第10話 思い出す感情

「なんというか、結果的に俺がお前らの恐怖の存在を倒してしまったみたいだけど、これでお前達の未来が生きやすくなったわけじゃないからな」


「はい、わかっております」


 村人が手を焼いていた白蛇があっけなく倒されて、ムンクやカクザンを含めその場にいる大人全員がカイ達の前で平伏している。

 その光景を騒ぎや音で起きた子供たちがドアから顔を出して覗いていた。


「最初に言っておく。俺はお前達を許さない。お前達が重ねた罪はそれだけのことだからだ」


 カイは全員を見渡すように言葉を続けていく。


「俺のもっている常識ではお前らの犯した罪はその命でもって償ってもらうに値する。

 だが、それはある種の許しになる人もいるからな。だから俺も殺すことはしない」


 カイはチラッと隣のエンディを見るとまるで娘の頭を触るようにポンと頭に手を置いた。

 そのことにキョトンとした表情でエンディはカイを見つめ、その視線に気づいていないカイは言葉を重ねる。


「とはいえ、俺がこの世界の常識を全く理解していないこともあるし、この世界では殺すことも許される状況があると分かってる。

 それにエンディこの子が望んでいる願いだとしたら、俺はその願いを尊重したい」


「パパ、話が回りくどく長いですよ」


「あー、すまんな。おっさんになると何か説教臭くなるんだよ。

 ともかくだ、その生の最後まで人のためになるような行いをしろ。

 助けを求めている人がいれば助けてやれ。

 もし助けがまた俺を呼べ。すぐに駆け付けてやる」


 その言葉をカイは胸に拳をトンと当てて誇らしく告げた。

 そんなカイをシルビアは「言ってみたかっただけですね」と冷めた目で見ていて、エンディはやや熱を帯びた表情でポーっと眺めている。


 その言葉にムンクは「このご恩は一生忘れません。必ずや約束は守ります」と地に頭をつけながら告げた。


 そしてカイが「もう遅いから寝ましょう」と説教タイムを終わらせるとカイ達もボロ屋に戻っていく。


「ん~~~~~かっー! つっかれた~。さすがに歳だな。すぐ眠くなる」


「まだ十時ぐらいですが」


「おっさんの年だともう寝たい時間帯なの。

 といっても、残業とか調べものとかで全然寝れなかったから結局いつもと変わらないか」


 カイは昔のことを思い出しながらふと立ち止まって目に魔力を込めてみる。

 その視界にはだんだんと天へと昇っていくゴーストの姿があった。


「何してるの?」


「この村に留まっていた地縛霊? を見ていたんだ。まあ、言うなればこの村で生贄にされた人達。

 にしても、不思議なのが人が恨みよりも同情の方が大きいせいか成仏していることだな」


「そう」


「ですが、まだですよ?」


「だいじょーぶ。そこはおっさんがキッチリ片付けておくから」


 二人の脈絡の見えない話を不思議そうに聞きながら、二人が見上げる先をエンディも追うようにして見つめた。


 エンディに何が見えるわけでもない。

 しかし、同じような行動をしていることに密かな胸の温かみを感じた。


 カイに出会ってからエンディは体の異変を感じながらも、不思議とその感覚は嫌じゃなくむしろ好ましい感じであった。


 それが何かわからない。

 しかし、すぐにでもわかるような気配もしていた。

 ふと横を見るとカイが知らない少年と重なって見えた。


 隣から煙が天へと昇る。

 そしてエンディの祖父が吸っていたキセルの煙と同じ匂いが漂ってくる。

 エンディが横を見てみればタバコを吸っているカイがいた。


「やっと一息つける」


 カイはそう言いながらしばらく天に輝く月を見続けた。


 ******


 鼠色に塗られた道が見える。

 その両側には緑が生い茂った土手があり、その片方には太陽に煌めく川が見える。


 川の先には朱色の橋があって、何か四角い様々な色の物体がいくつもその橋を行ったり来たりを繰り返していた。


 知らない世界。

 エンディは初めての感覚に囚われた。

 そして手を見てみれば見たことないバッグと服装。


「(これは......何? え、せ、制服?)」


 急に言葉が蘇ってきた。知らない単語だ。

 しかし、この胸にある首からぶら下がった赤く長いものはカイが付けてるのと似ている。


『よう、志渡院。こんな所で会うなんて珍しいな』


『......っ!』


 ドキンとエンディの心が跳ねる感じがした驚きと嬉しさが心の中に生まれてくる。

 振り向くとそこにいたカイと重なった少年の姿であった。


 その瞬間、理解する。

 エンディはとなって、あの時重なった少年はカイの少年時代の姿なのだと。


 そうエンディが思っているとカイが不思議そうな顔をした。


『どうした? ポケーッとして』


『ここで会うの珍しいと思って......顔に出てた?』


エンディは意図せず言葉を話していく。いや、話しているのは志渡院佳の方かもしれない。


『出てる出てる。ま、他の連中は全然わからないっていうけどな。ま、俺は超能力者だから』


『真面目な顔して何言ってるの。

 とはいえ、ここで会ったのも何かの縁だし、話しながら帰らない?』


『いいぜ。俺の一人で退屈してたんだよ』


 クールと呼ばれるどこか不愛想な表情で口角が上がるのが自分――――エンディでもわかる。

 カイが話す一つ一つの言葉が懐かしいし、とても心地よい。


 隣にいる時は心臓の音がうるさくて聞こえてしまわないかと心配になるのに、それでもそばから離れたくはない、と。

 それほどまでに心が跳ねてしまっているみたいだ。


 一つ一つの言動が面白い時でも、そうでない時でも胸の中にホワリと暖かさを与えて安心感を与えてくれる、と。

 しかし、その胸の中に同時に軋むような悲しさむ含まれていた。


「(なんだろうこの気持ちは。好きなのに好きになってはいけない気持ち?)」


 エンディはそう思うと昔に友達から聞いた話を思い出した。


「(昔に友達のクノちゃんからも似たようなことを聞いたことがある。

  誰かの恋人を好きになったのだと。つまりこれは......横恋慕の気持ち?)」


 嬉しいけど悲しくて、暖かいけど切なくて、幸せだけど心苦しい。

 胸の中にカイの言葉を聞いて嬉しさが増えるたびに、その気持ちも大きくなる。

 そんな気持ちのことを指すのだろうか、とエンディは考えた。


『どうした? 何か調子悪そうだな。大丈夫か?』


『大丈夫。問題ないわ』


『そうには見えねぇけどな。本当に無理そうだったら近くの公園で休むぞ』


『......わかった』


 カイの前ではその見え透いた嘘は通用しないようだ。

 本当の状態をカイだけは知ってくれる、と志渡院佳を通じてエンディに流れ込んでくる。

 だから―――――


 ******


「何、今のは......私の気持ちが気持ちじゃなくなって......これは彼女の気持ちが同調した?」


 目覚めたエンディはボロ屋の天井を見つめていた。

 どうやら寝ていて夢を見ていたらしい。


 しかし、その夢は自分の夢ではなく、自分の中にある

 甘く切ない恋心を抱いた少女の心情。


 エンディは長らく村が襲われた時の記憶ばかりを思い出して忘れていたが、そもそもこの肉体は

 だからずっと不思議な感覚を感じていたのかもしれない。


 しかし、その不思議な感覚を覚えるのも納得がいく。

 きっとこの体がその大切な記憶と想いを繋いでいるから。


 だから、その肉体に宿るエンディが同調してそう感じるのだろう。


 これが彼女――――志渡院佳がいた世界の記憶。

 その世界には彼女の一番大切な存在がいた。


「(そういえば、彼女はずっと信じてたっけその少年を。確か、その名前は......)」


 そしてエンディは思うがままに言葉に出した。


「新神戒......」


 その名前を告げた瞬間、不思議と涙が込み上げてきてすぐに目もとから溢れて零れ落ちていく。

 どうにもならないくらい嬉しい感情が波のように押し寄せてきて、段々と嗚咽交じりにもなってくる。


 しかし、エンディのその口元は不思議と笑みを浮かべている。

 まるで引きつっているように口角が上がったまま変わらない。


 赤く頬が染まってく。

 体に熱を帯びていく。

 嬉しい。嬉しくてたまらない。

 エンディ自身ではない、きっと志渡院佳の感情がその存在を認知して嬉しく思っているのだろう。


 手の甲で涙を拭おうとしても収まらない。

 それほどまでに嬉しさという感情の波が強くやって来ている。

 それほどまでにカイという存在は志渡院佳にとって大きいのだ。


 いや、それについて考える必要も無かったかもしれない。

 なぜなら、志渡院佳の好きな人だったんだから。

 そしてしばらくの間、エンディは泣き続けた。


 その光景を壁に寄り掛かって寝ているカイに寄り掛かるシルビアは片目を開けて確認しながら、見て見ぬふりをする。


 エンディは自身の気持ちに一段落が付いたのを確認するとふとカイを見てみた。

 あれだけギャン泣きしたカイという男はまるで気づかずに見事な熟睡である。

 それに少しだけムッと感じた。


「(ん? これは彼女の感情......?)」


 ふとそう思いつつも、少しだけ腹が立ったことは事実なので、エンディは起き上がると四つん這いになりながら音を立てずに忍び寄る。


 そっと手を伸ばそうとしたその時、ふと目の端に捉えたものがあった。


「それは......結婚指輪?」


 カイが左手につけている金属の輪。

 この世界にも魔法の効果を付与した同じような指輪があるが、見た瞬間エンディはすぐにそう言葉がついて出た。

 きっとこれも志渡院佳の記憶の一つであろう。


 それをつけているということはすでにカイには一生を添い遂げることを誓った相手がいるということ。


 その相手に迫るということはかなりの無茶であり、同時に今後の関係の危険を孕んでいた。


「(この世界は夢で見た世界とは違う)」


 しかし、エンディはすぐにそう思った。

 夢の世界の常識が何であれ今はこっちの世界が常識だ、と。

 こっちの世界では一夫多妻をしている人などいくらでもいる、と。


「この気持ちが彼女の願いなら私は......」


 エンディは心臓の鼓動を速くしながらそっとカイに近づいていき――――


「思春期とはいえ、さすがにその領域は速いんじゃないかい?」


「......起きてたの?」


 伸ばした手はカイによって掴まれた。

 内心では驚きながらもエンディは淡々と告げる。


「まあ、多少のイタズラなら二度寝しようかと思ってたが、どうにもそういう雰囲気じゃないみたいだからね。

 それにそんな恥ずかしそうに赤らめた顔で近づいてくれば誰だって何をするつもりかわかると思うよ?」


「え?」


 エンディはカイから距離を取るとすぐさま顔を触った。

 ものすごい熱を帯びているようだ。

 泣いたことで感情を整理したと思っていたが、どうやらそれほどまでに焦がれているらしい。


「全く、そういう所はほんと志渡院によく似てる。

 そして、何か隠し事をしてる時に少しだけ目力が強くなる時もな」


「......」


「君はもしかして志渡院を知ってるのか? 良かったら話してくれないか?」


 エンディはそうカイに見つめられ、尋ねられた。

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