第9話 身勝手な奴ら

「よし、隙間からヨグサの花を燃やしたものを投げ込め。

 そうすれば、数分でさらに深い眠りにつくはずだ」


 ムンクはカクザンを含めた村人達にそう指示していく。

 村人達はその指示に従うままに心中で何度も謝罪の言葉を浮かべながら、燃やした花をボロ屋と馬小屋の地下に投げ入れていく。


 そして数分後、村人達はカイ、シルビア、エンディを抱えて村の中心に戻ってくる。


「すまぬな、お主達。これもワシらが生きるための道じゃ。今宵もどうにか我慢しておくれ」


「わかってますよ。もう俺達も地獄に落ちることは覚悟してやってます」


「もう言わないで村長さん。言うだけむしろ辛くなってしまうから」


 ムンクの言葉に村人達が声をかけていく。

 それに静かに頷いたムンクは「儀式を始める」と告げて、いつも通りの準備を始めた。


 木の板を十字に作り、そこに張り付けるように両手両足を固定していく。

 その木を地面に立てると足元に燃えやすい木を設置した。


 着々と準備が進んでいった。

 それを見ていたカクザンはやり切れない思いを拳に表すとムンクに提案した。


「おじいちゃん、もうこの儀式が引くに引けないところまで来てるのはわかってる。

 でも、子供のシルビアちゃんまで生贄にすることはないよ!」


「カクザン、言いたいことはわかる。

 だがな、あの男が『旅人』と言っていても、シルビアちゃんの恰好から万が一貴族の可能性が含まれるなら、ワシらはその時点でおしまいじゃ」


 ムンクは拳を僅かに震えさせながら、全てを覚悟したように言葉を続ける。


「もう一度は踏み越えた一線。ワシは村の皆を守るためには悪鬼にでもなるつもりでいる。

 そしてそれを今度引き継ぐのはお主なのじゃぞカクザン。ワシも長くないからな」


「こんな事......できるはずがない。自分の子供がもしそうなったらと思うと......」


「本当に優しい子に育ってくれて嬉しく思う。だが、これが上に立つ者の宿命じゃ。そして、弱き者の宿命じゃ」


「村長、準備整いました」


 村人の一人がそう告げると村の中央には等間隔に三つの十字架が立っている。

 左からエンディ、カイ、シルビアと括り付けられていて、三人は未だ起きる様子なく眠っていた。


「それでは――――燃やせ」


 ムンクの合図とともに三つの十字架の足元にいる村人達が組み立てたよく燃えて煙の出る木に火をつけていく。


 するとその木はたちまち全部に広がっていき、キャンプファイヤーのような強火の炎は空へと伸び、揺らめいでいく。


 その木からは白い煙が狼煙のように上がっていき、まるで誰かに合図を送っているみたいだ。


 まん丸とした月の下で赤く揺らめく三つの炎が村の中を照らしていく。

 その光景を村の人達はただ無になって見つめていた。


 だが少しして、その儀式に違和感を感じた。


「全然起きませんね。もう火の先が足元に届いているというのに」


「ヨグサの花は確かに強い催眠効果があるが、それでも死に至らしめるほどではない。

 未だ眠っているまま......と思いたいが、確かにもう火傷してもおかしくない火の熱を感じているはずなのに起きないのはおかしい」


「そりゃあ、偽物だからな」


「「「「「!?」」」」」」


 突如聞こえてきたカイの声にムンク達は驚き、咄嗟に周囲を探った。

 しかし、その姿はどこにも見当たらない。

 すると再び「こっちこっち」と声をかけられた。


 その方向はカイが張り付けられた十字架の足元でそこからいきなりカイ、シルビア、エンディの三人が現れる。


 そのことに再び驚きながらムンクは尋ねた。


「お主、魔術師じゃったか!」


「魔法を使える人のことを言ってるんだったらそうかもな。

 とはいえ、俺は<気配遮断>をしていて、それをシルビアとエンディにも<能力伝達>で同じ魔法効果を付与しながら、その儀式とやらの光景を傍から見つめてただけだけどな」


「それではそこにいる三人は......?」


「これは偽物。もういいぞ、シルビア」


「パパ、分裂って意外と疲れるんですからね」


 カイの合図にシルビアは文句を垂れながら能力を解除していく。

 すると十字架に張り付けられていた三人は粒子となって空気中に舞っていった。


 その光景にムンク達は驚きが隠せない様子でいる。

 それに対し、カイはコートのポケットに手を突っ込むとやや高圧的に言葉を発した。


「いいかい? お前らがやったことは少女の誘拐、監禁に加えて殺人未遂ときたもんだ。

 しかも、過去にも殺人歴があるみたいだな。これは立派な重罪だぞ」


「お主に何がわかる! ワシらはこうすることでしか生きられないのじゃ!」


「知ってるよ。白蛇様とやらの供物なんだろ? 俺達は。

 大方、今までは村人の誰かを生贄に捧げてきたが、自分達の死を避けるためにたまたま訪れた人を捕まえて生贄にしたんだろ?」


「そうじゃ! それがワシらの生きるには最善の道じゃった!

 白蛇様は若い人間を好む。それ故に、ワシらもかつてはそうしてきたが、それでは村が立ち行かなくなってしまった。じゃから、仕方なく――――」


「仕方なくのわけあるか」


 その瞬間、空気が凍り付くのがわかった。

 別に殺気を出してるわけでもないのに、カイの言ったたった一言に恐るべき重圧を感じる。


 それは隣にいたエンディでさえ背後の炎の熱よりも寒気の方をよりはっきり感じたほどだ。

 であれば、ムンク達の方はより一層そう感じていて、一部の人間は男女問わず腰を抜かしていた。


「この世界は生に対して厳しい。故に、お前らが生きるためにその選択をした。それの理解はできる。

 だがな、それは身勝手に自分らの都合を押し付けてるんじゃないか?」


 カイの一言一言が心の奥底に響いていくようにムンク達に届いていく。


「お前達がしてきたのは自分の都合のためにお前らと同じように生きたかった連中の未来いのちを奪ってるってことなんだぞ?」


「ワシらが生きるためには仕方なかったんじゃ......」


「仕方ないってなんだ? お前らが生贄にささげた村人の連中の痛みを知ってるなら、どうして他所から来た連中にも悲しむ相手がいるとは思わない?

 だから、身勝手だって言ってんだ」


 カイの語気は増していく。


「いくら自分が生きようたって赤の他人を蔑ろにしていい理由にはならない。

 それに『弱き者の宿命』だか何だか言っていたが、それって今の状況に甘んじてるってことじゃねぇか!」


「じゃったら、どうすれば良かったんじゃ!」


「抗えよ、たとえ血反吐が出ようとも。

 別にお前らにその白蛇様を倒せとか言ってるわけじゃない。

 お前らがそこまで泣き言言ってる相手なんだから、恐らく強いんだろ」


 カイはやや興奮してることに気づくと軽く深呼吸して諭すように告げる。


「別にお前らが弱かろうがいいんだ。

 そいつを倒せる相手を必死こいて探して来いよ。

 それが本当に村のことを思ってる上に立つ者の使命ってやつじゃねぇのか」


 ムンク達は怯んだ。

 カイの言葉から紡ぎ出される謎の説得力に。

 加えて、それは正論であるからこそ反論の余地もない。


 心にグサグサと容赦なく攻め込んでくるその言葉にムンク達は次々と俯いていく。

 自分達の作り出した「罪」が頭に乗っていくように。


 ムンクはがっくしと膝から崩れ落ちると弱々しく聞いた。


「ワシらをどうするつもりじゃ......」


「そうだな。俺は俺の手でお前らがしてきたことと同じ事が出来るが......本来なら既に生贄になってるはずだったエンディに決めてもらおうか」


「なるほど、そういうことでしたか」


 カイの言葉の意味を理解したシルビアは思わず頷く。

 それはエンディとまだ馬小屋の地下にいた時に話した「お願い」に関することだ。


 そのお願いとは村人をどうするかということ。

 生殺与奪の権はすでにカイ達が握っている。

 いや、厳密に言えばエンディが握っている。


 エンディはふと隣にいるカイを見た。

 その視線に気づいたカイがエンディに向かって告げる。


「これは辛い選択だと思う。だけど、これはあの地下にいた君に決めて欲しい。

 安心してくれ。もし君が望むなら手を汚す覚悟はできてるから」


「手を汚す......」


 それはつまり村人の死を願えばカイがそれを実行するという意味だ。

 シルビアはただカイに聞かれた質問に答えただけで、その罪をカイが被るということ。


 エンディはカイの目を見続けた。

 目じりにしわの入った優しい目の奥にまるで隠しきれないような深い闇があることに気が付く。


 その瞬間、胸のがギュッと締め付けられるように切ない気持ちに駆られた。

 言葉には表しがたいけど、それでも胸の奥に宿っている何かがカイにそうさせたくないと思わせている。


 エンディは考えた。そしてその答えを口に出す。


「私はこの人達が重ねた罪は生きて償うべきだと思う。

 その人達が生きたかった分まで、死ぬまで善行をしてもらうべきだと思う」


「そっか。それが君の判断なら俺はそれに従うだけさ」


 そう言いながら、そっと頭をポンポンと叩いていく。

 まるで娘を褒めるときのように。


 その突然の行動にエンディは思わず顔を赤らめてそっぽ向いた。

 その一方で、カイは村人達に改めて告げる。


「これがお前達が生贄に捧げようとした彼女の願いだ。

 だから、もう次からは二度と同じようなことをするなよ。

 もし破るんだったら、俺のこいつが火を吹くぜ―――――」


 ―――――ドガアアアアァァァァン!


 カイが右手で指鉄砲の形を作って言葉を告げた直後、突然全長二十メートルをしたような白い大蛇が出現した。


 それを見たムンク達は「白蛇様じゃー!」「生贄がない! もうおしまいだー!」「死にたくない―!」と様々な声を上げていく。


 エンディも「竜並みの大きさ!? さすがに大きすぎる!」と衝撃を受けた表情をしていた。


 そんな村人の様子を見ながら若干引きつった顔を浮かべているカイに対して、冷めた表情のシルビアは容赦なくツッコんだ。


「パパ、今完全に最後カッコつけようとしてセリフを言ったら、ある意味最高のタイミングで白蛇様が現れてまるで悪役みたいになっちゃいましたね」


「わかってるから。俺が一番分かってるから」


「相変わらず、締まらないですね」


「しっ、言わないの!」


 カイはシルビアの言葉と村人の反応にいたたまれない気持ちになりながら、シルビアに銃の形になってもらう。


『むっ、生贄がいないじゃないか。いや、最高のがいたな』


 そう言いながら白蛇はエンディを一瞥する。

 チョロチョロと舌を出したり引っ込めたりしながら。


『ならば、もうこの村に用はない。その手土産以外全員喰って――――』


「ちょっと待てよ。お前のせいで俺が悪役みたいになっちゃたじゃないか!」


「一番身勝手な理由でブーメラン乙です」


 カイは全力の私怨で白い大蛇に向かって銃弾を撃つとその銃弾はドパァンと大蛇の頭を弾け飛ばした。

 一瞬にして消えた頭のない大蛇はそのまま地面に寝転がっていく。


 その光景を見ていた村人は何が起こったかまるでわかっていない様子だ。

 「あれ? 怯えてたらいつの間にか白蛇様死んでる」と思ってるのが大多数。


 その白蛇様を倒したと思われるカイに視線を向けていくとその視線に気づいたカイは一つ咳払いして告げた。


「はい、俺のような身勝手な大人にならないように気をつけましょうね」


「反面教師乙です」


「「「「.......おおおおおぉぉぉぉ! やったー! ようやくこの儀式が終わりを迎えたぞーーーーー!」」」」


 そんなカイの言葉を聞いているのかいないのか。

 されど、村の空気は一気に暖かいものになり、歓喜の声が響き渡った。

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