、やりたいことの話、好きな物語の話、時には不満の話もしながら、好きな人の話もした。
エンディは生まれてから家城の外に出たことがなかったので、同年代の男という存在はあまり知らない。
姫という立場なので、時折両親から結婚に関する話も持ち出されたが、なんとなく話を合わせながら保留にしていた。
だから、外から来たケイに聞いてみたのだ。
すると志渡院はあまり大きく表情に現れない顔を紅色に染めながら告げるのだ。
『好きな人はいる。でも、もうきっと届かない。物理的にも精神的にも。
でも、私はその人がどうしようもなく諦めが悪いことを知ってるの』
そう言いつつもケイは自分のことのように嬉しそうに思い出を話す。
『私が住んでたところに体育祭ってのがあってね。
大勢でバトンを繋いで走るリレーって競技があるんだけど、一位争いしてたけど途中で転んで大きく差が開いちゃって誰もが諦めの雰囲気だったのにあの人だけは違ったの』
ケイは重ねた手を胸にあてて心から言葉を紡ぎ出すように告げていく。
『ただ前だけを見ていてその眼には諦めがなくて、そしてついにはバトンを受け取って走って一位になったの。
その時、また私の心に火が付いた気がした。
ただ応援して見ていただけなのに、まるで走った後のように体が火照る感じがした』
そんな風に好きな人を語る志渡院にエンディはまるで同じ気持ちになったようにドキドキした。
『大好きな人なんだね』
『......うん。あの人だけが私の本当の感情に気付いてくれるの。なぜかはわからない。
でも、そんなことはどうでもいい。ただ本当の私に気付いてくれるだけで嬉しい。だから......』
『......っ!』
『だから、会いたい......どうしてこんなことになっちゃってのかな.......皆にも会いたい。助けて......新神君』
ケイは泣き始めた。
我慢していた心寂しさがどんどんと露わになっていく。
ボロボロと涙を流していくケイにエンディはかけてやる言葉すら見つからなかった。
ずっと部屋に閉じこもっていたエンディには理解しきれない色鮮やかな感情と想いであったからだ。
しかし、その気持ちがどれほど辛くて、寂しいことなのかは伝わってくる。
だから、同調したように涙を流し始めた。
そしてエンディはそっとケイを抱きしめる。
『大丈夫。きっと会えるよ』
捻りだした言葉がそれだった。
根拠もない。説得力もない。
しかし、この胸に宿る感情はきっとたった一つの希望をなくしたくないものだと思う。
だから、エンディはただ抱きしめ続けた。
ケイの寂しさが少しでも拭えればいいと願って。
そんなやり取りもあってか二人の距離はぐっと縮まり、まるで親友、否、姉妹のように仲良くなった。
どこか大人びた包容力のあるケイが姉で、おしゃべりで甘え下手なエンディが妹で。
エンディの治療も、ケイの治療も順調に進んでいるらしい。
だから、二人で外でいっぱい遊ぼうとそんなことを夢見ていたある日、事態は急変した。
ケイの症状が急激に悪化したのだ。
見えなくなっていた黒い斑点が急激にケイの体を蝕み始めた。
ケイの証言による森に蔓延していた瘴気による影響か。
それとも、ケイの体力的な問題か。
どちらにせよ、日を追うごとに苦しさに悶えるケイのそばにエンディはずっと居続けた。
医者からの「感染リスクがあるから」という忠告を無視して。
やがてケイの体に出来た黒い斑点は体に多く出ると波打ったような紋様を作り出した。
それが出来るとケイは度々吐血を繰り返し、医者も「原因がわからない」とのことでもはや打つ手はなかった。
しかし、エンディは諦めなかった。
何が出来るわけでもなかったが、「頑張れ」「死ぬな」と応援して自分に出来ることに尽くした。
すると辛うじて意識が残っていたケイがエンディにあることを伝えたのだ。
それから数時間後にケイは亡くなった。
体に出来ていた斑点もまるで死んだ原因をわからなくするように消えていく。
ケイはエンディと仲良かったためエンディの両親の好意で手厚く弔われる予定だった。
しかし、そこにエンディが待ったをかけて告げたのが「魂逆身転」という禁忌の魂魄魔法であった。
それは死んだ肉体に魂を移し替えるというもの。
いわば、
だが、その提案こそがケイからの願いだった。
『もし肉体が丈夫なまま残ってたら、私の体を使って。
移り変わった魂に合わせて肉体が変化するみたいだから、私の体が丈夫であったならきっと上手くいく。
姉妹みたいって言われてたんだから』
そう告げたケイの言葉を信じエンディはそれを頼んだ。
もちろん、最初はものすごく反対されたが、エンディの両親もエンディがずっと病弱で動けないのを気に病んでいたのかエンディの誠心誠意の頼みに賭けてみることにした。
もちろん、失敗する可能性もある。
いや、むしろそっちの方が大きかった。
魂自体人が早々に扱えていいものじゃないのだから。
しかし、エンディにはどこか成功する気がしていた。
姉妹のように仲良くなれたんだから。
そして、儀式台に二人の体が横並びに仰向けに置かれ、「魂逆身転」の儀式が始まった。
大規模な魔法陣の中心で二人の体が並び、その肉体から生者を示す白の魂と死者を示す黒の魂が空中へ浮かび、その魂がそれぞれ逆の肉体に入っていく。
儀式が終わるとすぐに志渡院の肉体に変化が訪れた。
ケイの容姿はそのままに黒髪が藍色に染まっていき、エンディのもと肉体にあったものと同じ角が生え、尾てい骨辺りからはトカゲのような尻尾が生えてきた。
エンディの魂の情報に合わせて肉体が変化したのだ。
そして数分後にエンディはケイの肉体で目覚め、感触を確かめた。
まるで自分のことのように手足が動かせ、尻尾も動く。
そしてケイの肉体に宿っていた記憶が自分の記憶に流れ込んでくる。
こうして、エンディは今のカイが知るエンディへと変わったのだ。
*****
「それが一年前の話......ごめんなさい、ずっと懐かしい感じはしてたからもっと早くに―――――」
「ありがとう」
悲しそうに俯くエンディをカイは思わず引き寄せて抱きしめた。
その声は震えていて、ぎゅっと瞑った目からは涙が大量に溢れている。
「ありがとう。志渡院の最期を看取ってくれて。志渡院と仲良くしてくれて。
俺は志渡院を助けることも、看取ることも出来なかった大バカ野郎だ」
「そんなこと言わないで。彼女はずっとあなたを信じてた。
いつか必ず助けに来てくれるって。
それは死んだ後も変わってないよ。この体がそう言ってるの。
だって、この体はあなたとの思い出が詰まった彼女の体なんだから」
「志渡院......志渡院......ぐっ、うっ......」
「そんな、泣かないで.......あなたに会えた嬉し泣きと生きた状態で会わせられなかった悔し涙で感情がごちゃ混ぜになって......。
あなたは
二人は堰を切ったように号泣した。
互いに互いの心音を確かめ合うように強く抱きしめながら。
カイは悔しかった。
もっと早く助けに来ていれば志渡院は生きていたかもしれない。
そんな意味もない仮定を考えては目の前の現実にぶち壊される。
ずっと探していた人が生きているとは限らない。
それは残りのメンバーとて同じことだ。
しかし、一番悔しいのはその最期すら見れないこと。
死んでほしくないとは当然思う。
それでも過酷なこの世界では何が死に直結してるかわからない。
だからこそ、せめて死ぬことになってもその最期は見てやりたいのだ。
そういう意味では、カイはエンディには感謝していた。
何の情報も手に入らないままひっそりと死ぬことは先に飛ばされた仲間にとっても酷だと思うから。
そしてしばらくの間、二人の号泣した声は響き渡った。
*****
―――――行方不明者リスト―――――
男友人:相川 翼(アイカワ ツバサ)
男友人:椎名 誠人(シイナ マコト)
男友人:陸井 哲也(リクイ テツヤ)
女友人:新倉 美鈴(ニイクラ ミスズ)
女友人:志渡院 佳(シドウイン ケイ)(死亡)
幼馴染:神代 空(カミシロ ソラ)
妹 :新神 白夢(ニイガミ シロム)
妻 :新神 万理(ニイガミ マリ)
娘 :新神 頼奈(ニイガミ ライナ)
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